クラスの美少女に僕の子供を妊娠したと言われたけど記憶にない
はな
第1話 君が月なら僕はスリッポン
帰りのホームルームが終わり、教室にはダラダラとまだ多くの生徒が残っている時間帯。
部活の準備をする人がいれば、友達と放課後の予定について話し合っている人もいる。
そんな輝かしい青春を送っている生徒たちの中に、異物混入のように紛れ込んでいる僕は、青春の無駄遣いとも言えるような、何ら代わり映えの無い平凡な日常を送っていた。
――少なくとも今日、この瞬間までは。
いつものように自分の席で帰りの支度をしていると、一人の女子生徒が僕のもとに近づいてくる。
その女子生徒の名前は文月早紀。
栗色の髪は歩く度にさらさらと揺れ、心なしか彼女からいい匂いが漂ってきているような気がする。……気がするだけじゃなくて絶対にいい匂いだよな。だってあれだけ可愛いんだもん。
ぱっちりとした瞳に透き通るような白い肌、特徴を上げれば上げるほどモテる要素しか出てこない彼女は実際にモテる、所謂クラスのマドンナ的な存在だった。
一方の僕は高校に入学して1ヶ月が経つというのに未だにクラスに馴染めず、一人で過ごすことの多い地味な男子。しょぼい。
冷静に考えよう。そんな彼女が僕に用なんてあるわけがない。きっと後ろの席の誰かさんにでも用があってきたのだ。
そう思って作業に戻ろうとしたところ、彼女は僕の目の前で足を止めた。
目が合う。
そして、沈黙。
「紡くん、私……あなたの赤ちゃんを妊娠したみたいなの」
氷河期到来。
教室内は一瞬で凍り付いた。
わざわざ僕の名前を先頭に付けて、みんなに聞こえるように彼女はそう言った。言いやがったのだ。
まず誤解のないように言っておこう。彼女とは同じクラスの同級生というだけで僕たちは恋人ではないし、友達でもない。手を握るどころか会話すらロクに交わしたことのないような仲だ。
それなのに、僕の子供を妊娠しただって?
大体、僕と彼女は住む世界が違うと言っても過言ではないほどで、その関係を例えるなら月とスッポン。いや、スッポンは意外にも高級食材だから僕には勿体ないな、スッポンならぬ格安のスリッポンが僕には妥当なところだろう。
とにかく一生関わることがないような月とスリッポン、そのスリッポンが月を妊娠させたなんて天地がひっくり返ったとしてもあり得ないこと。
だからそれほどまでに彼女から告げられた言葉は衝撃的すぎた。
ある生徒は持っていたペンを落とし、会話をしていた女子たちは口を開けたまま固まっている。中にはその場で嘔吐する男子生徒もいた。
クラスのみんなも驚いたかもしれないけど、それ以上に驚いたのは何といってもこの僕。
妊娠なんて言葉、僕には縁も所縁もない言葉だと思っていたのだから、そりゃあフリーズするくらいには驚いた。僕だって高校生だし、子供の作り方くらいは知っている。周りの人たちだってきっとそうだろう。
そういう行為をしていないのならすぐに否定すればいいのだけど、僕はそれをしなかった。いや、出来なかったのだ。
もちろん、早紀とそういう行為をしたという記憶があるわけではない。それなら問題ないじゃないかと思うかもしれないけど、逆にしていないという記憶も無かった。
つまり、どういうことかというと、僕は時々記憶が飛んでしまうという変な体質の持ち主なのである。
頻度はそれほど多くは無い。念のためにいっておくけど、お酒を飲んで酔っ払っていた、というわけでもない。
それが起こるのは突然、何の前触れもなく起こるもので、ふと意識が途絶えたかと思ったらいつの間にか見知らぬ場所に立っている、なんてことが毎回だ。
幸い危険な目に遭ったことはなかったが、友達との会話がかみ合わなくなったり、いつの間にか変なものを買っているなど不都合なことが多いのも事実だった。
だから、もしかしたら、天文学的確率で、無いと願いたいが……僕の記憶が飛んでいる最中にとんでもないことをやってしまったのかもしれない。
――それが僕の否定できない理由だった。
「あなたの赤ちゃんを妊娠したみたいです」
クラスのマドンナは二度刺す。
あまりの衝撃に固まっていると、有難いことに早紀はもう一度みんなの前で復唱してくれた。
客観的かつ、比喩的な表現をするならば、一国の王女が見知らぬ奴隷に妊娠させられたとみんなの前で告白するようなもので、次第にクラスの男子から怒りのオーラがピリピリと伝わってくる。女子はゴミを見るような目で僕を見てくる。……やめろ、僕をそんな目で見るな。
まさに四面楚歌。ここで言い訳をするのも印象が悪いし、かといって安易に認めるわけにもいかない。 だって、記憶にないんだもの。
内容が内容だから選択肢を間違えれば僕の悪評は瞬く間に広まることになるだろう。……もう手遅れかもしれないけど。
どうする、どうする、って迷っている僕の頭に閃いた言葉がこれ。
三十六計逃げるに如かず。
気が付けば早紀の手を取って教室の外へと走り出す僕がいた。
ゲームのコマンドで表すなら僕の取った行動は〝逃げ〟だ。
ただし敗走ではない、戦略的撤退だ。クラスのマドンナを引っ張りながら僕は逃げた。
駆け落ち、というにはあまりに一方的過ぎるし、どちらかと言えば誘拐に近いよなあ、なんて考えながら僕は走っていた。
「ヒュー、大胆!」
「青春だねぇ」
そんな僕の事情も知らずに下校中の生徒がからかってくる。くそ、見せ物じゃねえんだよ、見るな見るな。
とにかく僕は人の居ないような場所に移動したかった。そして話の詳細を聞きたかった。
「なんだかドラマみたい」
早紀は僕に手を引かれながら楽しそうにそんなことを言い出しているし、もうワケが分からない。
どこに行っても人は居るわけで、手を引きながら走っている僕たちは余計に目立つ。
人のいない場所――なんていっても何も思いつかないので、自分の家に早紀を連れ込むことにした。学校から徒歩15分。それが僕の家から学校までの距離なのだけれど、全力で走って来たから5分ほどで着いてしまった。最高記録。
さて、家と言ったけれど僕の住んでいる場所はアパートの一室で、一人暮らしをしているから中には誰もいない。大事な話をするにはうってつけの場所である。
女の子を自分の部屋に連れ込むなんて大胆な行為、普段の僕がすることは考えられないのだが、こうなってしまっては背に腹は代えられない。それ以上に今の僕は早紀の言葉が気になって仕方がなかったのだ。
「ここが紡くんのお家ですか」
早紀が僕の部屋の前で興味深そうに呟く。
勝手に連れ出してきちゃったわけだけど、抵抗する様子も無かったし、どちらかというと彼女はノリノリだ。
「外であんな話をするわけにもいかないからな、まずは中に入ってくれ」
鍵を開けて、早紀の手を引いたまま玄関に上がる。すると、
「私を部屋に連れ込んで、また新しい赤ちゃんを作るつもり?」
クスクスと笑いながらそんな馬鹿なことを言い出した。
「作らねーよ! 話をするんだよっ! そもそも妊娠していたら新しい子供とか出来ねえから!」
「前もそう言って私を襲ったんでしたね」
「襲わねーよ! つうか襲ってないよね!?」
心の底からツッコミを入れる。後半については記憶に無いので正直自信がない。
僕の記憶にある早紀はおしとやかでお上品なお嬢様というイメージだったのだが、こんなことを笑いながら言うのが早紀の本当の姿だったのだろうか。実際に話さないとその人の性格と言うのは分からないものだな。
なんて、少々の違和感と不安を抱きながらも早紀を家の中へと入れる。
五月十八日、夕暮れ時の出来事だった。
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