引き出しの中の人形

加藤ともか

引き出しの中の人形①

 実家じっかに帰るのはいつ以来だろう。今年の正月、去年の盆。俺は就職しゅうしょく活動であわただしく、実家に帰るひまなど無かった。内定ないていが出て、大学の卒業も決まり、ようやく一息つける、というこの時期になり、俺は実家に帰ってきた。これからやる事は、実家に残した俺の持ち物の整理。もう親からは独立するのだから、実家に俺の物は何一つ置いておけない。東京に持って行く物と捨てる物に分けて整理し、実家には何も残さないようにしなければならない。

「ただいま」

 惰性だせいなのだろうか、この動作は。実家の玄関のドアを開く際、何も意識せず、実家に暮らしていた頃と同じように戸を開けた。母は、あの頃と何も変わらずに「おかえり」と言って出迎えた。出て行く者だと言うのに、暖かく迎えてくれて、心が安らぐ。許せ、母よ。俺は家業かぎょうを継ぐ事ができなかったよ。

「お帰り、涼平りょうへい。疲れたでしょ、ほら、休んで」

 母の言葉に甘え、俺は家のリビングルームへ行き、ダイニングの椅子に腰掛けた。母がお茶を持って来てくれる。俺が昔、絵画かいがコンクールで描いた絵が壁に飾ってある。飾る価値が一切見出せない、下手糞へたくそな絵。にも関わらず、こうして後生大事ごしょうだいじに飾ってあるのは、息子の作品を大事に思う親心なのだろうか。

「ありがとう、母さん」

 俺は母に感謝を述べた。

 さあ、これから持ち物を整理しよう、俺の部屋に、沢山残っている筈だ――


 持ち物の整理は、さながら遺品整理のようだ。

 たまにしか帰らない実家だもの、掃除そうじなど行き届かず、俺の部屋はほとんど大学に入る前、高校三年生の頃の状態から放置されており、部屋中ホコリまみれで、窓サッシには蜘蛛くもの巣が張っていて、非常に汚い。息を吸うだけで舞い散るホコリが肺の中に入り込み、せきが止まらなくなる。マスクくらいしておけば良かったな。

 そして残念な事に、部屋の中に使えそうな物は殆ど残っていない事が分かった。精々、電源タップくらいか? 高校時代の参考書は勿論のこと、小学生時代の通信教材など、随分ずいぶんと古い、捨てるのを先送りにし続けてきたゴミがワラワラと。何故いらなくなった時点で捨てなかったのだと、後悔こうかいの念で一杯になる。俺はそれらを、何の躊躇ちゅうちょも無くゴミ箱へと追いやっていく。

 さあ、次はここにあるゴミを始末だ、そう思って机の引き出しを開けた。すると――思わぬものが見付かった。人形だ。小学校時代、友達と共通の話題を作る為だけに観ていたアニメの、しかも安物の人形。この前中古店で、同じ形の美品が百円で投げ売りされていたが、それ程価値が無い。俺の使い方が雑だったのか、破けた箇所さえあり、中の綿が露呈ろていしている。美品ですら価値が無いのだから、いわんや状態の悪いこれは、という事だ。価値も無いし、状態も最悪な人形だ。だが――俺はこの人形を見て、思わず泣きそうになった。

凛奈りんな……」

 思わず声に出した。例え価値が無かろうと、この人形は、俺にとって何よりも大事な物なのだから。あの頃の事が、走馬灯そうまとうのようによみがってくる……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る