第101話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の初陣(5)



 結果として、ドウラが心配していたアイラとライムの手合わせは行われなかった。この出会いのときは、だけど。そりゃ、アイラが強い相手との立ち合いを望まないはずがないもん。


 それは、テントに入ってきたライムの腕に抱かれた、かわいい男の子、オーバとライムの子であるユウラに、アイラが夢中になったからだった。

 オーバとアイラの子、サクラは女の子で、ケーナの産んだ子も女の子。オーバの子で男の子は、まだ、ここにしかいない。夢中になったのはアイラだけでなく、エイムも、あたしも、だっだ。


 小さい子は無敵だ。しかも、それがオーバの子だとなると、なおさらだ。


 ちなみに、あたしとエイムも、アイラと一緒に、きゃあきゃあ、かわいいかわいい、次はあたし、などと言いながら、大人しくしているユウラを交代で抱いた。


 あたしがかわいいユウラを抱いてにんまりしてる間、アイラとライムが何か、話していたみたいだけど、その内容はよく分からない。


 ただし、二人とも、いくつか言葉を交わしては、笑い合っていた。


 とりあえず、アイラとライムは、とっても仲良しになったように、あたしには、見えた。


 ドウラもほっとしたようだった。


 ありがたいことに、ドウラにとって、小さな子どもは女たちの平和の象徴だった。


 それにしてもユウラ・・・なんてかわいい・・・。






 翌日も、その翌日も、そのまた翌日も、ナルカン氏族の男たちや、合流した他の氏族の男たちをアイラが毎日のように叩きのめしていた。


 そろいもそろって、女なんかに総大将を任せるなんて恥をかかせる気か、というセリフに始まり、エイムの提案で、それなら確かめてみればよい、って、アイラと立ち合うことになり、結果としてほぼ一方的に叩きのめされていく。この流れって必要なの?


 本当だったら、それ、あたしの役割だったのに、とあたしは本気で思っていた。


 でも、エイムに割り振られたあたしの役どころは、アイラに叩きのめされた単純馬鹿な男たちの、治療役・・・治療薬?

 まあ、どっちでもいいけど、そんな感じだった。納得はしてないんだけど、素直に従ってるつもり。

 それで素直なの? とでも言うような顔をエイムはするけど。でも、まあ、今は、ユウラをだっこできる時間がたくさんもらえるから、まあ、いっか。


 大草原の男たちは、どいつもこいつも、アイラの強さに屈服して、その後で、あたしの神聖魔法でびっくりしつつ感謝して、それからジッドを紹介されて、ああ、なるほど、と納得して・・・なんで大草原だと、ジッドの顔を見て、みんな納得して従うことを決めるんだろ?


 エイムに聞いたら、ジッドは大草原では有名な天才剣士で、大草原最強の男、と呼ばれていたらしい。

 今じゃ、アイラよりも、ノイハよりも、あたしよりも弱いけど。

 あ、こういうこと言うと、実はオーバに怒られるんだよね。強いとか弱いとかは手合わせの勝ち負けだけじゃない、って。


 大草原の男たちに混じって、積極的にアイラに挑み、男たちよりもはるかにいい戦いぶりを見せていたのが実はライム。

 ライムとの立ち合いは、アイラも少しだけ表情を変えていた。もちろん、結果はアイラの完勝だったけど。あたしなら本当はもっと余裕。


 大草原の氏族たちの中で、一番強いのは女性のライムなのに、どうして女性の地位が軽んじられているのか、よく分かんない。

 でも、ナルカン氏族はちょっとちがうみたい。まあ、はっきりと、氏族の中でライムが一番強いんだもの。それに、族長の姉という立場もあるかも。


 で、アイラに叩きのめされた男たちはというと、今度は同じ大森林から来た者だと、ノイハに目をつけた。


 ノイハに勝負を挑もうとするんだけど、ノイハはのらりくらりとそれを受けずにかわしていく。


 なんだあいつは、大森林にも弱い奴がいるんじゃないか、と。この腰抜けめ、と。男のくせに、と。そりゃ、もう、ノイハのことを言いたい放題で。


 勘違いもいい加減にしてほしい。そもそも、男のくせに、などと言うのなら、あんたたち自身が言われなさいっての。


 もし立ち会えば、ノイハはアイラに勝つのだ。知らないくせに。ノイハは立ち合おうとしないけど。


 ノイハがそういう勝負を受けないのも、実際にはエイムの指示。ま、ノイハは喜んでその指示を受け入れていたのが、あたしとの最大のちがいかも。ノイハって素直だなあ。


 ところが、そのノイハに対する見下した視線や思いは、乗馬訓練が始まるとすぐにどこかへ消え去った。これもエイムの計画通り。


 アイラがネアコンイモのロープで作ったあぶみの使い方を教えていく。


 そうすると、馬上での安定性が高まり、大草原の男たちは、これまで裸馬にただ抱き着いてまたがるだけだったときには出せなかった速さで馬を走らせることができるようになっていく。


 その馬の本当の速さに対する驚きと感動の中、訓練として出かけた遠乗りで、あたしたちが疾走する前を渡り鳥が低空で飛び、横切った。


 エイムがノイハの名を呼んで、ノイハが速駆のまま弓に三本の矢をつがえて、一瞬で放つ。


 びゅうっ、と放たれた三本の矢は、三羽の渡り鳥をしとめた。


「ば、馬鹿な・・・」

「この揺れの中で?」

「一度に三本だと?」

「なんという、弓の腕をしているんだ・・・」


 ふふん、見たか!

 ノイハの弓は天下一品!


 これは本当に、オーバですらマネできないくらいの腕前なの! いや、正確にはオーバも百発百中の腕なんだけど、同時に三本の矢を放つことはできない。


 本当にノイハの『三本之矢』のスキルはすごい。しかも、『騎乗弓術』スキルもあるし、弓に関しては、アコンの村でもダントツの存在だ。


「今夜は鶏肉だぜぃっ!」


 一射でしとめた三羽の鳥をかかげて、にかっ、と笑ったノイハを見たあとは、大草原の男たちは言葉も出なかった。


 その瞬間から、誰もノイハに勝負を挑まなくなったし、ノイハを軽く見ることもなくなった。


 圧倒的な強さの戦士で、総大将のアイラ。

 大草原の天才剣士と呼ばれたジッド。

 三本の矢を同時に射る男ノイハ。

 氏族同盟の盟主の従妹で優秀な参謀のエイム。


 そして、女神さまの巫女で、癒し手である、あたし。


 こうして、大草原の氏族同盟の戦士たちは、大森林が最高の援軍を送り出したと納得したのである。


 ・・・あたしはこの役割分担には心から不満なんだけどねっっ!






 馬上の戦士たちは、小川に沿って北上する。


 速駆での風を切る疾走。

 これが、慣れると、気持ちがいい。


 なんだか、小川で水浴びするでっかい動物を見かけたけど、速駆の途中だからそのまま後ろへと景色と共に流れていく。あとで、ノイハがサイという動物だと教えてくれた。


 やがて、小川が大きな川へと合流する地点に到達。


 スレイン川という川で、大草原を流れて、スレイン王国へと通じている。


 ここから西側の上流には堰と呼ばれるところがあって、そこから向こうはとても水が濁っているんだとノイハが教えてくれた。

 でも、その堰からこっち側は、濁りが堰でくいとめられ、さらに虹池からの澄んだ水が流れ込むことで、びっくりするくらい綺麗な水になっているらしい。


 堰の向こうの濁った流れの中には、でっかい口のワニっていう動物や、そのワニを食べ尽すような魚までいるみたい。

 ノイハはオーバと二人で、そっち方面を旅したことがあるのでくわしい。

 アコンの村ではその話を子どもたちが聞きたがるので、寝る前にノイハが聞かせてくれることもある。


 あー、あたしもいつか、オーバにいろいろと連れてってもらいたいなー。


 そんな話をしながら、スレイン川を馬で渡る。もちろん、ナルカン氏族がよく知る、浅いところを渡った。濡れるけれども、人が歩いて渡れる浅さだ。馬ならほぼ問題がない。川といっても、いろいろな場所があるんだなあ。不思議。


 スレイン川の北側には、氏族同盟に属する氏族がひとつしかない。


 スレイン王国の辺境都市にもっとも近い位置に暮らす、セルカン氏族。

 今回、エレカン氏族の襲撃を受けた氏族だ。


 アイラとドウラが話して、エイムに確認をとり、ここで野営する。


 セルカン氏族の戦士たちが合流し、氏族同盟ではないが協力を申し出たヤゾカン氏族もやってくるという。六氏族がそろったら、エレカン氏族を攻める。


 ヤゾカン氏族を味方につけたのは、エイムのお父さんとお兄さんらしい。従兄ではなく、本当の兄の方だ。


 今は、集まるのを待つ時間。


 はあ、ユウラをだっこしたいなあ・・・。


 あたしだけナルカン氏族のテントに戻っちゃだめかな。


 さすがに、だめだよねえ・・・。






 翌朝、合流したセルカン氏族の戦士には、族長が含まれていた。

 これにはエイムが驚いていた。


「族長が来たの?」

「そうだ。怪我人が多くて、苦しいが、その代わり、自分が全力を尽くすと言っている」

「・・・ドウラにいさま、要注意だわ。こんな切れ者の族長がいたのね。大草原の氏族の男たちなんて、馬鹿ばっかりだと思ってたのに」

「エイム、おまえって奴は・・・」

「ウル、悪いけどアイラに伝えて。族長以外で、って」


 あたしは言われたままにアイラのところに行き、エイムの言葉をそのまま伝えた。


 アイラは残念そうに、分かったわ、と言い、これまでと同じような流れで、アイラがいろいろと言われ、他の氏族たちもそのとばっちりを受けた後で、セルカン氏族の族長以外の戦士を叩きのめした。

 他の氏族の男たちが、そうそう、そうなるんだよ、おれたちもそうだった、とでもいうように、うんうんとうなずいていた。


 あたしが神聖魔法で治療して、ジッドがあらわれて、アイラの総大将を納得させていく。


 族長のプライドを守るため、アイラは族長には手を出さなかったが、あんぐりと口を大きくあけたセルカン氏族の族長の顔は、なんの威厳ももたなかった。






 セルカン氏族の乗馬訓練も済んで、セルカン氏族の戦士たちがノイハにからんでいくのは他の氏族の男たちがとめて、戦いの準備は整った。


 協力するというヤゾカン氏族は到着が遅れている。


 敵対するエレカン氏族は、氏族同盟の動きに気づいて、氏族の戦士たちを集めてこちらに向かっているということだった。


 戦いは、もう、すぐそこまで迫っていた。


 あたしの出番・・・あるのかなあ・・・。





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