異世界転生したら聖剣になっていた件

愉愚怒羅死留 (ユグドラシル)

第1話

ここはどこだ?

どうして動けない?

俺は何故こんな事になっている?


何も見えない真っ暗な場所に閉じ込められて金縛りにでもあったかのように動けない謎の状況。人の気配も無くポタポタと水滴が落ちる音だけが聞こえてくる。恐らくここは洞窟かなにかなのだろう。


(いったい誰がなんの為に...)


俺は悪いことはしてない。ニートで自堕落な生活は送っていたが、社会の電子化についていけてない老人を助けたり、道のわからない外国人を助けたりもする、ネットにも酷い事を書き込まない良いニートでいた筈だ。


いや、そもそも誰かのせいでこの状況に陥ってるのかすら謎だ。もしかしたら夢遊病でも発症して勝手に川に落ちてどこかに流された結果、ピクリとも動けない瀕死の状況に陥り痛みは脳内麻薬とかで感じてないだけ...ってのは流石に考えすぎか。


(ニートが消えたって誰も気付かないよな~こりゃ捜索もされず死ぬのは時間の問題...)


既に死んでいる可能性もある。この真っ暗な世界が死後の魂が行き着く場所で肉体が無いから動けないだけとか。


(神か閻魔様ちゃんと仕事しろよ...毎日来るさ迷える魂達に嫌気が差したってか?)


俺は一生このままなのだろうか?いずれ心がぶっ壊れて自我を失う未来...そいえば前世の記憶を持ってる奴が居ないのって、こうして自我を失うまで放置してから輪廻転生させる悪趣味な神のせいなのかもな...悪魔だな。


仕方ないので、俺は考えるのをやめた。


*


どれ程の時間が過ぎただろう...なんかぼーっとしてたら寝れたので全く分からないが俺はどこからか聞こえる足音によって目覚めた。


(誰だろ...人間か?神か?まぁ、どっちでも良いが、やるなら一思いに殺してほしいな)


そんな風に思いながらこちらに迫る足音の主を待っていると光が差した。両開きの大きな扉の隙間から差す松明だろう揺れる明かりによって周囲の状況が分かってきた。


(まぁ、思った通りの洞窟。それと...)


足元を見下ろす。と、人間なら言うだろう、今の俺には刀身を見下ろすという行為を行う事により、俺の現状が理解できた。


俺、剣になっとるやんけ...。


(えっ!?どゆこと?俺、剣に転生でもしたって訳なの?マジか...)


そりゃまぁ、動けない訳だ。しかし受け入れなければならない。それよりも目の前のーーこんな洞窟から連れ出してもらえるかもしれない誰かにアピールしなければ。


ゴゴゴゴゴ!!っと、壊れそうな音を立てて扉が押し開かれる。そして入ってくる者達。


(お~い!!誰か!!持ってってくれ!!)


全力で動こうとすると身体...刀身がカタカタと音を立てて揺れだす。これが現状、俺が行える最大のアピールだった。


*


ー入ってきた奴ら視点 数分前ー


私は勇者ゼシカ。魔王を倒す為、最強の聖剣が眠るとされるこの迷宮に訪れ、各階の守護者を打ち倒してとうとう聖剣が眠る最奥の門へとやってきた。


「本当に最強の聖剣があるんでしょうね?」


「無論。王国、最高の予言者エドガーテ様が占った結果です。間違いありません」


そんな予言者なんたらのせいで迷宮に潜らされるこっちの身になってほしいと私は思う。


そもそもなんで自分達で取りに行かないのかが分からない。聖剣は別にしても守護者は私しか倒せない訳ではないのだから。ちゃんとあるかどうか確認してから呼んで欲しい所である。


「無かったらもう言うこと聞かないからっ」


そう悪態をつきながらも最強の聖剣とやらに若干期待もして扉を開く。


すると松明の明かりで照らされた部屋の奥、岩に突き刺さってる聖剣がそこにあった。


「おお!!なんと素晴らしい。聖剣が勇者様に反応して呼応している。流石は勇者様」


カタカタと聖剣が反応している。物語で伝え聞く伝承の通りだ。勇者が聖剣を岩から引き抜くという行為、物語と同じ行為に私は皆に悟られないよう心の中で興奮しながら聖剣の元へと向かう。


「さっ、さっさと引き抜いて帰るぞ」


聖剣の前に立つ。勇者としての力量を聖剣に見定められる瞬間だ。考えればこれは最強の聖剣との事だ。私でもちゃんと引き抜くことが出来るだろうか?心配になってきた...。


(大丈夫。きっと認めてもらえる筈)


意を決し、私は聖剣の柄を握るーー。


『あっ、触られるとなんか気持ちい...』


なんだ今の声は?そう思い皆の方に振り替えるが、聞こえたようなふざけた事を言いそうな者は居ない。それどこらか全員が真剣な眼差しで私を見守っている。


(聞こえていなかった、のか?)


まさか自分の心の声とでも言うのか?いや、もしかしたら聖剣に何か試されているのかもしれない。これは試練だ。気を強く持ち集中しなくては...。


私は聖剣の柄を握り直した。


『やば、なにこれ...そこ触っちゃ駄目だっ』


まただ。妙な試練だが、邪念を払拭し、無を維持できるか試されているのだろう。


『それ駄目だって...にぎにぎしちゃ、やっ』


(無だ。無になれ、私...集中するんだ)


その時、目を瞑ってた彼女には分からなかったが、彼女を見守っている者達は聖剣の刀身が神聖なオーラを放ち、黄金に輝きだす光景を目撃した。


それは神秘的な光景。後世に伝説として語り継がれるだろう瞬間を目撃し、勇者は聖剣に認められたのだと周囲の空気が緊張から感動に変わった時、その変化を感じた勇者はゆっくりと瞳を開く。


(成功した。認めてもらえたか...)


勇者は聖剣を抜き放ち、高々と天に掲げる。


『駄目ぇ!!そんな強く握っちゃ!!なんか出ちゃうっ!!!』


「えっ、なっ...凄い...」


放たれる神聖な波動。そこに居た勇者や司祭達はそれが並みの魔物なら軽く触れただけで消滅するほど強力な力だと瞬時に理解する。


(これが最強の聖剣に宿る力か...)


見れば小さなかすり傷だからと放置していた傷も治っている。強力な範囲全滅能力と治癒を兼ね備えた凄い能力だ。


「...では、戻ろう。王都へ!」


新たな武器を手に勇者は帰る。その時、聖剣に宿る者が気絶していると知る者は誰も居なかった...。

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