交差点
逢雲千生
交差点
これは、私が中学一年の時に体験した話です。
私が通っていた中学校は、自宅から離れた場所にありました。
進学した中学校までは自転車で通う事になり、通学時間も延びた事で、この頃は通学をとても苦痛に感じていました。
ある日のことです。
いつのように通学路にある交差点で、信号が変わるのを待っていました。
この交差点は十字路の真ん中にあって、毎日大勢の人が歩いています。
自転車専用の道の前で止まると、自転車から降りて向こう側にある信号を見た時、道路の真ん中に男の人が立っているのを見つけました。
危ない。そう思ったのですが、誰もその人に気づかないらしく、何人もの人が向こう側を見ているのに、誰も何も言いません。
車も普通に通り過ぎて行って、彼の姿が見えないようでした。
青に変わって歩き出すと、男の人を避けるように人が行き交います。
私も近くを通り過ぎた時に少し避けたのですが、彼はうつむいたまま動きませんでした。
若い人だというのはわかりました。
ですが、学生なのか社会人なのかはわかりませんでした。
白いシャツにネクタイは無くて、黒っぽいズボンを
誰からも気づかれない彼は、それから毎日、どんな時間でもいるようになりました。
うつむいた姿で、ただ立っているだけの男の人。
毎日毎日会っているのに、誰も彼を見ようとはしませんでした。
そうして時間が過ぎ、ようやく中学校の生活に慣れて来た頃のことです。
通学のために利用していた交差点で、事故が起こりました。
自転車と自動車の軽い接触事故だったそうですが、普段から人通りが多いこともあり、しばらくの間警察官が見回るようになったのです。
それでも彼は立っていました。
毎日同じ場所で、どんな時間でもうつむいて立つ彼。
警察にも気づかれない彼を、私はこの時初めて、生きている人ではないとわかったのです。
あれが幽霊なんだ、と感心してしまいましたが、不思議と不気味だとは思いませんでした。
事故から数日経った頃のことです。
その日私は、部活で帰りが遅くなり、真っ暗な時間帯に家へ帰るところでした。
慣れて来た道でしたが、夜の道は昼間と違って不気味で、早く帰ろうと自転車のスピードを上げていました。
あの交差点に来ると、運良く信号が青になっていて、嬉しい気持ちで渡り始めました。
この時は気持ちが先走っていたのか、いつもなら自転車を降りるのに、乗ったまま渡ろうとしたのです。
交差点の真ん中に来た時でした。
急にハンドルを取られ、あっという間に転んでしまいました。
危ない!
そう思って手をつくと、手のひらが強く痛みました。
自転車ごと倒れた私は、痛みに耐えながら体を起こすと、目の前に立つ人を見て驚いたのです。
私の目の前に立っていたのは、あの男の人でした。
うつむいたまま私を見下ろす彼の顔は見えませんでしたが、怒っているということはわかりました。
彼は私をしばらく見下ろすと、ゆっくりと元の場所に戻り、またうつむいて動かなくなったのです。
幸いにも、私の怪我は大したことがなく、数日で治るものでした。
後で知ったのですが、あの交差点では昔、一人の男子学生が事故に遭って亡くなられたそうなのです。
その学生も自転車通学をしていて、あの交差点をよく利用していたそうなのですが、ある日自動車とぶつかり、そのまま命を落としてしまったそうです。
なぜ事故が起きたのかというと、彼は信号機が変わるのを待ちきれず、大丈夫だろうと飛び出したところ、猛スピードで走って来た車とぶつかってしまったのだと聞きました。
それ以来、あの場所ではたびたび彼の幽霊が目撃されていたそうなのですが、ここ数年で人通りが増え、事故が減った事で見る人も減っていたのではないかと言われています。
なぜ彼があの場所にいるのか。
どうして転んだ私を見下ろしていたのか。
もしかしてなのですが、彼は私に警告したのではないかと思っています。
自分と同じ過ちを犯して、事故で死なないようにと、自転車を倒して教えてくれたのではないでしょうか。
あれから、彼の姿は見ていません。
毎日同じ道を通っても、彼の姿を見たのはあの日が最後でした。
彼の話を聞いてからは、必ず自転車のマナーとルールを守って乗っています。
大人になった今も、車の運転をする時は必ず守っています。
事故で亡くなった彼は、ああやって今もあの場所に立っているのでしょうか。
今はただ、彼があの世へ旅立てていることを祈っています。
交差点 逢雲千生 @houn_itsuki
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