宝箱
出羽 真太
第1話 再会
「はぁ、、、もうこんな時間か」
時計は23時を回っていた。カズヤはチェーン展開している飲食店に務める26歳。歳は若いが店長を任されている。この日はアルバイトのシフト調整や、翌日に使用する食材の発注業務に追われていた。普段ならもっと早く終わるのだが、明日からは大型連休という事もあり無事に繁忙期を迎える為にも準備に手は抜けない。
「早く帰って寝よ」
一通りの仕事を終え店内の最終確認をして店を出た。日付も代わろうかというのに外は酔ったサラリーマンやらでそれなりに賑わっている。
「連休前の週末か、、みんなお休みモードだな」
世の中の連休とは無縁のカズヤはその光景を見て少しイラついた。そんな連中を横目に、終電を逃すまいと足早に駅に向かう。
「ん、、?」
居酒屋が連なる飲み屋街の中に一際煌びやかな光を放つ店にカズヤの目が止まった。
「ハリウッド、、??前からあったっけかな??」
入り口はギラギラの装飾にピンクの看板、看板には大きくハリウッドの文字が記されていた。
「全然気づかなかったな、いつからやってんだ?」
キャバクラには全く興味の無い、というのは嘘で、興味はあるが1人では入りづらいカズヤだが妙に気になった。
たまには綺麗な女性と美味い酒でも飲んで羽目を外したい、、
しかし明日から地獄の日々が待っていると思うと、わざわざ終電を逃し、駅近のカプセルホテルに泊まってまでキャバクラに行くなんて考えられない。
「店が落ち着いたら一回くらい行ってみるか」
煌々とギラつく店を背に再び駅の方に歩き出した。途端に、、
どんっ!!
「きゃっ!!」
カズヤが駅の方に振り返り歩き出した直後、真後ろに立っていた女性とぶつかった。
「えっ!?あ、あの、大丈夫ですか?」
慌ててその女性に声を掛けた。
女性はぶつかった勢いで尻もちをついている。カズヤに声を掛けられてもすぐに反応はしなかった。
「すいません、全然気がつかなくて、、。お怪我はありませんか?」
女性は何も答えない。
うわ〜面倒クセェな。てかなんで真後ろに立ってんだよ、お前もすいませんくらい言えよ。内心そう思いながら
「あの、救急車とか呼びます、、?」
すると女性からクスクスと笑い声が漏れてきた。
「あ、あの〜、、」
カズヤが戸惑っていると
「あはははは!カズヤ君ぜーんぜん気づかないんだねー!!」
カズヤは呆然としていた。
「私のこと覚えてないのー??あんなに仲良しだったのにー!」
女性はわざと膨らました頬を作ってカズヤを見上げた。
カズヤはハッとした。
「もしかして、、マユ?!」
「せいかーい!忘れちゃったのかと思ったよー!全然気づいてくれないんだもんっ!!」
マユはカズヤの高校生時代の同級生だ。家が近いこともあって登下校はいつも一緒だった。確かに仲は良かったし、当時交際していた彼氏彼女の愚痴や相談を言い合ったりもしていた。そのくらい仲が良かった。だけど高校卒業を境に進学や就職、一人暮らしを始めて別々の道を歩む事で2人は疎遠になっていた。実際会うのは数年ぶりだったし、それもあって中々気がつかなかった。でも、、それだけじゃなかった。
いくらなんでもこんなに変わるか??
高校時代のマユは運動部に所属していて、校則が厳しかったのもあり髪はショート。常にジャージを着ていたし、当然化粧なんてしていない。それが今は、胸元まで伸びる髪にスカート。派手ではなく落ち着いた大人の女性を思わせるようなメイク。まるで別人だった。カズヤはマユの手を引き、立たせた、、、、、、。
「ん、、、??あぁ、、ごめんごめん。てゆーか反応ぐらいしろよ!焦ったじゃんか!」
少し見惚れてしまっていたのを隠すように、何も見ていないかのように、勢い良く言った。
「えへへ、驚かそうと思ったら急に振り返るんだもん、こっちがビックリしちゃったよぉ」
笑った顔や語尾が柔らかいところなんかはあの頃のままだった。変わらずに低い身長のマユが(自称150センチだけどやっぱり150センチも無いんじゃないか?)下からこちらの顔を見上げニコッとしている。正直可愛かった。ものすごく。
「なぁに?あ、それよりあのお店入ろうとしてたの??カズヤ君やらしーぃ」
「別にやらしい店じゃねーよ。大人の世界はマユにはまだ分かんねーよ」
変なとこ見られたと少し動揺しつつも平静を装った。
「ふーん、そっかぁ。それよりまだ私のことそーやって子供扱いするのぉ??」
例によって頬を膨らませてこちらを睨む。苦しくなりそうなくらい、ズルイくらいに可愛かった。
「大人はそんな風に頬っぺた膨らませねーよ」
わざと素っ気なく言った。マユはふんっと、ふてくされるような仕草をした。
「連休中に実家に顔出しに来たのか?」
マユは就職と同時に地元を離れていた。
「んー、それもあるかなぁ。色々とあってさ。」
急にマユの表情が曇った。マユがこんな顔をするのは何か悩んでる時だと知っていた。
「なんかあったのか??話なら聞くよ?」
「んーん、大丈夫。」
少し間を置いてマユは言った。大丈夫じゃないのは分かった。それでもマユは無理矢理明るい口調で
「ねぇねぇ、数年ぶりに偶然会えるなんて感動の再会だねっ!」
必死に明るく振舞おうとするマユの姿はぎこちなかった。マユの唇は震えていて、今にも泣き出しそうだった。
「、、少し話そうか?」
今日はもう早く帰って休みたい。明日からの仕事に備えたい。そう思っていたカズヤだが、久しぶりに会った大人のマユが抱えている問題と、尻もちをついていたマユを立たせようと、マユの腕を引いた時に見てしまった左手首の傷が気になって仕方がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます