第104話 辺境の聖女は重要人物 この山師は目を合わせない(4)



 あれから、オーバさまとクマラはすぐに大草原へと旅立った。

 何人かのカスタの人たちと、フィナスン組の隊商と、三十人くらいの元兵士たちと共に。


 一年前の戦いで傷を負った敵兵はアルフィに残され、傷が癒えたら、一年間の労働の後、解放されることに取り決められていた。

 傷自体は、私やフィナスン組が神聖魔法を使えるようになったため、すぐに癒えた。

 そうして、あの戦いから一年が経ったのだが、多くの元兵士たちは、アルフィに留まるのでも、元いた辺境伯領へと帰るのでもなく、オーバさまに従って、大森林へと移住することを選んだ。


 アルフィの人から、夫や父、息子の仇として厳しい目を向けられていたこと、それと、辺境伯領の故郷に戻ったとしても跡継ぎではない次男や三男だったことなどが、大森林への移住を選んだ大きな要因だった。

 戦の恨みというものは、どうしようもないが、兵士の責任というよりは辺境伯の責任だろうと私は思う。

 だからといって、アルフィの人たちが、失った家族に対するやりきれない思いをぶつけてしまう気持ちも分かる。


 オーバさまは、移住者に寛大で、移動中の食糧は全て面倒をみるつもりのようだった。

 大森林では、その程度の人数なら、何の問題もなく、養えるらしい。それどころか、力仕事をさせるために役立つと喜んでらっしゃった。

 道を造らせる、と嬉しそうに話すオーバさまの姿に、私は、またしても、おなかの子のことを言いそびれてしまった。


 そのことを伝えたら、きっと、喜んでくださるはずなのに。


 オーバさまは、大草原の氏族同盟の盟主であるナルカン氏族には、新しく作ることになる、細い羊毛の糸をアルフィとの取り引きに利用するように伝えると約束してくれた。


 涙は見せないようにして別れた。

 もちろん、神殿の部屋に戻ってからは、声を出さずに私は泣いた。






 その翌日、私はフィナスンを通じて、イズタを神殿に呼び出した。


 フィナスンは、フィナスン組の者たちを使い、銅の鉱脈を管理し、銅を精錬、運搬して、アルフィで銅貨に加工させている。

 オーバさまから銅貨の元締めを任されたことで、銅の鉱脈を見つけた山師のイズタとの関係は良好のようだった。


 何か言い訳をして、神殿に来ないのではないかと考えていたが、イズタはすぐにやってきた。フィナスンが一緒にやってきた。


 イズタは礼拝堂で私に対してひざまずき、頭を下げた。

 やはり、目は合わなかった。


「呼び出しに応じてくださって、感謝します。どうぞ、そちらの椅子にかけてください」

「いいえ、このままで。どうぞ、用件を」


「いいから座ってください。あなたは既に父に仕える者。しかも、銅の鉱脈をふたつも発見し、アルフィに大きく貢献しています。私としては、イズタ、あなたを粗雑に扱う訳にはまいりません。それに、今から相談したいことは、とても重要な話なのです」


「姫さんがこう言ってんだから、座りゃいいさ、イズタ」

「はあ・・・」


 フィナスンがそう声をかけてくれたからか、イズタは立ち上がり、椅子に腰かけた。しかし、目線は私の横の、何もないところを向いている。


 どうしても、私を直視したくないらしい。

 何がイズタにそうさせるのだろうか。


「こちらの言葉が苦手だと、オーバさまから聞きました。このくらいゆっくり話せば大丈夫かしら、イズタ?」

「はい。問題、ない、です。こちらの言葉、勉強して、います、から」


「そう。では、本題に入ります。私やフィナスンは、このアルフィに価値ある産物がほしいのです。カスタが塩や魚介類をはじめとして、さまざまな産物をオーバさまに認められ、アルフィを通じて大草原や大森林へと送り出しています。一方で、アルフィにはこれといった産物がありません。カスタよりも麦はよくとれますが、それはカスタや大草原ならともかく、大森林に対する価値ある産物と呼べるような、独自のものではないのです」


 私はまっすぐにイズタを見つめる。

 イズタは決して目を合わせようとしない。


「産物の話、を、なぜ、おれに?」

「・・・オーバさまに相談したところ、イズタ、あなたと話すようにと、助言してくださいました。オーバさまがそう言うからには、あなたは何か、アルフィの産物となる物に心当たりがあるのではないですか?」


「・・・心当たり、ですか?」

「そうです。何か、ないでしょうか?」

「・・・・・・」


 イズタは黙ってしまった。

 私はそのまま、イズタを見つめる。


 フィナスンがイズタを見て、私を見て、再びイズタを見た。


「・・・イズタよぅ、姫さんは、なんていうか、言いたいことを言っても、そのまま許してくれるような人さ。そうっすよね、姫さん」

「・・・ええ、そうですね」


 心の中では、フィナスンは特別ですが、と思った。

 この町ではフィナスンは私やお父さま以上に、多くのことに通じているし、多くの者を動かせる。オーバさまとの信頼関係もお父さま以上に構築できている。


 もちろん、イズタが少しくらい、無礼な発言をしたとしても、私がそれを聞き流すくらいは簡単なことだ。フィナスンにそう言われたのなら、なおさら、である。


「だから、今、考えてること、言ってみりゃいいのさ。気軽に、よ?」


 そう言ったフィナスンは、ぽん、と軽くイズタの肩を叩いた。


 イズタはフィナスンを振り返り、その顔を見て、フィナスンの言葉の真偽を判断しようとしているようだった。

 しばらくして、イズタはフィナスンに向けていた顔を私の方へと向けた。その目線は、誰もいない空間に向いた。


「キュウエン、さま」

「何ですか?」

「キュウエンさま、は、銅を、アルフィの、産物だと、思いますか?」

「銅? 銅とは、銅剣や銅の胸当て、銅貨になっている、あの、銅のことですか?」

「そう、です」


「・・・産物、と言えば、産物かもしれませんが、銅はそれ自体が交換できる品という訳でもないので、私が今考えている産物とは少しちがう気がします」

「ならば、おれは、キュウエンさまが、望む、産物を、知りません」


 ・・・どういう意味だろうか?


 私が望む物ではないが、何か、心当たりはある、と言っているようにも思える。

 私はオーバさまの言葉を信じる。そこに揺らぎはない。


 オーバさまがイズタと話せと言うからには、それだけ重要な意味があるはずだ。

 だから、イズタと話して、私は聞き出さなければならない。


 私には信じるものがある。

 そこに疑いはない。


 イズタは何かを知っている。

 それは、もはや、私の中の、真実なのだ。


「私が望む物とはちがったとしても、あなたが知る産物について、今、教えてほしいのです」


 私は、真摯に訴えた。

 その言葉に、アルフィの繁栄を願う気持ちや、オーバさまへの想いをのせて。


 まっすぐに私はイズタを見つめる。

 私が見つめれば、見つめるほど、イズタは目をそらす。

 それでも、イズタに、私の言葉は届いたのだろう。


 イズタは何度も、口を開いては閉じ、開いては閉じ、という動きを繰りかえしてから、最後に小さく言葉を発した。


「・・・それは、辺境伯には、認めてもらえなかった物、なのですが・・・」


 私とフィナスンは、途切れ途切れに話すイズタの言葉を、ゆっくりと聞いた。

 それは、信じられないような、驚きの話だった。


 とても、真実とは思えない、そんなものがあるはずはない、と。

 そう思ってしまうような、話。


 実際、フィナスンは何度も、何度も、ありえねぇよ、と口をはさんだ。


 でも。

 私は、そのイズタの話を信じると決めた。


 イズタによると、既に、オーバさまは、イズタがそれを作るように頼んでいるらしい。


 それは確かに、私が望んだ産物ではなかった。


 それどころか、カスタの塩だろうが、大草原の羊毛だろうが、大森林の布だろうが、決して交換することができない、とんでもない物だ。

 アルフィで作ったとしても、アルフィの産物として扱う訳にはいかないが、アルフィにとって必要となる、そういうものだ。


 すぐに手に入る訳ではない。

 おそらく、時間はかかる。


 それでも、間違いなく。

 それが手に入れば。


 オーバさまは必ずアルフィへと足を運んでくださる。

 そう思える物だった。


 私は、お父さまの説得と、必要な援助を、その場でイズタに約束した。

 それでも、イズタは私と目を合わせることはなかったが。






 イズタから話を聞いて、およそ二か月。

 私のおなかも、はっきりと赤子がいると分かるくらいにはふくらんでいた。


 アルフィには・・・、いえ、アルフィの神殿には、王都や、スレイン王国内のいろいろな町から、神殿の関係者が集まってきた。


 もともと、辺境伯領内の各地に、神殿から人がやってきては、食糧や木材、衣類を届けるということがこの一年間、続いていたのだが、それが、完全に移住するという形で、はっきりと目に見えるようになった。


 王都の最高神殿の巫女長さまが亡くなられて、その配下だった者たちに、辺境の聖女である私に仕えよ、と遺言なさったらしい。

 私自身は、自分が聖女だなどと、思ったことはなかったのだが。


 神殿騎士や巫女騎士と呼ばれる、王国でも有数の強者が、アルフィの神殿に集結していた。また、巫女や神官も、アルフィの神殿に集まった。

 彼らは、各地の神殿で育てていた孤児たちも連れてきた。そうして、私に忠誠を誓う、と言った。


 大きな変化のうねりが、辺境伯領へと流れてきていた。

 北辺で領地を接する諸侯が、辺境伯領に攻め込んできたりもした。

 男爵たちが守りを固め、フィナスン組と神殿の兵力がこれを迎え撃ち、撃退した。


 追い打ちをかけて他領へ攻め込もうとする男爵たちを、フィナスンがオーバさまの名を使って止めたという。


 しばらくすると、王都から、多くの人が辺境伯領へと流れ出てきた。


 辺境伯領へと攻め込んで敗れた諸侯の町へ、別の諸侯が攻め込み、辺境伯領の北側にはいくつもの戦いが起きた。


 そのあたりの町からも、移住者が辺境伯領へと押し寄せてきた。

 移住を求める難民は、辺境伯領の北辺に留まらず、さらに奥へと進み、戦場からもっとも遠い、カスタやアルフィへとたどり着いた。


 カスタとアルフィには、大草原を通って大森林から届く、大量の食糧があったからだ。

 大森林では、食べる物、着る物、住むところに、困ることはない、という噂が、カスタやアルフィで流れていた。


 大森林の噂を聞いた者は、アルフィをさらに抜けて、大草原へと旅立った。

 スレイン王国に見切りをつけて。


 王国内では、諸侯が互いに争う、戦乱の様相を見せ始めた。


 お父さまは、フィナスンとよく話し合い、辺境伯領の安定に努めた。辺境伯領は、他領を侵さず、ただひたすらに守りを固め、北からの避難民を受け入れ続けた。


 フィナスンはフィナスン組を動かし、オーバさまから大量の食糧支援を受け続け、それをナフティ組と協力して、辺境伯領に送り続けた。

 正直なところ、あれだけの食糧を支援することができる大森林の豊かさは、私たちには想像できない。


 そうして、王国は戦乱の時代を迎え、私たちはその中で、まるで別世界のように、平和に暮らした。


 ただし、油断せず、訓練を怠ることなく、である。


 辺境伯領で暮らす者は、誰もが、いつかは自分たちも巻き込まれるということを理解していた。





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