第108話 老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(8)



 これまでよりも時間はかかったが、敵陣は混乱をおさめて、再び橋の上へと攻め寄せてきた。


 盾持ちの数が少し増えたように見える。

 だが敵兵の動きは明らかに鈍い。


 気持ちは分かる。


 戦意など、どこかに消えて、失われたのだ。今は、恐怖で体が思うように動かないのだろう。


 盾さえも貫き、負傷させられるのだ。

 盾を持てない者は、どうすることもできない。


 トゥリムは外壁の東南の角で合図の狼煙を上げた。


 スィフトゥ男爵が再び手を上げて、振り下ろす。


 二度目のテツの矢による一斉連射。

 橋の上の死体が量産されていく。


 後方から命じられて前に出ようとする敵兵と、恐怖に染まって後退しようとする敵兵が橋の上でぶつかり合い、まだ生きているであろう倒れた負傷兵を踏み潰して追い詰めていく。


 橋の上の混乱を見たスィフトゥ男爵の鋭い指示が弓兵に飛び、弓兵がすぐにテツの矢の準備を始める。


 これまでと違って、間をおかずに狙うつもりのようだ。


 そして、三度目のテツの矢による一斉連射は、それまでの橋の上ではなく、それよりも後ろの敵兵たちのかたまりを狙って放たれた。


 橋の上と同じ惨状がその後方でも広がる。そこに新たな混乱が生まれる。


 その時、ツァイホンの町の南東にある林から、次々と影が現れ、ツァイホンの町を目指して動く。影はどんどん増えて、その勢いは止まらない。


「あれは、味方だな?」


 おれは伝令に確認する。

 おれの後ろで背伸びした伝令が、動く影を確認する。


「はい。おそらく、フェイタン男爵の軍勢かと」

「千人近い数だな。予定よりも多いような気がする」

「勝ち戦にうまく合わせる、ずる賢い方だとよく聞きます」


 それを聞いて、おれは思わず噴き出した。


 領主格の男爵に対してずる賢いなんて、そんな失礼なことを一兵卒が言っていいのだろうか?


「・・・我々の町は、以前、あの方たちに攻められたのですよ」


 おれの表情を読んだのか、伝令の兵士が小さくつぶやいた。


 そう言えば、今は味方だが、以前の、辺境都市アルフィの戦いでは辺境伯領内で敵味方に分かれて戦ったのだ。

 その相手に恨みが残っていても不思議ではない。

 悲しい現実だ。


「スィフトゥ男爵とユゥリン男爵に、西門から追撃の軍を出すように伝えろ」


 おれは表情を引き締め直して、伝令の兵士にそう命じた。

 あとは、敵兵を追い払うだけだ。


 四度目のテツの矢の一斉連射で、敵軍の潰走は始まった。


 予定通り三日で、ツァイホンの守城戦は勝利を決めたのだった。






 逃げる敵の背後から襲い掛かるというのは、とても有効な攻撃だ。しかも、普通に戦うよりはるかに安全でもある。


 フェイタン男爵の軍と、ツァイホンを出たユゥリン男爵の軍が、ツァイホンを包囲していた諸侯の軍を追いかけ、追い詰めている。


 オーバがここでアイラの騎兵隊を使わなかった理由はよく分からないが、二人の男爵の軍勢による追撃で十分な成果があったのだから問題はないのだろう。


 敵将である六人の諸侯のうち、四人を捕えた。


 よく分からないが、スレイン王国では貴族である諸侯は、戦であったとしても傷つけてはならないらしい。


 なんなんだそれはと思うが、そっちのやり方に合わせるのは別にかまわない。そもそもここはスレイン王国なのだから。ま、大草原なら、真っ先に族長が狙われるのだが・・・。


 捕えた諸侯は、丁重に扱われて、ツァイホンの町の政庁に部屋を与えられた、らしい。

 あとのことはユゥリン男爵やフェイタン男爵がどうにかするのだろう。


 おれたち、スィフトゥ男爵の軍勢は、外壁の外でできるだけたくさんの矢を回収してから、追撃戦に参加した。

 テツの矢だけでなく、銅の矢もたくさん回収した。ちなみに、敵兵の死体から銅の胸当てや銅剣、盾なども大量に回収して、フィナスン組が何台もの荷車で管理している。あいつらのその点での徹底ぶりはどこか気持ちがいい。


 残念ながら、食糧やその他もろもろを運ぶフィナスン組の荷車と一緒に動くため、スィフトゥ男爵の軍勢の動きは遅い。


 それでも、フェイタン男爵やユゥリン男爵が討ちもらした敵兵との戦いは起こる。


 まあ、多くの者が降伏するので、ネアコンイモの芋づるロープで縛って、ツァイホンの町へと移送する予定だ。


 おれたちはそのまま、リィブン平原へと進軍することになっているのだから。


 途中、歩兵隊の怪我人はフィナスン組の神聖魔法の使い手に癒しの光を頼んで治療してもらう。


 数を減らしていく敵軍に対して、怪我人が治療を受けて復活し、数が減らないおれたちの軍。改めて、どれだけ有利な状態で戦っているのか、おれは思い知ったのだった。


 一日目で捕えた敵兵は二十四人。


 野営して、二日目。

 朝から夕方までに捕えた敵兵は五十二人。


 ネアコンイモのロープが足りなくなりそうだ。


 ユゥリン男爵は追撃を止めてツァイホンへと引き返すようで、途中ですれちがった。合計七十六人のお腹を空かせた敵兵をユゥリン男爵に預けて、おれたちは先へと進む。


 三日目。

 昼過ぎに滞陣していたフェイタン男爵の軍勢と合流。


 フェイタン男爵の軍勢はその主力をこの陣に残して、散り散りに逃げた諸侯の兵士たちを三つに分けた別働隊で追撃させていた。


 おれたちは昼までに捕えた十七人の敵兵をフェイタン男爵に預けて、そのままフェイタン男爵の軍を追い越していく。


 夕方までに、さらに十二人の敵兵を捕えた。この頃には、敵兵は空腹でまともに動けないようになっていたので、捕まえるのがとても簡単になった。


 ただし、捕えた敵兵には一切食事を与えていない。

 それが当然の処置なのだろう。


 おれたちの兵糧を減らしてまで、助けてやることはない。おれも最初はそう思っていた。


 四日目。

 夕方までに、さらに七人の敵兵と、敵将である諸侯の一人を捕えた。ヨーハン侯爵という諸侯だ。

 スレイン王国の謎の決まりによって、このヨーハン侯爵には食事をきっちり与えなければならない、らしい。どう考えても謎だ。


 なんなんだそれは、と再び思うが、まあこれも仕方がない。それでも、貴族ではないただの敵兵にはやはり何も食べさせない。





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