31-3.後悔していない(チェスト視点)
★・☆・★(チェスト視点)
捕物騒動から、ひと段落ついて。
僕は、引退したマールの仕事を引き継いで、日々生産ギルドであくせく働いている。
実質、ギルマスと副ギルマスの右腕?的存在。
仕事がまあ、多いこと多いこと!
「チェストさん! 次はこちらが」
「チェストさん! ギルマスが後で来てくれと!」
「チェストさん!」
「「「「チェストさん!!」」」」
「あ〜〜はいはい! わかったからぁ!!」
とにかく、二人分を一人でやるのは意外と簡単なようで難しい。特に、マールはクロのとこへの食料配達以外にも、在庫管理をしてたからね?
事件も落ち着いて、洗脳も無事に解かれた職員がいても。僕と同じ幹部にいたマールの穴を埋める作業は結構しんどい。
次から次へと仕事が来るんだから、僕も休める日がない。
「お疲れ様ですね、チェスト君」
「……ほんとですよぉ〜〜」
ギルマスとの仕事がひと段落ついたとこで、僕はソファの上で溶けそうになった。
季節は秋に差し掛かっているにも関わらず、涼しさどころか仕事で暑くて堪らない。けど、充実はしてるんだよね? 給与も上がったし。
「けど、このあとは一度ご実家に帰られるのでしょう?」
「あの方が来てますしね?」
そう、今日は特別にあの方が実家に来ているのだ。前もって、知らせはやって来ているから別段焦る必要はない。むしろ、母さん辺りが盛大に喜んでいるとは思うけど。
「では、お早いうちに帰ってあげてください」
「そうします」
仕事が終わってから、他の職員達に捕まりたくはないので裏口からダッシュで実家に向かう。
途中、すれ違う人達から、『あ!』と声が上がったりしたが全部無視。
とにかく、急いで急いで急いで走って。
実家の裏口に到着すると、家の中から『きゃ!』と可愛らしい声が聞こえてきた。
「あ〜〜……頑張っているんだろうねぇ?」
その様子をこっそり見るべく、台所の前にある大きな窓の下にこそっと移動したんだけど。
シュッ!
「うぉ!?」
いきなり、包丁が飛んできた。
理由は明白。あの方が曲者だと思って飛ばしてきたのだろう。誤解を解くために、僕は窓から顔を出して降参の意を示すのに両手を挙げたのだが。
「ま、まあああああ!? チェスト様!!」
「びっくりしましたよ、ミリアム様?」
「も、ももも、申し訳ございませんわ!」
紆余曲折あったけど、僕の婚約者になったこの国の王女でいらっしゃる、ミリアム様。
隣には僕の母親が立っているが、彼女の突飛した行動をしてもニコニコ笑っているだけだった。
「覗き見しようとするから悪いのよ?」
「酷い言い草だね、母さん?」
とりあえず、飛んで行った包丁を確保してから中に入った。
王女は端でぷるぷる震えているけど、武道の心得があるのに行動がいちいち可愛らし過ぎる。母さんに包丁を預けてから、彼女に向けて両手を広げれば。
ぱあっと華やいだ笑顔になり、親の目の前だけど駆け寄ってきた彼女を抱きとめた。
「チェスト様〜、おかえりなさいませ〜」
「ただいまです。今日はなにを作っていらっしゃったんですか?」
「えと……セリカさんに教わったアイスクリームを」
「嬉しいです。仕事帰りだから暑くて」
「ふふ」
「あら〜、仲睦まじいわね〜?」
「まあね〜?」
母さんも最初は驚いただけですまなかったけど。降嫁されるのに後悔しない、王女の意向をしっかりと受け止めて。将来の姑として、しっかり料理の指導をすべく時々やって来る彼女に。庶民向けの料理指導をしているのだ。
それだけでなく、王女はセリカちゃんとも面識しておきたいと言い出した。理由はさて置き、麗しい容貌に戻ったクロの体格への指導を素晴らしいと思ったからなんだって。
あと、異世界の食事も気になって、レシピを教わりに行ったりもするそうだ。
「セリカちゃんから、美味しいパフェの盛り付け方を教わったそうよ? 父さんも呼んで、皆で食べましょうね〜?」
「もう出来そうなのー?」
「はい! 今はビスケットを焼いていましたわ!」
「へ〜〜?」
もともと料理の心得はあったそうだから、料理のついては苦ではないらしい。
クロやガイウス殿下と同じ、婚約の誓約を結んだ僕らの婚礼も約半年後ではあるけれど。
王族として過ごす未来もあった彼女が生き生きとしているのだから。僕の選択は間違っていなかったようだ。誓約の紋章を摩り、ひとり思う。
クロの方も、今頃どうしているか。
新たに受け取った、正規のエーテル生成液で望んだ錬金術を成し遂げられているのか。
次に、ポーションの回収と食料の納品に行くのは、また明日だ。
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