かわいい女神を信仰したら重要人物になっていた。

第100話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の今昔物語(1)



 まだ小さかったあの頃。


 陽が沈み、暗くなって、寝る前に。

 オーバは、あたしたちにいろいろなおはなしを教えてくれた。


 あたしと、姉のジルに、だ。


 そのおはなしの最初に。

 オーバは決まってこう言った。


『今は昔、あるところに・・・』


 ・・・意味が、よく分からなかった。


 今なのに、昔って、ヘンだ。


 あたしはヘンだなあ、と思ってただけだったけど、ジルは「どういうこと?」とオーバに質問した。


 オーバの説明は、分かるような、分からないような話だった。


『今は昔、ね。今となっては昔のことだが・・・まあ、今から考えると、どうやら昔のことなのですけれど、という物語の初めの決まり文句だよ。そのおはなしが、本当は誰のことを話しているのか、いつのことを話しているのか、どこのことを話しているのか、あいまいにして分かりにくくするというか、ごまかすというか・・・うん、とにかく、物語の最初はこれ、というものだよ』


 どうしてこんな話を覚えてるのか。

 あたし自身、よく分からない。


 でも、まあ、オーバに教えてもらったことは、できるだけ忘れたくない、と思ってるからかもしれない。


 ・・・今から説明するのは、あたしと、ジルと、オーバと、そしてみんなとのこと。


 退屈かもしれないけど、聞いてほしい。






 今は昔。今となっては昔のことだが・・・。


 あたしたちの物語の最初はここから。


 この言葉から。


 まだ小さな子どもだったあの時。

 あたしの村は、大きく鋭い牙をもつ獣に襲われた。


 大牙虎という。


 村の人たちは、ひたすら、逃げろと叫んでた。


 姉のジルはあたしの手を引いて逃げた。

 森の中へ。

 村の大人が入ってはいけないと言ってた、森の奥へ。


 ジルと手をつないで歩く。


 朝が来て。

 昼になって。

 夜がくる。


 何回それを繰り返したのか。


 歩いても、歩いても、見える森の姿は変わらない。


 同じところを歩いてるのか。

 同じようなところを歩いてるのか。


 もちろん、ここがどこなのか。


 きっとジルにも分かってないはず。


 おなかがすいて、おなかがすいて。

 のどがかわいて、かわいて。


 まわりがよく見えないなと思うようになって。


 今度はジルが、逃げろ、と叫んだ。


 でも、あたしは動けなかった。


 道をふさがれて、逃げられない。

 ジルがあたしをかばう。


 相手はあたしたちよりも、ずっと大きい。

 どうすることもできない。


 戦うことも。

 逃げることも。


 でも、どうにもならなかった。


 そして。

 あたしたちはこうしてオーバと出会った。






 オーバはあたしたちに水を飲ませ、森の奥に案内してくれた。

 途中、あたしは歩けなくなってオーバに抱き上げられた。

 しばらくすると、ジルもそうなった。


 オーバはとっても温かかった。

 一緒にいると安心。


 あたしたちにとって、オーバは父だった。


 森の奥にはびっくりするくらい大きな木があって、もっとびっくりしたけど、それが実は家だった。

 何本もの大きな木がロープとかでつなげられていて樹上を行き来できる。

 村とはちがう、ふしぎな家。


 とってもわくわくした。


 オーバはふしぎな人だった。

 とっても温かい、きれいな光であたしたちを包んで、怪我を治してくれたし、木の上に登らせてくれた。

 そこで待っていると、あたしたちを追ってきた牙の獣、大牙虎と戦って、追い払ってくれた。


 オーバはとっても強かった。


 それからあたしたちはオーバと一緒に暮らし始めた。


 オーバの手伝いをして。

 オーバがつくってくれるスープを食べて。

 オーバにいろんなことを教えてもらって。


 夜にはオーバにくっついて眠る。


 いろんなおはなしを聞かせてもらってから、ね。

 ここは、とっても安心できる場所。


 あたしたちにとって、オーバは父で、そして兄だった。






 大牙虎から身を守るために、ロープを使って木に登る方法を教えてもらって。


 オーバと一緒にあたしたちの村、オギ沼の村に戻った。

 大牙虎はいなくなってたけど、村のみんなもいなくなってた。


 ・・・ううん。


 骨だけになってた。


 そこで、隣の村から逃げてきたノイハと出会って、隣の村、ダリの泉の村も大牙虎に襲われたと分かった。

 それを聞いて、あたしたちは、ダリの泉の村とは反対側にある、もうひとつの隣の村、虹池の村へ向かった。途中でオーバが牙の獣を追い払って。


 たどり着いたら、そこに、ヨルがいた。

 ヨルも生き残ってた。


 ヨルはあたしたちと同じ、オギ沼の村の女の子で、あたしたちよりは年上。


 ノイハの村のセイハとクマラも、逃げのびてそこにいた。


 その村からはムッドやスーラをオーバが預かって。


 あたしたちは再び森の奥へと戻った。






 大きな木、アコン・・・の村での生活は、どんどんにぎやかになっていく。

 牙の獣に襲われた村の人たちが、森の奥に、オーバのところに集まる。

 だって、オーバは強いから。

 オーバは牙の獣を倒せるから。

 オーバがいれば、牙の獣が来ても平気。

 オーバの言う通りにしてたら、きっと大丈夫。


 あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、そして師だった。






 いつの間にか、大きな木、アコン・・・の村には、森のまわりの村から人が集まった。

 オギ沼の村、ダリの泉の村、虹池の村、そして、花咲池の村からも。

 でもそれは、森のまわりの村が、全部、牙の獣に襲われたということだった。


 アコンの村では、朝、女神さまに祈りを捧げ、それから体操をして、拳法の練習。

 走ったり、水やりしたり、収穫したり。

 時には魚を捕まえたり。

 計算したり、言葉を習ったり、文字を書いたり。

 もとの村で暮らしてた時よりも、忙しくて、でも、おなかはいっぱいになって。

 夕方には修行で戦って、滝で水浴びをして。


 とっても楽しい毎日。


 こういうことは全部、オーバからの言葉で動いていた。


 あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、師で、そして長だった。






 村には本当に女神さまがいる。

 女神さまはいるのだけど、村の中にも、女神さまの声が聞こえる者もいれば、聞こえない者もいる。


 オーバはそれを信仰の度合いだという。


 女神さまはその気になれば、誰にでも姿を見せられるけど、普段は姿を見せてくれない。

 しかも、姿を見せてくれたとしても、それは実体がないのが普通なんだけど、ごくごくたまに、触れる実体になってることもある。


 女神さまは大人なんだけど、実体になると、子どもになったり、子どもよりもずっと小さくなったりもする。


 ふしぎだけど、それが女神さま。


 女神さまはジルとあたしに、女神さまが着ているものと同じ服をくれた。


 オーバが実験だといって、ジルがもらった服をクマラに着せようとしたことがあったけど、クマラが袖を通そうとすると、服は消えてなくなって、ジルの手元にあらわれた。


 他の子たちでも試したけど、結果は同じ。


 しかも、ジルやあたしの背が伸びたら、服も同じように大きくなるのだ。


 ふしぎだけど、それが女神さまの服。


 その服をもらってからは、あたしたちはいつしか「巫女姫」と呼ばれるようになった。

 女神の巫女で、王であるオーバの娘、ということ、みたい。


 あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、師で、長で、そして王だった。






 ある日。

 夕方の修行で、ジルと手合わせしてたムッドが死にそうなくらいの大怪我をした。


 その日から、あんなに強かったジッドも、アイラも、ジルには勝てなくなった。

 ジルの相手は、オーバだけがすることになった。


 オーバが、スキルとレベルのことをみんなに教えてくれた。


 毎日、この村でいろいろなことをするのは、スキルを身につけるためだという。


 オーバは、大牙虎との決着はジルがつけると言い、ジルだけを連れて行った。

 あたしも一緒に行きたいと言ったけど、ダメだと言われた。


 戻ってきたジルは大牙虎の背に乗っていた。


 大牙虎とは決着がついて、もう心配はいらない、とオーバが宣言した。


 ジルが乗ってる大牙虎の名前はタイガ。

 ジルにお願いして、ちょっと触らせてもらった。


 ふかふかで、わさわさで、気持ちいい。


 ・・・やっぱり連れて行ってほしかった。


 あたしも獣の背に乗りたい。


 なぜか、ジッドが大角鹿に乗ったことがあると自慢してきた。


 ・・・むかつく。






 森の周りの村はなくなって、みんなでアコンの村に住むようになって、さらには大牙虎のことも心配しなくてよくなってから。


 今度は、オーバが大草原から人を連れてくるようになった。

 大草原は、あたしたちのアコンの村がある大森林の外に広がる、大きな木がほとんどない、とってもとっても広い土地。


 そこの人たちは、あたしたちと言葉が、ちょっとちがうから、大変だったけど、言葉を教え合う時間が決められて、お互いに馴染んでいった。


 なんで大草原の人を連れてくるのか、とクマラに聞いたら、食べ物はいっぱいあるから大丈夫よ、心配いらないよっていう。


 そういうことを聞いたんじゃなかったのに。


 アイラに聞いたら、人が増えないと村が発展しないのよっていう。


 だったら、アイラがいっぱい産めばいい、おなかに子どもがいるんだよねって言ったら、アイラにも、クマラにも笑われた。


 産まれてきたばかりの子は、最初は小さくて、みんなの役に立つまで、何年もかかるのよって。


 そうだった。

 忘れてた。






 ある日。

 オーバが森の外まで、ジルとあたしを連れて行ってくれた。


 大牙虎のタイガよりもおっきな黒い獣がいた。

 馬だよ、とオーバが教えてくれた。

 そして、馬に乗る練習をした。


 もちろん、すぐに乗れるようになった。


 獣の背に乗りたいって言った、あたしの一言をオーバは覚えててくれたんだな、と思った。


 ・・・だから、オーバは大好き。






 それからオーバはノイハと大草原に出かけて。

 しばらく帰ってこなかったんだけど。


 突然、女神さまから緊急事態が告げられたりして。


 それで、無事に戻ってきた後、オーバはすっごい美人を連れてきた。


 赤い髪の美人。

 クレアと名乗ったその人に見つめられたら、全身に鳥肌が出た。

 この暑い大森林なのに、寒さを感じる。


 なんだろうと思っていたら。

 夕方の手合わせでジルが負けた。


 ジルがムッドに大怪我をさせたあの日以来、オーバ以外の人にジルが負けたのは初めて見た。


 その夜、ジルは泣いていた。


 オーバをとられちゃうって言って。


 その時は分かってなかったけど。


 今なら分かる。


 あたしにとって、まだオーバは父で、兄で、師で、長で、そして王だったけど。

 ジルにとって、もうオーバは、好きな人になっていたんだ、と。





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