第108話 老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(5)
夜。
かすかな足音が聞こえる。
やれやれ、と腰の剣を抜く。
こんなところまで、オーバの読み通りだ。
「誰だっ!」
倉庫の外の見張りが声を上げる。
もちろん返答はない。
がきん、という剣と剣がぶつかる音が聞こえる。
おれは倉庫の中から出ていく。
見張りは二人。
敵は五人。
とりあえず、一瞬で一番近くにいた男の喉を突き、殺した。
「無理に戦うな。見張りの二人はそのまま時間を稼げ」
見張りにそう告げて、左側の二人目に体を寄せる。
振り下ろされた剣を受けずに半身をひねってかわし、そのまま剣を持った腕を打ち、流れるように柄で腹を殴る。
言葉にならない何かの音をもらしながら男が倒れる。
この程度のレベルの相手なら、本当に楽勝だ。
倒れた男を踏んで跳び、そのまま右の男の頭にがつんと剣を振り下ろす。
嫌な音だと思う。
「ばか、な・・・」
見張りと戦っていた男がちらりとおれの方を見た。「三人、一瞬・・・」
「あきらめろ。抵抗しないのなら、命は助けられるぞ」
「くっ・・・」
見張りの二人は、おれに言われた通り、無理せず相手の攻撃を丁寧に受けている。
「一人は気絶させてある。別にお前たちを殺しても問題はないが、殺したい訳でもない。どうせ、門を埋める前からもぐりこんでいた間者だろう? もうあきらめて剣を捨てろ」
そう言ってみたが、まだ見張りに剣を打ち込んでいく。
両方を確認して、右の見張りの方が余裕はありそうだったので、左の敵に近づく。
見張りから一歩引いた敵が、おれの方に向き直って剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣をかわしながら、その剣を握った腕を柄で強く押して相手の体勢を崩し、そこからまっすぐにのどを突き抜く。
がふ、と敵の口から血があふれる。
これで四人。あと一人。
昔、氏族のテントで何人もの剣士に囲まれた時に比べたら、なんとも簡単なことか。
「つよ、すぎる・・・」
その評価にはうなずけないが、何も言わない。
残った一人が下がりながら剣を振るうが、見張りの男が逃がさないように間を詰める。
おれは血を吐いた男を蹴りつつ喉に刺さった剣を抜き、最後の一人の背後に回った。
「囲め」
短い指示に、もう一人の見張りも反応する。
最後の一人が三人に囲まれた状態になった。
「・・・他の倉庫、仲間、火、つける」
つまらないことを言い出すものだ。
この、南の倉庫に誘い込まれたことすら見抜けていない。
「他の三つの倉庫は見張りが十人ずつ配置されている。だからたった五人のお前たちは見張りが二人に見えるこの南の倉庫を狙った。お前たちに他の仲間などいない。もうあきらめて剣を捨てろ」
ばたばたという足音とともに、守備兵がさらに集まってくる。
降伏しないのは、おれの言葉がうまく通じていないから、かもしれない。
「おい、こいつを降伏するように説得しろ」
おれに言われて、敵と向き合っていた見張りが説得を始める。
もうすでに一対十を超えた数になっていた。
スレイン王国の言葉で、なにやら言い合っているが、話が終わらない。
「ジッドさま、降伏に応じません」
おれたち、大森林の言葉で、大森林で訓練していた守備兵が教えてくれる。
やれやれ。
「なら、囲んで殺せ。一人は気絶させてある。そいつは縛って、明日の朝にユゥリン男爵に差し出せ」
「はっ!」
返事とともに、囲まれた敵が後ろから、横から、次々に刺されていく。
一人を相手に残酷なものだと思うが、味方に被害を出さないためには当然の行動だ。
それにしても。
あの大森林の奥地で、たった一人で生きていたオーバがどうしてこんな戦い方までくわしいのだろうかと、疑問に思う。疑問に思うが、あの賢いオーバなら、これも当然なのだとも思う。
あくびをしながら剣を収めたおれは寝所へ向かった。
この夜、おれが殺した四人の間者の死体は、翌朝、ユゥリン男爵によって外の敵軍から見えるように北の外壁に吊るされた。
ユゥリン男爵が大声で、敵軍に向かって間者を討ち取り、食糧を守ったことを叫んでいたらしい。
おれたち、大草原や大森林の者を野蛮な種族だと見下している、スレイン王国の奴らの方がよっぽど野蛮だとおれは思ったが、口には出さなかった。
「トゥリムの奴は、どう思ってんのかね・・・」
誰にも聞こえないように、おれは小さくつぶやいた。
二日目。
昨日よりも、相手の戦意は低いと感じる。
しかし、攻め手はひとつ、工夫をしている。
盾、だ。
まあ、無謀だとも思う。
投石、矢、糞尿の対策として、先頭で登ってくる敵兵が盾を持っている。
ただし、昨日と比べてその動きは遅い。
当たり前だ。
両手、両足で登ってきた昨日と違って、片手、両足では遅くなる。登れないわけではないだろうが、格段に難しいはず。
守備側のこっちはどう対策するか。
「斜めからの投石か、それとも・・・」
トゥリムがこっちを見て確認してくる。スィフトゥ男爵の視線もおれを向いている。
昨夜の、間者をしとめた手柄を認められたらしく、昨日までとはこっちを見る男爵の表情が違う。
まあ、直接かかわったこともないのだから、そんなものなのだろう。
「石は後、だな。盾持ちを落してからでいいさ」
そう答えて、おれは大きくあくびをした。
「分かりました。では、盾持ちに丸太の後、投石で。ジッド殿は、下で休まれてもよろしいですよ?」
「そうもいかんだろう」
確かに眠いが、だからといって、ここを離れてもすることがない。
守備兵の指揮はトゥリムに任せるが、おれはその近くに待機する。登り切った敵兵が出た場合、おれと男爵が倒すことになる。
外壁の上まであと二メートルというところで、盾持ちの敵兵に丸太が投げ落とされる。二人がかりで投げ落とす丸太の勢いはかなりのものだ。
盾があれば投石くらいならなんともなかっただろうが、丸太では盾で直撃を防いだとしてもその衝撃を全て受け止められるものでもない。
足場は外壁の石の間に刺したナイフ。当然だが、丸太の重みで体勢を崩して落ちていく。
落ちた盾持ちと、落ちた丸太で、外壁の下に待機している敵兵も被害を受ける。もちろん落ちた盾持ちの敵兵も即死か重傷。
盾持ちに続いて登ってきていた盾なしの敵兵には投石。
ちなみに、丸太だけでなく、投げられない大石もいくつか用意されている。
守備兵の動きは万全。
敵軍も登る道を着実に増やして八本にしているが、まだまだ余裕で対応できる。
「ところどころ、わざと最後まで登らせて突き落とすというのは、どうでしょうか?」
トゥリムが提案してくる。
「突き落とす守備兵は三人一組でいこうか」
おれも賛成する。「石や丸太が節約できるしな」
落ちたら、それでもう戦力外だ。ここはそういう高さがある。
それでも登ろうとする敵兵は狂っているのではないかと思ってしまう。
こんな国に、オーバはどういう魅力を感じているのか。
それとも、何も感じていないのか。
いや・・・。
ここがまともじゃない国であることが、おれたち、アコンにとって、一番都合がいい状態なのかもしれない。
ここまでやってきて、自分の目で見て、そんな風におれは考えたのだった。
そして、それこそが、オーバの考えなのではないか、と・・・。
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