第88話 縁に恵まれた男
アーレイが扉を開くと、そこには黒い煙を立ち上らせながら、濁った目をした猪の化け物がいる。
「祟り神かよ……」
「グウウウオオオオオオオオオ!!!」
耳をつんざくばかりの叫び声、大気も叫びに応じて空気も振動している。
「うるせ! クッソこうなりゃ焼けだ!」
猪に向けて、魔銃を乱射する。雷を纏った弾丸が猪に直撃する瞬間、弾が逸れてしまう。
「なっ! 弾が逸れた!?」
「洋一君! 魔法無効の耐性持ちだよ! 物理で攻めるんだ!」
師匠の有り難いような、有り難くないようなアドバイスが聞こえる。
「チックショー! こうなりゃ自棄だ! おりゃああああ!」
俺は猪に向けて走り出す、猪の濁った目と俺の視線が合う。猪はニヤリと笑いこちらに突撃してきた。
「ゲェッ! 何でだよ!」
刀の切っ先を猪に向け、俺は走る。止まるわけにはいかない。
猪も俺に向け走る。
瞬間、猪と俺がぶつかる。
「どりゃああ!! げふええええ」
猪に直撃され、俺は無様に5m程吹き飛び壁に叩きつけられる。口から血が出て、呼吸が荒くなる。
「洋一! 防御魔法
蘭が結界で猪を抑え込んでいる。何とか紅夜叉を支えにし、自分の身体を起こし猪の方を見ると、蘭が魔法で猪を抑えている。
━━━ダメだ、蘭、戦っちゃだめだ、お前と同じ神獣なんだ……。
瘴気だってどんな影響があるかわからないんだぞ━━━。
師匠の声が、静かに部屋に響く。
「魔法無効、雷の精霊様はお休み中、蘭ちゃんは魔法特化だから、抑え込む位しかできない。洋一君の身体はボロボロ、……これはピンチだね」
師匠は剣を抜いていた。無骨だが力を感じさせる剣だ。
「洋一君、戦いと言うのは命がけだ。逃げ腰になってはいけない。護るべき対象を、戦場に立たせてはいけない」
師匠の言葉が、心に響く
「いつも誰かが、助けてくれる訳じゃない。だけど護りたい人、特に大切な人がいるなら、倒れるな、折れるな」
俺は立ち上がろうとするが、足に力が入らなく無様に倒れてしまう。
「何故倒れている? 君は、何故大切な人に護られている? 違うだろ? 君はまだリングを降りていないんだろ? なら刀を支えにせずに自分の足で立ち上がれ。刀は、支える為の物じゃない。敵を斬り、道を切り開く為の道具だ」
歯を食い縛り、口から血を流したまま、よろよろと立ち上がり、紅夜叉を猪に向ける。俺は倒れちゃいけない、蘭が後ろにいるんだ、蘭を護らなければ、もう失うのは嫌だ━━━
♢side 葵
刀を向けたまま動かない、洋一君。
「良く頑張ったね。洋一君って……あらあ。立ったまま気絶するとは、器用だな。さてと、蘭ちゃん魔法解除して良いよ。洋一君を回復させてあげて」
すごいな、立ったまま気絶何て。バトル漫画の主人公みたいだ!
「はっはい!」
蘭ちゃんは、洋一君が本当に好きなんだなあ。さて僕は、腹ごなしの運動に、悪者退治でもしようかな。
「そんな姿になっても、敵の強さはわかるんだね。だけど、洋一君を舐めてかかった時点で、君の負けだよ」
僕は剣を抜き、ゆっくりと猪の方に歩みを進める。
「終わりにしようか、長き時を護ってきた神獣イヌイよ。安らかに逝くと良い。君の名は、僕と僕の剣である、
僕は、いつも通り剣を振るい、鞘に納める。
リン
鈴の音が響くと猪の首がずるりと落ち、悲鳴を上げる間もなく、黒き煙となりその場から消え去る。
『異界の勇ある者よ。感謝する』
頭上から、老人の様な声が聞こえる。
「へえ、今頃出てくるんだね。神様の癖に。子供にあんな危険な事をやらせるなんて、正直いかれてるね」
アロハシャツのデバガメ神様がやっと、重い腰を上げたようだ。さあ、どれだけ強いのか……
『気付いていたのか』
「もちろん」
そりゃ気付くでしょ。僕からしたら、オーラがダダ漏れだし。僕が、唯一気づかなかったのは、英雄の彼だけだなー。神殺しの彼は今、元気にしてるのかな?
おっといけない、思考が逸れた。
『人を超えた者か━━』
「あまり、舐めないでくれるかな? 本気で隠す気があるなら、神界から見てれば良いのにさ。神殿に入る直前に、顕現していたら、僕じゃなくても気付くよ。さっそろそろバトろうよ!」
神様は、どれだけ強いんだろう? ワクワクが止まらない!
『そんなに殺気を向けられても、御主とは戦わないぞ。それより、イヌイに祈りを捧げさせてくれ』
そう言うと、アロハシャツの神様は、その場に跪き手を合わせ目を閉じた。
流石に、墓参り中の老人を斬り伏せる訳にもいかないよなあ。せっかく、神様と戦えると思ったのに、非常に残念だ。
でも、洋一君に着いて行くって言う、僕の選択肢は正解だったな。外にも、面白い気配の奴がいるし。こいつは、魔族かな? 人族みたいな気配も混じってるから、ハーフかな?
「アーレイちゃんは、気絶しちゃったのか。実質一人で戦ったのか〜。うーん面白い。洋一君は、鍛えたら強くなるだろうなあ。楽しみだ」
「蘭ちゃん、外にも敵がいるから、魔力を温存しときなよ?」
「えっ? 敵ですか?」
「まだかなり遠いけどね。必ず戦いになるから、気を引き締めてね。さっきの洋一君に対して言った言葉の意味は、君もわかるだろう?」
「━━━━はい!」
素直な良い神獣だ。洋一君は、パートナーに恵まれている、いや縁に恵まれているのかな。
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