第101話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の初陣(6)
戦場は、エレカン氏族の支配地域内だった。
同盟を組んだ氏族のためなら、敵地を攻めることも厭わないという姿勢を見せるとかなんとか。これも駆け引きのひとつみたい。
そこに、エレカン氏族は十人の戦士を率いて現われた。
こっちはだいたい三十人、と、馬たち。
3倍以上の戦力だ。
しかし、人数差で楽勝というわけではない。
実は、エレカン氏族は大草原最強の氏族だとされている。よく分かんないけど、『四方不仲』って言われてて、周辺の氏族とはよく敵対するせいか、争いが絶えず、そのせいで、戦いを得意とする者が多いらしい。
実は、ジッドはこの氏族の出身で、前の族長の子だという。つまり、エレカン氏族は大草原の天才剣士を産んだ氏族なのだ。エレカン氏族の一人ひとりの力は、氏族同盟よりも高い。エレカン氏族と戦うのなら、三対一でも、油断はできないという。
まあ、今回は、騎馬隊の、本当のすごさを見せる場だわ、とエイムは言った。そういう意味では楽勝なので、とりあえず問題はないらしい。
エレカン氏族は、馬とは戦いから逃げるためのもの、と思っているはずだ、と。それが大草原の今までの常識なのだ、と。変な常識。
あいつらなら、実際に踏みつぶされるまで理解できないと思うわ、と笑うエイム。
ちょっとこわい。きっと、オーバがエイムを妻にしないのは、こういうとこなのかな? エイムには絶対言えないけどさ。
戦場では、戦う相手同士で、互いに口上を交わす。
戦いの前に、戦う理由、責任がどっちにあるか、押しつけ合うらしい。これも、よく分かんない。
「辺境都市の商人ともめたセルカン氏族に味方するとは愚かな族長だな、ドウラ! 大草原をスレイン王国に攻めさせるつもりか!」
エレカン氏族の先頭に立つ男が大きな声で叫んだ。
「子どもをさらおうとした商人など、商人ではない! そんな者たちに助力したエレカン氏族の誇りのなさに我々はあきれているのだ!」
ドウラも大きな声で返す。
「馬鹿が! 戦う前から馬に乗って、いつでも逃げられるようにしてる臆病者たちが、我らエレカンの戦士に勝てるとでも思ってるのか!」
「エレカンごときが大草原最強などと名乗れぬように、今日、ここではっきりさせてやる!」
「分かったからとっとと馬から下りてかかってこい!」
「自分がどれだけ間抜けか、あとで思い知るといい!」
・・・このやりとり、めんどうくさい。いらないんじゃない?
男って、無駄が多いよねー。
ちらり、と西の方に走ってくる集団が見えた。
エイムも気づく。
「ヤゾカン氏族だわ」
「ああ、間に合ったみたいだな」
「ドウラにいさま、突撃を」
「分かった。アイラ殿、頼みます」
「いいわ、任せて。全軍! 突撃! エレカン氏族をぶちのめすわよ!」
凛としたアイラの声に、野太い、おう、という男たちの返事。
すっかり、アイラに心服してるみたい。
強者に従う、という単純な考え。
分かりやすくていいけど。
それなら、女性のことも、もっと考えてほしいものだ。
氏族同盟の騎馬隊が動き始め、加速していく。
それとほぼ同時に、協力者であるヤゾカン氏族が到着する。率いてきたのは、エイムの父、ガイズと、エイムの兄、ナイズだった。
「すまないな、ドウラ。少し遅れた」
「ガイズ叔父。ご苦労でした。よくヤゾカン氏族を説得できましたね」
「3年、かけたからな」
そう言って、にやりと笑うガイズ。
娘のエイムは何も言わず、目を細めて父であるガイズを見下ろしてた。
あたしも、エイムも、ドウラも馬上で、ガイズたちより視線が高いのだ。
騎馬隊は加速しながら、エレカン氏族のところへ突き進んでいく。
そして、そのままエレカン氏族に突っ込むのではなく、馬群は二つに分かれて、エレカン氏族を回り込むように外へ外へと開いていく。
エレカン氏族の正面には、最後尾にいたノイハだけが残っていた。
騎馬隊が動いたので、氏族同盟の盟主であるドウラの周囲には、あたしとエイムしか残っていなかった。
「では、ガイズ叔父。ヤゾカン氏族にも、戦いに参加してもらいましょうか」
「ああ、そうだな、ドウラ」
ガイズは右腕を高く上げてから、ぐいっと腕ごと、ドウラを指し示した。「エレカン氏族側でなあ!」
その言葉に応じて、ヤゾカン氏族の戦士たちが銅剣を抜き、じわり、じわり、とドウラに近づく。
「・・・裏切りか、ガイズ叔父?」
「裏切りではない。あるべきナルカンの姿に戻すだけだ。お前が族長では、あの男にナルカンが飲み込まれる」
「あるべきナルカンの姿など、ないよ、ガイズ叔父」
「それは、おまえが情けない族長だからだ、ドウラ」
「父として、エイムの前で、こんなまねをする。どっちが情けないんだ、ガイズ叔父」
「エイムには分かるはずだ」
そう言うガイズに、エイムが冷たく答えた。
「・・・馬鹿なことを言わないで、分からないわ。理解したくもない。まあ、正直なところ、このくらいはやる馬鹿だとは思ってたわね、父さんも、兄さんも、どっちもね。こうして裏切ることも予想済みだったわ。でも、本当は、父さんや兄さんのせいで、私やリイム、ナルカン氏族から大森林に行ったみんながどう思われるか、もっと真剣に考えてほしかったけど、もう親子でも兄妹でもないと思うから・・・ウル、やっちゃって」
はーい、了解。
エイムの指示は、アイラの指示。そして、アイラの指示は、オーバの指示。
ウル、行きまーす!
あたしは、ひょい、と馬上から飛び降りた。
ガイズは目の前に立ったあたしを見て、は? という顔をした。
その瞬間、みぞおちに拳を一発。
目が裏返るように白眼になって、ガイズは崩れ落ちていく。
そのガイズが崩れ落ちるよりも早く、あたしはナイズの前に出て、軽く跳ねた。
みぞおちに膝をぶち込む。
目玉が飛び出るかのように白眼になって、ナイズが倒れていく。
まあ、裏切り者とはいえ、いちおー、エイムのお父さんとお兄さんだから。
このくらいで十分か。
残るはヤゾカン氏族の戦士が五人。
すでに銅剣を抜いているが、どうも、口がぽかんと開いている。
ナイズが倒れこむよりも早く、蹴り一発で一人の左足を折り、拳一発でもう一人のあごを砕く。
そのまま、その二人の脇を通り抜けて、次の二人に向かう。
一人は回し蹴り一発で頭を強く蹴りつけ、もう一人は左拳一発であばらを五、六本、折る。
最後の一人は股間をどすんと蹴り上げ、ぶわりと宙に浮いてから地面に落ちた。
そして、そのまま、誰も起き上がってこなかった。
ぱちぱちぱち、とエイムが手を叩いた。
「三つ数えるよりも早く終わったわ。ウル、ありがとう」
そんなもんだったかも?
振り返ると、エイムが微笑んでいた。
ドウラの口は少し震えている。
「・・・エ、エイム?」
「なあに、ドウラにいさま?」
「こ、これは、どういうことだ?」
「何が?」
「あの子が歩いていくと、突然、男たちがどんどん倒れていったんだが・・・?」
「ああ、ドウラにいさまには、そんな風に見えたのね」
「エイム?」
「今のは、七人全員、ウルが蹴り倒したり、殴り倒したりしたわ」
「はあっ?」
「ふふふ、そういう顔が見てみたかったの・・・じゃなくて」
「エ、エイム?」
「父さんや兄さんが裏切ってる可能性が高かったわ。ヤゾカン氏族が突然協力を申し出るなんておかしいから、エレカン氏族と手を組んでるだろうと思って、わたしたちの中で一番強い者をドウラにいさまの護衛に残しておいたの」
「わ、わたしたちの中で、一番、強い?」
「そう。この子、ウルは、わたしたちの中で一番強いわ。ノイハよりも、ジッドさまよりも、アイラよりも」
「神聖魔法を使う癒し手ではなかったのか?」
「癒し手は癒し手で間違いないわ」
「しかし・・・」
「オーバだって、強い上に、神聖魔法を使うわ」
「いや、それはそうだが・・・」
「誰も、ウルがこんなに強いなんて思わないでしょう? だから、警戒せずに裏切るだろうって考えたわ。作戦通り、うまくいったけれど、何か問題がある?」
そう。
これが、エイムの立てた作戦だった。
そのせいであたしはずぅ~っっと我慢を強いられていた。
あたしを我慢させて、ただの子どもだと思わせ、相手をだます、というエイムの作戦。氏族同盟の盟主であるドウラに何かあってはならないってことも含めて、今回の最大戦力を護衛にしつつ、裏切り者を圧倒する。
女神さまの巫女で癒し手の小さな少女を守る男、という立場のつもりだったドウラは、自分が逆に守られていたと知って、衝撃を受けたのだと思う。
「だ、大森林とは、いったいどういうところなんだ?」
「何を今さら、ドウラにいさまは言い出すのかしら。大森林は、こういうところなのです。そう思ってあきらめなさいな。ああ、あっちも、もう終わるわ」
そう言ったエイムの視線を追うと、ノイハの矢によって動きをおさえられたエレカン氏族の戦士たちが、次々と馬に踏みつぶされていくのが見えた。
あっちも圧勝である。
「さてと、勝ったわ、ドウラにいさま。あとは、エレカン氏族とヤゾカン氏族のテントをおとしますからね。部隊を半分に分けて、エレカン氏族の方は、そうですね、セルカン氏族の族長を行かせて口上をあげさせましょう。ヤゾカン氏族の方はドウラにいさまで。アイラにはエレカン氏族の方へ、にいさまにはわたしとウルがついていきますわ」
「わ、分かった、分かった。そう急かすな」
そんな二人のやりとりを見ながら、あたしは再び馬の背にのぼった。
エレカン氏族のテントも、ヤゾカン氏族のテントも、氏族同盟の敵ではなかった。何匹もの羊を奪い、氏族同盟は力を増して、エレカン氏族とヤゾカン氏族は力を失った。
大草原の勢力関係は、ここから大きく動き出す。
氏族同盟に加わろうとする氏族が接触してくるようになる。
この先の大草原が歩む道を定めた今回の戦い。
大草原が氏族同盟として、大きなまとまりを持つようになる未来は、ここに決まった。
これが、あたしの初陣だった。
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