文芸めちゃんこ創作レビュー集
みねね
序『千一夜物語』より
「レビュワー」前編
図書委員の
ポストの中に積まれた返却本の間に、一通の大きな封筒が挟まっていた。なにも書かれていない、新品の茶封筒だ。封もされていない。
なんだろう。茜は中を覗いてみた。原稿用紙が、数枚入っていた。
間違えたのかなと思いつつ、そっと中身を引き出す。原稿用紙には、達筆なペン字で、こんなことが書かれていた。
「前略
突然のお便りをすみません。次回の図書委員会報で、本のレビューを募集すると聞いて筆を取りました。ただのレビューでは他の作品に敵わないと思い、自分なりのアレンジを加えたあらすじを書いてみました。是非ご一読ください。
これを読まれた図書委員の方へ
敬具」
図書委員会報のレビュー。図書委員の茜ですら忘れていたものを律儀に送ってきたというのか。
相当な変人だな、と思いつつ茜は原稿用紙をめくった。そしておったまげた。
めちゃくちゃに、面白いのだ。
現代版にアレンジされたその古典的名著のあらすじは、しかし原作のノスタルジーと作者の悲哀とをしっかりと汲みながら、感情たっぷりに語られていた。
そして同時に、悔しい、とも思った。その作品は、前々回の図書委員会報で私がレビューしているのだ。自分でも納得のいく出来だったが、貸し出しは全く増えなかった。
こんなレビューが書けたら、みんなも借りたいと思ったのかな……。
本を棚に戻して仕事を終えた茜は、早速返信を書いた。
レビューが面白かったこと。
しかしその本は既に紹介されていること。
よければ他の作品でレビューを送ってくれると嬉しいこと。
最後にもう一度、レビューが面白かったこと。
「図書委員長 3年2組 河東 茜」
締めに署名を入れたところで、差出人の名前がわからないことに気付いた。
レビューの面白さに気を取られすっかり忘れていたが、封筒にも原稿用紙にも、どこにも名前がなかった。これでは返しようもない。
しかし、せっかくこんなに面白いレビューを書いてくれたし、こちらも返信を書いたのだ。どうにかして伝えたい。
しばらく迷った末、茜は返却ポストの隣にの忘れ物入れに置いておくことにした。きっと名前を書き忘れたことに気付いてまた図書室にやってくるだろう。
👈
放課後、茜は図書室の受付で本を読み耽っていた。忘れ物入れにはまだ封筒が入ったままだ。
読んでいるのは最近復刊した、岩波文庫の『千一夜物語』だった。ディズニーで有名なアラジンも、この中の物語が元になっているらしい。
イスラム教が色濃く現れているこの物語、1ページの中に複数回神の名が登場する。神の名をみだりに唱えてはならないんじゃなかったのか。あ、それはユダヤ教か。
そんな一人ツッコミをしつつ茜はページを繰る。
👈
王の元に通う才女・シャハラザードが毎晩夜伽の後に、王に物語を聞かせる。これが千一夜物語だ。
毎晩処女の純潔を奪っては次の朝に殺してしまうようなヤベー奴だった王は、シャハラザードの物語にすっかり夢中になる。
夜が明ける頃、シャハラザードは「明日も私の命があれば、このお話の続きと、これよりもっと面白いお話をしてさしあげましょう」と告げる。
王はけして話を聞き終わるまでは殺すまい、と誓う。
次の晩、またシャハラザードは語り出す……。
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