言えなかった、全て失った
文屋旅人
もういない
たった五文字が言えなかった。
それが、悲劇の始まりだった。
僕には二人の大事な幼馴染がいた。
一人は雄二、もう一人は遥。
僕たち三人はいつも一緒だった。一緒の幼稚園、一緒の小学校、一緒の中学校、一緒の高校、一緒の大学。
だから、僕と雄二が遥に恋をするのは極めて自然なことだった。
大学を卒業する日。
僕は警察に就職、雄二は修士課程に進学、そして遥の進路はわからなかった。
その日、僕と雄二は二人同時に遥かに告白した。
どっちが断れれてもいいように、正々堂々同じタイミングで。
「遥、好きだ!」
「遥、付き合ってください!」
大学から卒業証書をもらったそのあとで、二人そろって遥に言った。
すると、遥は困ったようにはにかんでいった。
「ごめんね、それは無理なんだ……」
僕と雄二は鳩が豆鉄砲を撃たれたような顔になったのは、今でも忘れられない。
なんで、と僕たちが問いかける前に遥は言う。
「白血病なんだ。それも、手遅れの」
僕たちが卒論に必死になっている間に、それは発覚したそうだ。
進行が早く、遥は大学に行ってなかったそうである。
進路がわからないわけだ。遥は、もう自分の終わりを見つけていたのだ。
その日、雄二と僕は大声を上げて泣いた。何とかならないのかと、泣いた。
恋をするしない以前に、遥が大事な人だったから。
「はは……二人とも、泣かないでよ……」
遥も、泣いた。
三人で、泣いた。
大学を卒業してから半年後、遥は死んだ。
「……遥……遥ぁ……」
雄二は狂ったように遥の名前を呼ぶ。
僕は茫然として、何も言えなかった。
遥は、枯れ木のようになって死んだ。
「……遥ぁ……また……会おうな……」
雄二は遥の死体に縋り付いていた。
僕はただ、現実を受け入れられなかった。
その時、ふっと雄二に言葉をかけないといけないと思った。
もういない
そう、言葉をかけないといけないと思った。
「ゆ……」
雄二、と声をかけようとした時だった。
「はは、はははははは。ははははははは」
雄二は、狂ったように笑い出した。見るに見かねた遥のお父さんが、雄二を無理やり外に出す。遥の死体と一緒にいるだけで、精神的に良くないと思ったのだろう。
そのあとに行われた遥の葬式が、僕がまともな雄二を見た最後の時だった。
遥の葬式から二年後。
警官として働いている僕に、奇妙な通報があった。
「アパートから、同じ女性が何人も出ているんです」
そんな、よくわからない通報だった。
周辺住民が不安がっているから行ってこい、と僕は上司に促されてその場所に向かった。
向かった場所は、ボロアパート。
その扉は、鍵が開いてなかった。
「もしもーし」
声をかけても誰も答えない。
しかし、この扉から同じ女性が何人も出ている。気になって、僕は扉を開けた。
「っ!」
開けた瞬間、息を飲む。
「あー」
「うー」
そこには、奇妙なうなり声をあげる遥がいた。
全裸で、よだれを垂らす遥がいた。
「まさかっ!」
いやな予感がして、奥に突入する。
遥が、ボロアパートに七人いた。
奥の扉をけ破ると、そこには一人の襤褸布のような男がいた。
「雄二っ!」
正体はわかっている。
叫んで、読んだ。
「ああ……お前か」
目がぎょろりと見開いた雄二がそこにいた。
「おまえ、何を」
そういった時であった。
「遥がいるだろう? 遥がさぁ……遥がいるんだよぉ……作ったんだ…・・遥の肉から」
血走った眼で、狂ったように雄二は言い出す。
「……どういうことだよ、雄二!」
訳が分からなくなって、問いかける。
すると、雄二は言う。
「クローンさ、クローンで遥の肉から遥を作った、作ったんだよぉ」
ゆらりと雄二は立ち上がる。
「なぁ、遥がいるよ、遥が」
足元がおぼつかない。
何か、おかしい。
「でもさぁ、遥がいても遥じゃないんだ。なぁ……なんでだよぉ」
狂ったように雄二は言う。
遥の記憶を持たない遥。クローンは元の記憶を受け継ぐことはない。
「遥じゃないんだよおかしくなりそうなんだよぉ」
ぶつぶつと、そういいながら雄二は笑う。
「なぁ、遥を上げるから手伝ってくれよぉ、遥を一人あげるからさぁ!」
血走った眼で、雄二はそういった。
パァン
銃声がなる。
僕は雄二を撃ち殺していた。
見るに堪えない、妄執に取りつかれた雄二を見るのがつらかった。
「遥……」
創造主の雄二が死んだのを、恐れることなく遥たちは見ている。
僕は、七人の遥たちを泣きながら絞殺した。
ここにいるのは、遥の形をした何かで、遥ではない。
そんなこと……ちょっと考えればわかるはずなのに……。
あの時、遥はもういない、ってちゃんと言えてたら……。
僕は雄二だけは失わずに済んだかもしれなかった……。
ごめん、雄二。ごめん、遥。
僕は腰に差している拳銃を、こめかみにあてる。
僕は、大切なものを無くしました。
了
言えなかった、全て失った 文屋旅人 @Tabito-Funnya
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