楽園を追う少女

西芹ミツハ

楽園を追う少女

 とある森の中に、夫と妻とその子供がひっそりと肩を寄せ合い暮らしていました。

裕福では有りませんが、食べ物には困らず、とても幸せでした。


 夫は、毎日畑を耕し森の恵みをほんの少し戴いてきて妻と子供を愛しました。

 妻は、毎日糸を紡ぎ服を作り、美味しい食事を作り、信仰深く祈りを捧げていました。

 子供は可愛らしい女の子で、毎日森に出かけて動物の友達と遊び笑って暮らしていました。


 夜になると、毎日のように女の子は大きな目をくりくりと動かして、妻にいつものおとぎ話をせがみました。お姫様と王子様が果てに向かった、幸せと喜びしかない楽園のおとぎ話を。


「お母様、話してちょうだい。いつものおとぎ話を」


「いいわ、お話しましょう」


 妻は、優しく微笑み語り始めました。2人が辿る楽園のお話を。


 ――昔々、あるところに、小さな国がありました。その国では、国の外へ出ることはいけない掟があり、小さな国の中で人々は静かに暮らしておりました。


 そんなある日、お姫様が不治の病に掛かってしまいました。それは国の中だから治せない病でした。町の外にある、森に自生する薬草であればその病を治せることを、お医者様がそっと王様に告げました。王様は途方に暮れました。王様は、みんなのお手本にならなければなりません。王様自らが掟を破るわけには、いきませんでした。ですが、それではお姫様が助からないのです。


 それを聞きつけた、お姫様を愛する貴族の青年は、お姫様を想うあまり、規則を破り国の外へ出て、薬草を探しに行きました。


 貴族のお陰でお姫様は不治の病から救われました。けれど、どんな理由であれ掟を破ったのは罪とされて、王様は貴族を罰しなければならなくなってしまいました。


 一息つくと、女の子は驚いたように口元に手をやりました。お姫様と貴族が哀れだと思ったからです。


「ねえ、お母様。どうして国の外へ出てはいけなかったの?」


 人の作ったものを、悲しげに妻は言います。


「国の外には、お金があったからよ。その国はお金はなくて、王様や貴族の人から平等に必要な物を渡されていたから、みんな平等だったの。お金があると、人は目が眩んでしまうから、王様は決して許さなかったの。だから、王様も貴族の人も、ほかの人たちとほとんど変わらない生活をしていたわ」


 ある時の事を思い出しながら、妻は微笑みました。話の続きを言おうとすると、女の子は楽しそうな笑みを浮かべて言います。


「お母様、お母様。その後に、お姫様と貴族は一緒に楽園へ行くのでしょう? 楽園とは美しい花が咲いて、小鳥が美しい歌を歌う素敵なところなんでしょう?

 行ってみたいわ、わたし。お母様とお父様とわたしと三人で、楽園に行ってみたいわ。きっと楽しいんでしょうね。きっと幸せになれるんでしょうね」


「まあ、お前は今が幸せではないと言うの?」


「いいえ、違うわ。もっと楽しく、もっと幸せに暮らせると思ったの。今でも幸せよ」


 頬を薔薇色に染め、女の子は言いました。更なる幸福を求め、更なる楽しさを求めたその顔に妻はとても困りました。

 この幸福だけで充分ということを、女の子が分かっていなかったからです。ですが、心優しいこの女性は愛しい娘の思いを深くこう考えました。


いいえ、この子は今も幸せではないのかもしれない……。


 家族で居るからこそ、妻自身は幸せだと、そう言えたとしてでも、決して裕福ではないのだから。妻は優しく女の子の頭を撫でながら言います。


「楽園は、もう無くなってしまったとも聞いたわ」


 すると、女の子はぷうと頬を膨らませます。


「無くなってなんかいないわ。きっとある! 私、お父様とお母様と一緒に楽園に絶対に行くわ」


 妻は困ったように微笑みながら、また女の子の頭を撫でました。楽園には人は最期にしか行けないのよ。とは言えなかったのです。


「……今日はもう遅いわ。寝ましょうね」


 女の子をベッドに寝かしつけ、ぽんぽんと優しく布団を叩いて妻は灯を消しました。


 それから、5年が経ちました。小さかった女の子も大きくなり、夫婦は年を取りました。

 ですが、その場所しか知らない、世界のことは何も分からない女の子は今でも尚、楽園への興味は途絶えず、存在しているのだと信じていました。


 そしてある日、人の命とは悲しくも儚いことか夫婦は病に伏せ、2人とも亡くなってしまったのです。

 女の子は大切な家族を失い、悲しみに打ちひしがれ、何日も何日も泣き続けました。

 その涙で、夫が育てる為に植えた一つの種が芽吹き、成長し、一輪の花が咲くほど泣き続けました。


「ああ、お母様、お父様。私一人を置いて亡くなられるなんて!」


 絶えることなく流される涙を浴びて成長した花は、とても美しく、ふと女の子は楽園のお話を思い出しました。

 お話に出てくる、楽園に咲き乱れる美しい花。この一輪の花も、そうなのだろうかと思いながら、女の子はハンカチで涙をぬぐい立ち上がりました。


「ああ、そうだわ。楽園を探せば良いのだわ。楽園になら何も苦しい事も無いでしょう。もしかしたら、神様がお慈悲を下さってお父様やお母様もそこにいらっしゃるかもしれない……。

 こんな思いをするのはもう嫌だ。おお、神様。どうか楽園へ私をお通しくださいませ」


 そう呟きながら、手が入れられなくなり荒れ始めた庭を抜け、畑を抜け、森の中へ、何かに手繰り寄せられるかのように女の子は歩き始めました。その先に何があるのか、女の子は知りません。なにせ、家と畑とほんの一部の森しか知らず、奥には行ったことが無いのですから。


 ふらふらと何も持たず歩く女の子に、森の動物達は驚きながら見送りました。きっと何なにかに連れてゆかれているんだと思ったからです。

 森の奥へずっと行くと、小さな古びた小屋がありました。


「違う、違うわ。楽園はもっと素敵な所。もっと素敵な建物が建っているはず。こんな所にはいられない」


 今の女の子には楽園以外に何の興味もありませんでした。ちらと視界に入れただけで、すぐにまた歩き始めました。

 もちろん、ここは楽園などではなかったのですが、ただの古びた小屋でもありませんでした。


「お嬢さん、お嬢さん。そこを行くお嬢さん。どうか、どうかこの老いぼれを助けてください。年を取りすぎてもう体が動かないのです。だけれども、水と食べ物が欲しくて欲しくて仕方がありません。どうか、すぐそばの湖から水をこの壷で汲んできて、そこに植わる果物を取ってはくれませんか?」


 古びた小屋の扉の前に、薄汚れた服を着て、枯れ木のように痩せ細り、不健康そうな顔の老人が女の子に哀願してきました。


 最初は無視をしてしまおうかと思った女の子ですが、その様子があんまりにも可哀想に思えたのと、「困った人がいたら助けなさい」と言うお母様とお父様の教えを思い出し、重たい壷を持って水を汲み、果物をもぎ取りました。


「さあ、どうぞお爺さん。これでいかが? ゆっくりお食べになって」


 老人は女の子の言葉に反し、がつがつと果物を食べ、がぶがぶと水を飲み干しました。女の子は驚きながら老人を見つめます。ふう、と老人は息を吐くと、またも哀願し始めました。


「嗚呼、もっと欲しい。もっと欲しい。お嬢さん、どうか哀れと思うならば、もう一度持ってきてはくれませんか?」


「まあ、もっと? 良いでしょう、お待ちになって」


 女の子はもう一度、壷を持って水を汲み、果物をもぎ取ります。そして老人に与えると、またもや食べて飲み干してしまいました。老人は、よほど空腹だったのか、更にそれを願い、願う度に女の子は同じ事を繰り返し与えてやりました。


 何度繰り返したのか分からなくなるくらいに、老人はやっと望むのをやめました。

老人はゆっくりと立ち上がると、女の子に御礼を言います。


「ありがとう、優しいお嬢さん。こんな私に何度も持ってきてくれて」


 くたくたに疲れていた女の子は、小さく笑って座りこみました。それくらいに壷は重く、水を入れるとより大変だったのです。


「いいえ、おじいさんこそ大丈夫? もうお腹は満たされた?」


「ええ、ええ。充分ですとも。お嬢さん、お礼に何か私に出来る事はありませんか?」


 老人の申し出に、女の子は少し考えました。楽園を知らないかしら? と女の子は思ったので、老人をじっと見つめて尋ねます。


「おじいさん。おじいさんは楽園がどこにあるか知っていますか?」


 女の子の言葉に老人は仰天し、座り込んでしまいました。まるで心臓が飛び出してしまわないようにと、胸を押さえて動きません。知っているといい、と女の子は願いを託してずっと待ちました。

 少ししてから、老人は落ち着きを取り戻し、静かに、厳かに女の子に言います。


「楽園にどんな用があるのかね?」


「私は楽園に行きたいの。楽園に行って幸せになりたいの」


 そう女の子が言うと、また老人は仰天しました。女の子は、ただ不思議そうに老人を見つめるだけでした。しかし、今度は老人が泣き出します。女の子はほとほと困ってしまいました。


「ああ、おじいさん。どうして泣いてしまうの? 私は何か悪い事をしましたか? 私はただ、楽園に行きたいだけなのです。この不幸の身を幸福の身に変えたいのです」


 すると、更に老人は泣き叫びました。女の子を哀れむように見つめながら、言います。


「おお、おお。可哀想なお嬢さん。私は今、優しいお嬢さんに食べ物と水を与えてもらってこんなにも幸せなのに。お嬢さんは幸せではないと言う。なんて可哀想なお嬢さんなのだろう。あなたのような優しいお嬢さんにいったい何があったのです?」


 女の子は戸惑いながらも、老人が泣き止んでくれるかもしれないと思い、今までのことを全て話しました。老人はその言葉一つ一つに、じっくりと耳を傾け聞いています。


「哀れで優しいお嬢さん。あなたは自分が幸せであることに気づいておられない。今はご両親が亡くなって、とてもとても悲しい事でしょう。だけれども、この老いぼれは今、幸せなのです。その幸せに気づいておられない」


「まあ、どうしてそう言えるの?」


「食べて飲んで、生きていられる幸せを味わえたからです。お嬢さんにとって、この老いぼれの幸せは砂漠の砂ほど小さなものでしょう。ですが、それくらいに幸せとは、大きいものもあるでしょうが、小さくも素晴らしい事なのです」


 何を言っているのかさっぱり分からない女の子は、首を傾げて老人の話を聞くだけでした。

 食べることが、飲むことが幸せとはなんなのだろう? と思ったからです。幸せというのは、もっと大きくて美しくて、素晴らしいものではないのかと思ったからです。


「ごめんなさい、おじいさん。私にはわかりません。ただ、それでも楽園に行きたいのです」


 女の子の決心が揺るがない事を悟った老人は、小さくため息をついて森の奥を指差しました。


「それでも尚、楽園を目指すというならば、どうぞ森の奥へ行ってごらんなさい。さようなら、お嬢さん。あなたに幸せが訪れますよう」


 老人は悲しげに手を振り、女の子は別れました。またなにかに導かれるように女の子は森の奥へ進んで行きます。

 女の子が気が遠くなるほど歩き続けて、くたくたになり始めた時に、大きな館が見えました。

 また、楽園への行き方を教えてもらえるかもしれないと思いながら女の子は館に近づきます。

 こんこん、と扉を打つと若い夫人が子供を抱いて現れました。


「まあ、どちらさま?」


 女の子は畏まって頭を下げます。


「こんにちは、奥様。私は楽園に行きたいのです。もし、奥様が楽園への行き方をお知りでしたら教えて下さいませんか?」


 そう女の子が言うと、夫人は女の子を見つめます。そして、夫人は毅然とした態度でこう言い放ちました。


「楽園の行き方が知りたいのならば、今日一日私の召使として、うんと働きなさい。それでも知りたいのであれば、教えて差し上げましょう」


 女の子が嬉々としてその申し出に応じました。夫人が命ずることは、洗濯でも料理でも子供の世話でも、全て一生懸命にやったのです。この館にほかの召使もいましたが、みんながもう充分じゃないかと思うくらいにやっても、夫人は命令し女の子はそれを行いました。


「さあ、そこのお掃除をなさいな。嗚呼、それとそちらの食器はそちらにやりなさい」


「はい、わかりました」


 命令はいつまでも続き、やがて夜になり、そして明けました。

 夫人は全てを終わらせた女の子ににっこりと微笑みかけます。女の子も釣られてにこりと笑いました。

 美味しい食事を夫人は出してあげ、女の子はそれを戴きました。


「音を上げずによくやりましたね。あなたは本当に楽園に行きたいのね」


 女の子はやっと聞けると思い、喜びに浸りながら頷きました。夫人は、ほうとため息を吐くと一つ二つと聞きます。


「あなたは今、幸せと感じなかった?」


「え?」


 女の子は不思議そうに夫人を見上げました。美味しい食事を口に運びながら、2人は黙りこくってしまいます。


「あなたは今、美味しそうにご飯を食べているわ。あなたはさっき、自分がきれいに掃除をした部屋を見て、とても満足そうであったわ。あなたはさっき、私の子供と楽しそうに遊んでいたわ。幸せではなかったの?」


 夫人はもう一度言いました。思い返してみると、今はとても満たされています。掃除をしたときは、あまりにきれいに掃除ができたものですから、ほかの召使がほめてくれて、それがとても誇らしかったのです。先ほど子供と遊んだときもとても楽しかったと女の子は思いました。

 さっきの老人も、食べる幸せを言っていましたので、女の子はこれが幸せなんだろうかと思います。それでも、女の子の思い描く幸せとは違いました。


「ごめんなさい、奥様。私には今が幸せなのか分かりません。もう少しだけ考えさせてください」


 夫人はとても悲しそうな顔をしました。利口なこの女の子なら分かるだろうと思っていたのです。


「そう……。あなたが、いずれわかってくれると良いわ」


「いつか、わかるようになりたいです」


 女の子は微笑みながらそう言いました。そして、夫人は約束どおり楽園への道のりを教えてあげました。

 夫人と別れると、また更に森の奥深くへと女の子は歩き出します。夢見た楽園へ行く為に、ただひたすら歩き続けます。


 どんどん奥へ行けば行くほど、木々が増え、歩くのが大変になってきました。足がぼろぼろになって、爪がはがれ血が流れても女の子は歩き続けます。楽園に行ければ楽になれるのだと幸せになれるのだと信じて。それでも、楽園は一向に姿を現してはくれません。せっかく奥様が教えてくださった道なのに、迷ってしまったのかと、女の子は不安になりました。

 そこに、一人の老女が現れました。


「あなたはだあれ?」


 女の子がそう尋ねると、老女はにんまりと笑います。


「私は魔女。ここらの事なら、なーんでも知っている。お前がさっきまで金持ちの館で働いていたこともね。そんなお前は、私に聞きたいことがあるのかい?」


 なんでも知っている。なら、きっとこの人なら知っているだろう。女の子は目を輝かせて魔女に頭を下げて聞きました。


「魔女のおばあさん。どうか私に道のりを教えて下さい。楽園への行き方を、どうか教えて下さい」


 魔女は樫の木で作られた杖でこつこつと地面を突付きながら、女の子の顔を見つめています。

 そんな様子が怖くなって女の子が後ろへ下がると魔女はからからと笑いました。


「お前は幸せを知っているだろう? 楽園へ行って何をするのだね?」


 魔女のその言葉に大きく女の子は首を横に振りました。不思議そうに魔女は見返してきます。

 そんな魔女を見ていると、女の子はこの旅の始まりと苦難の思い出が、いっきに頭の中で洪水のように溢れかえってきました。そしてそれは、女の子の心を強くゆすり、叫びに変えました。


「いいえ、私は幸せなんて知りません! 大事な家族を失い、今にも死んでしまいたいくらいに悲しいのです。不幸せなのです。苦しいのです。辛いのです!」


 女の子の訴えを魔女は笑い飛ばしました。


「この魔女である私に向かって嘘を吐くんじゃない。お前は確かに今、失意の沼につかっているだろう。ただ、お前はそれを底なし沼だと思っている。お前は私に会うまで、幸せを感じていたのだろう?」


 女の子は、あまりに辛い状況を思い返して、よりいっそう、魔女の言葉を否定したくなりました。


「いいえ、いいえ! 違います、不幸でした! ひどいことばっかりだったわ!」


 その言葉に魔女は、女の子をぎろりと睨みつけました。


「嘘を吐くなと言ったろう! この愚か者が! 幸せの形なんぞは、小さかろうが大きかろうが幸せなんだ。お前は私に会うまで一度でも幸せだと思ったはず。食う幸せ、慈しむ幸せ、働く幸せをお前は味わったはずだ。

 楽園で働きたいとならば教えてやらぬこともないが、お前は明らかに自らの幸せだけを望んでいる。

 そんな者に楽園の道など開かれるものか!」


 魔女の叱る言葉に女の子は泣きながら行き先も考えず走り出しました。自分が幸せではないと思っていたのに、幸せだと言われたからです。先だって出会った人びとの言葉も振り返るように、女の子の中を駆け巡ります。


 あの満足感が幸せだと言うの? 私は不幸ではないの? 苦痛ではないの? 幸せとはなに? 楽園に行かなくても幸せになれるの?


 そう、女の子は幸せを知らなかったのでした。そして、夜が明けて朝が必ず来るように、雨が降れば必ず晴れが来るように。今は悲しみにくれるときで、いつかは喜びが待っているのを知らなかったのです。


 何日も何日も走り続け、いまだ森の中にいましたが、やがて女の子は古びた祠にたどり着きました。走りすぎて足が棒のようになり、女の子はふらふらとその祠に入り、くずおれました。


 泣きすぎて赤く腫れたその目には、涙は枯れて、もう浮かんできません。


「あなたは幸せの意味が、わかりましたか?」


 祠に入ると、誰もいませんでした。けれど、どこからか厳かな声が女の子に語り掛けました。そして、女の子は今までの事を思い出し、あの楽しく優しく誇らしく嬉しいことが、それはどのような形でもないことが幸せだと悟りました。


「はい、わかりました」


「それでも尚、貴女は楽園にゆきたいのですか?」


 その声に女の子は俯きながら首を横に振りました。


「……いいえ。私には楽園が要りません。ただ、ただ、この寂しさを埋めたいだけでした」


 答えが見つかりました。楽園を目指したのも、愛する両親が居なくなった悲しみを、寂しさを埋めたかったからなのだと女の子は思いました。


「ならば、今日はここでおやすみなさい」


 厳かな声はそれから聞こえなくなり、女の子はぱたりと横になってしまいました。疲れ果てたその体を癒し、またこれも幸せなんだろうと女の子は実感しました。


 その翌朝、この森へ薬屋を営む青年がやってきました。薬草をたんと採取できたので、この古びた祠で休もうと中に入りました。すると、冷たい石の床にぐっすりと眠っている女の子がいるのです。青年は死んでいるのかと、驚いて女の子に近づきます。

 すると、ただただ幸せそうに眠っていることがわかりました。安心して青年はよくよく女の子を見て、その愛らしさに女の子を好きになりました。

 ぐっすりと体を休めた女の子は目を覚まし、青年を見つめました。


「あなたは誰ですか?」


 女の子が問うと、青年は微笑みました。


「ぼくはこの近くにある町の薬屋です。君は何故ここで眠っていたの?」


 女の子は、青年の質問に答えました。


「私は、楽園を目指してここまで来ました」


「楽園を? それは本当ですか?」


 青年の国では、楽園とは罪を犯さず生きていた人が死後に行く場所だと教えられていたので、たいそう驚きました。こんな可愛らしい少女が死を望んでいたのだと勘違いをしたからです。


「ええ。私は楽園を目指していました。でも、もういいのです。楽園に行ったところで、なんら変わりはありませんもの」


 青年は、ほっとため息を吐き喜びました。この女の子が死なないのだと嬉しくなったからです。


「嗚呼、良かった。そんな遠いところへ行かれる前に、君に会えて。君はこれからどうするのですか?」


 女の子はうつむきました。もうここが何処なのか分からないからです。


「どうしたらいいか、わかりません。きっと、家からはあまりにも遠く離れすぎました。もう、帰ることすら可能なのか分かりません」


 青年は、可哀相なことだと思いました。そして、女の子の傷ついた体を見て、傷を治し、どこか伝手を頼って奉公先でも紹介してあげなければと思いました。それほど、青年は心優しいひとだったのです。


「もし、よければ、一度ぼくの家に来ませんか? 薬しかない家だけど、君はとても傷ついているし、まずはその傷を治して、それからどこかいい働き先を探すのを手伝うよ」


 女の子は驚きながらも、この人は良い人だ。と思い、その申し出を呑み、青年の家にお邪魔することにしました。

 それから、しばらくして、女の子は傷を癒し、美しい女性へと成長し、青年に恋をして2人は夫婦となりました。


 その後、夫と出会った森の奥の、魔女と夫人と子供と老人へお礼に赴きましたが、どれほど探しても彼らを見つけることができませんでした。

 自分に幸せだと気づかせてくれた方たちへ感謝をしたかったので、とても残念に女性は思いました。


 今は青年と、かわいい子供をもうけ、仲睦まじく幸せに暮らしているそうです……。

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