第17話 引越し 開業 合格

 札幌から帰ってから一週間後、今日は彩夏の十八歳の誕生日だ。


 だけど、彩夏には申し訳ないが、サプライズは何も用意していない。プレゼントはネット注文でブランドの財布を勝手に注文して、会社宛てに届けて貰った。今使っているのが赤い色の財布で、少しくたびれ気味だったので、無難に同じ色にした。そして夕方、予約していた地元で一番の高級レストランで二人きりで十八歳を祝った。


 彩夏は凄く喜んでくれたが、涙は無かった。


 その夜、彩夏はいつも以上に甘えてきた。何かあっても淫行にならない歳になったので少しは覚悟していたみたいだ。彩夏の覚悟は空振りになってしまった。


 俺は勤め始めてから、とにかく忙しかった。仕事の他に、建築業者との打ち合わせ、新居と事務所の渡り廊下は幅を広げて維持する事にした。七月には新居への引っ越し、その後事務所へのリフォーム工事が始まる


 引っ越しの準備で紗枝の持ち物を整理していると、沢山の品の中から大事そうに仕舞ってあった紗枝の宝物が出てきた。それは俺がプレゼントした物と、もう一つは俺の知らない人からの手紙だった。

 差出人の名は、二階堂忠史

 どっかで聞いた事の有るような名だった


 そして七月、新居での生活が始まった。


 新居は、将来の家族仕様にした。5LDKの他に、大きめのウオークインクロゼットと書斎、各階に物置部屋とトイレ、風呂は親子四人で入れる位かなり大きめでサウナ付きにした。俺の寝室には相変わらず、マットだけ新調したあのダブルベッドを置いた。WinCと書斎を挟んだ部屋は彩夏の部屋になる予定だが、彩夏には客間と言ってある。今まで通り二階で寝てもらった。本当は仏間と二階が客間になる。


 あれから彩夏は、キス魔になった。おはよう、行って来ます、ただいま、おやすみと日に四回だ。勿論挨拶代わりの軽いキスだ。それと夜は、自分の部屋で寝るのだが、朝ダブルベッドで目覚めると隣に彩夏が居る事が頻繁になった。最初に滑り込んで来た時より胸は発達した様だ。


 心地よくて、最近は拒絶しない。


 只、時々目覚め前に微かに聞こえる言葉が気になる。


『まだ待つの?』


 夏休みに史絵が、紗枝の初盆に合わせて、バイトシフトの間隙で帰省した。三人で墓参りに行った。墓の前でそれぞれ違う思いでお参りをしたと思う。史絵は彼氏が出来た事を報告したのかな? 俺はと言うと、色々の思いを報告とお詫びでかなり時間を掛けた。彩夏は、多分俺の事を取った詫びと承諾願いかな?


 家に帰ったら、相変わらず姉妹は五月蠅い。と言うか超仲良しだ。

 話の肴になっている俺は、蚊帳の外だ。


 その二週間後、史絵は又帰省した。今度は少しばかりの親戚に参列して貰って、紗枝の一周忌の法要とお礼の会食を寺で執り行った。彩夏には遠慮してもらった。


 彩夏は、参列したいと言ったが、


「ごめん、親戚だけでするから」と言い聞かせ、

「来年の三回忌は、彩夏も資格あるかも」と言うと


「わかりました」と、悲しい顔が急に笑顔に変身した。


 紗枝の一周忌が終わると、一つのけじめが付いた。俺の中の、世間体を気にするもう一人の俺の存在が消える準備をしているのが分かった。


 それでも俺は、仕事と開業の為の忙しさで、あっという間に雪の季節が来た。

 彩夏も、受験生の立場である。毎日猛勉強で、張り詰めた空気が漂い、言葉を掛けるのも気を使う。食事は俺が作る事が多くなった。それでも朝になると俺の横で寝ている毎日だった。


 もう俺の心は、彩夏にきちんと伝える準備はできていたが、今はそのタイミングではなかった。


 北海道の長い冬が終わり、彩夏は無事希望大学に合格した。


 正月に彩夏が引いた御神籤の学問の文言の『よろし 油断なくば吉』のせいで合格した訳ではなく、彩夏が頑張ったのは俺が一番知っている。


 ついでに恋愛運は『幸福に成る 積極的なら吉』だった。俺は彩夏のその文言を見て身震った。


 だけど、俺の仕事は決算月の忙しさ、それに加えて開業準備、超忙しく合格祝いは、翌月入学祝と合わせてする事を言って彩夏に謝った。その代わり、言葉と唇で何回も祝った。彩夏はその方が嬉しいと言ってくれた。


 そして、新年度になった。


 彩夏は大学生になった。


 俺は開業した。道路側の以前の家の玄関前には『株式会社北島税理事務所』の真新しい看板が掛けてあった。一緒に働いてくれる従業員は、前身の齋藤税理事務所にパートで勤務していて、資格を持っている木村さんにフルタイムでお願いした。子育てが終わって時間があると言う事で快く引き受けて貰った。それと、もう一人雑用職をして貰うパートのおばさんを雇った。


 彩夏の大学生活も、俺の事業も軌道に乗り始めた。それでも会社の代表とも成るとG/Wといえども雑用がある。それでも時間を作って久しぶりに彩夏とデートした。全国的に有名なった地元の動物園へ行った。快晴の空の下で人込みの中、手を繋ぎ、ゆっくりと回った。俺はなるべく若作りをして、彩夏は大人びた服を着て化粧をすると、似合いのカップルだ。アザラシ館のガラスに映ったカップルは、歳が14も離れている様には見えない。デートは凄く楽しかった。それは彩夏も同じだった。


 家に帰る為、駐車場で車に乗り込んだ時、朝はあんなに混んでいたのに、俺の車の周りに車が無かった。


 そして彩夏の方から俺の唇を求めてきた。俺はそれを受け止めた。それは、いつもの挨拶のそれとは違っていた。時間も随分長かった。御神籤の『積極的なら吉』を見逃してはいなかった様だ。


 帰路、俺は彩夏に言った。

「来月の彩夏の誕生日は絶対空けるから、期待していて」


 それを聞くと、顔が恵比寿さんになって

「うん、頑張れすぐる」と初めて名前で呼んでくれた。


「バレタかな」と、俺は思った。

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