第108話 老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(6)
昼からはスィフトゥ男爵が指揮をとった。
作戦は油。
以前、辺境都市アルフィを守る戦いでやったことがあるから任せてほしいということだった。
登ってきた敵兵の顔面に油を浴びせ、たいまつで火を押し当てる。
そして、燃えながら落ちる敵兵。
糞尿を浴びて落とされるのとどっちがマシだろうか。
どっちもやられたくはない。
守城戦はともかく、攻城戦には絶対に参加しない。
やられた相手は、必ずやり返す。
今回、こっちがとった戦法は、いずれ相手も行う。糞尿も、油も、用意すればいい。
そう考えると、この先、オーバがどこかの町を攻め落とそうとしているかどうかが気になる。
・・・いや、確実にひとつ、ある。
王都、だ。
今は、シャンザ公? とかいう奴の支配下にある、スレイン王国最大の町。
トゥリムの話では、ツァイホンのように高い外壁があるわけではないようだが、そこを攻め落とさないとこの戦いは終わらないはずだ。
そうすると、最終的には攻城戦がある、のか・・・。
人肉が焼ける、言葉では言い表せない臭いがする。
外壁の下では、昨日よりもさらに増えた敵兵の死体が燃えていた。堀の底でも、門の前でも、炎と煙が渦巻いている。中には、燃えながら動いている者もいた。生きたまま炎に包まれたのだ。
若い頃から、いくつもの死体を乗り越えて生き抜いてきたつもりだった。
それでも、この光景を見ていると頭がおかしくなりそうだ。
敵陣から銅鐘の音がする。
昨日よりも早く兵を退くらしい。
まあ、この炎と煙の中では外壁に近づくことさえ難しい。
「敵、退いた。どう、するか?」
スィフトゥ男爵がおれに直接話しかけてきた。すぐそばにトゥリムもやってくる。
「ジッド殿、どうします?」
「守備兵は四つに分けて交代で朝まで警戒。交代の時間はトゥリムに任せる。もし、相手が攻め寄せてきたら全軍で対応。そんなとこだろう。おれは、少し休ませてもらいたいな」
「ええ、そうして下さい。他との確認や打ち合わせはこちらでやっておきます」
「頼む」
おれがそう言って背を向けると、トゥリムはスィフトゥ男爵と話し始めた。
ここまでの戦いで南壁は大した被害もなし。
おれが寝ている間に、炎が小さくなると、もう一度、敵は攻め寄せてきたらしい。
ところが、すぐに軍を退いた。
理由は壁面の足場となる短剣の熱だ。
先頭の敵兵が外壁を登ろうと手をかけた瞬間、悲鳴を上げて倒れ、左手で右手の手首を押さえて転げまわったという。
話を聞けば、それもそうか、と思った。
あれだけの炎で死体を燃やしていったのだ。
その熱が銅のナイフに残っているのは当然のこと。
こうして二日目の戦いも終わった。
ただし、大きな動きもあった。
北壁、西壁、南壁に攻め寄せていた敵兵の多くが東壁に移動したのだ。
明日の攻撃は東壁にもっとも多くの敵兵が集中することになる。
聞くと、東壁が一番多く、十四本も相手に登る道をつくらせてしまったらしく、こちらの被害ももっとも多い。死者も出たという。
他の壁にも敵兵は残されているので、警戒を解く訳にもいかず、ユゥリン男爵とスィフトゥ男爵が時間をかけて話し合った。
その話し合いの結果、南壁を守っていたおれたちと、東壁を守っていた連中を交代させることに決まった。南壁を守っていたおれたちは被害が出ていない。一番よく守れているということらしい。
おれたちが一番兵数は少ないってこと、きちんと分かっているのだろうか、と思うのだが。
スィフトゥ男爵はトゥリムに確認をとって、トゥリムがその話を受けたから決定になったというので、それなら仕方がないとは思う。
「それで、何か作戦は?」
「特に、ないです。明日はテツの矢で攻める予定でしたから、うちの弓兵が一番役に立つと思ったのでこの話を受けただけです」
「そう、か・・・なら、東壁以外は、今から残った油を集めて、朝の最初の守りから油で焼く。そうすれば、東壁にもっと敵兵を集められるんじゃないか? それと、反対側の西壁は埋めた門を掘り返す準備もしておくべきだな。明日は徹底的に戦意を奪って、追撃に出ることになるだろ? 一番相手が手薄になりそうな西壁から追撃に出たいしな」
「では、丸太、大石、石、それから矢は東壁に移動させておきましょう。それから、今の話を男爵二人に説明しておきます」
「うまくいくかどうかは分からんぞ?」
「いや、相手が東壁を落すつもりのようですから、うまくいきますよ、きっと」
そう答えたトゥリムが走っていく。
おれはどこかのんびりした気持ちでトゥリムの背中を見送った。
三日目。
相手の戦意は、初日よりも高い。
でもそれは、おそらくもろい戦意だろうと思う。
敵兵の腰には初日と違って、食糧の入った袋が結ばれていない。
この壁を乗り越えて、ツァイホンの町を落さなければ、どのみち飢える。
ツァイホンを落す。そうしなければ生き抜けない。
そういう必死さが高い戦意となっているだけ。
だから、もう勝てないと思わせれば、あっさりと崩れるだろう。そういうもろさがあるはずだ。
「テツの矢、いつ?」
スィフトゥ男爵がおれを横目で見ながら言う。
おれも横目で男爵を見る。
戦場から目をそらさないようにしていると、こうなる。
目を離す余裕はさすがにない。
昨日までとは、動いている敵兵の数が違う。
油断はできない。
「まだ石も、丸太も残りがあるからな。銅の矢も、だ。まずはそっちでしのぐ。他の壁で火攻めが進んで、こっちに増援がきてから、どうするか、だな」
「相手はまだ登り道を増やすつもりのようですね。対処は三人一組のままでよいですか?」
トゥリムも外壁の下を確認しながら、おれには大森林の言葉で、男爵にはスレイン王国の言葉で話しかけてくる。忙しいのにご苦労なことだ。
「増えても登り道は二十本が限界だろう? 前衛の三人一組で対処。交代で弓兵の三人一組を準備ってとこか。あとは・・・」
「門の上、中央に残りの弓兵を集めておきましょう」
「やれやれ、休みがとれなさそうだが、仕方がないか」
「敵軍の必死さを見れば、予定通り、今日が最後になるでしょうし」
「なら、外壁の南東に合図の用意を忘れるなよ」
そう言うとおれは南西側の部隊の方へと移動した。スィフトゥ男爵が中央、トゥリムが南東へとそれぞれ分かれる。
この二日で慣れたのか、流れるような連携で守備兵は敵兵を外壁の下へと落としていく。
投石、丸太、大石、長棒、弓矢など、相手の状況に応じて、二つの三人一組、合計六人でそれぞれの登り道を確実に防いでいる。
外壁の下で、敵将らしい誰かが叫んでいるが、こっちの守りはどうやら万全のようだ。
中央のスィフトゥ男爵がさっと手を上げた。
弓兵の集団が銅の矢じりの矢をつがえて、弓を引きしぼっている。
・・・あの男爵。
銅の矢じりと、テツの矢じりの差を確かめる気か?
外壁の中央、門の前には本来人が通るための橋がある。そこには大勢の敵兵が押し寄せて、そこからそれぞれの登り道へと敵兵は移動している。時々、落ちてきた兵士とぶつかったりしながら、だ。
橋、といっても堀として掘り下げなかった地面がそのまま残っているだけ。
安定した足場になっている。
そこに二百を超える敵兵が密集している。
スィフトゥ男爵の合図で、三十人の弓兵が身を乗り出し、ほぼ真下へと矢を放つ。
射終えた者はすぐに下がり、次の三十人が射かける。
それを四回。百を超える矢が放たれ、橋の上の敵兵に降り注いだ。
たまたま盾を持っていた身を守った者、腕や肩に刺さった者、橋から堀の下へと落ちていった者など、さまざまだが死んだ兵は少ない。負傷者はかなり出た。
頭や、胸など、たまたま急所に矢が刺さった者以外は、負傷はしても生き残っている。
敵軍に混乱が生まれ、外壁を登る敵兵の流れが一時的に途絶える。
それでも、負傷した敵兵が後退してその後ろから別の敵兵が橋の上を埋め、さらには外壁を登り始める。
弓の性能がスレイン王国の物よりもいいから、この効果はあるのだろうが、外壁を守るという意味で時間を稼ぐ効果はあるが、この守城戦の勝敗を決定づけるほどでもないといったところ。
ま、時間を稼げるのならいい。
しかし、テツの矢じりに、本当にそこまでの効果があるのか?
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