3. 二つの都市

 雨が止まるなく降り続けていて、何度も地面に打ち付けられていた。黒いアスファルトの上に並ぶ街灯のいくつかは役割を果たしておらず、ボンヤリと所々を照らしていた。


 ひび割れているアスファルトの道路の上をネズミが二匹、ひびを避けながら横断して走っている。


 道路の側にある駐車場には車は一台も無くて、立てられているフェンスは地面届くくらいに曲がっていて、今にも倒れそうだった。


 道路の真ん中で雨に打たれながら光司は立っていて、その光景を目にしていた。


「何で外にいるんだ俺......どこだよここ」


 光司は自分の部屋に居た、停電で暗い部屋の中に確かに居た、と考え始める。だが目の前には見たこともない景色が広がっている。


 裸足の足が濡れたアスファルトの道路の温度と、止むことを知らない雨が光司の肌に触れて、それを直に感じて体が震える。


 光司は訳も分からず、とにかく歩き始めた。今が何時かも分からないままとにかく歩いた。歩いて行くうちに道路に立つ標識と、いかにも乗り捨てられた車を見つける。


 だがそれらは、どれも全部見たこともないものだった。


「俺は部屋に居た、部屋に居たぞ。何で外にいるんだ?雨が降ってるって分かってるのに。しかも靴も履かないで」


 光司は歩きながら繰り返すように呟いた。


 俺はゲームをしようとしたんだ。ゲーム機が動いていたから確かめようとしたんだ。


 その時、光司はハッとする。


「そうだ!スマホ!」


 光司は自分のスウェットのポケットからスマートフォンを取り出す。電源を入れてみると、時刻は十九時だった。だが光司の目には違うものが映っていた。


「......圏外」


 これじゃあ電話も地図アプリも使えない。唯一の希望が閉ざされたように感じた。


 容赦なく打ち付けてくる雨に、スマートフォンが耐えきれなかったのか、やがてフッと電源が落ちる。あ!と光司が思わず声を漏らす。


 ため息をついて、再び歩き出す光司。裸足の足が、雨でできた水溜りに入って鈍い音を鳴らす。


 降り続ける雨と裸足から伝わってくる冷たさが光司の体を締めつける。寒さを通り越して、痛みが光司に襲いかかる。


 しばらく歩いて行くと、道路の上から長い橋が架かっているのが視界に入ってくる。光司は橋に気付くと、無我夢中で走り出した。ここがどこか分かるはず、橋から周りを見れば!ただそれだけを考えて裸足の足で走った。


 その時だけは足に感覚はなかった。ひびが入っている雨に濡れた道路の上を走っていたが、その時だけは何も感じなかった。


 息を切らして光司は橋に辿り着き、橋から周りを見回りした。橋の向こう側は夜空を照らすぐらいに、眩い光を放つビルが立ち並んでいて、大きな都市があった。だが光司は不安に感じた。


「......何だあれ......見たことないぞ」


 光司は直感で思った。ここは日本じゃないと。ふと大きな都市から橋の道路の先へ視線を向ける。そこには反対側が見えないくらいに、高いバリケードのようなものが建っていた。何で道路が塞がってるんだ?光司は不思議に思った。


 光司がバリケードを見つめて考えている時、光司の背後から光が照らされてくる。光によってできた光司の影は、だんだんと大きさを増していく。大きくなる影とともに、音が聞こえてくる。


 光司はこの音を知っていた。この音は、車の音だ。光司が勢いよく振り返ると、車は猛スピードでこっちに向かって走っていた。距離はかなり近い。その上に止まる気配が無い。


 危険を感じ取った光司は、車を避けて道路の上に転がりながら倒れる。固いアスファルトの上で勢いよく転がったせいで、比べものにならないくらいに痛みが走る。


 倒れた光司の少し前に車が止まる。ライトを付けたままで、車のドアが勢いよく開いて、誰かが降りてきた。降りてきたのは軍服に軍帽。オマケに手には肉眼で捉えることが出来るくらいの大きな銃を持っていた。


 銃に気付いた光司は、声にならない声を漏らして、必死に後ずさる。軍服の男はゆっくりと銃を光司に向けて構えながら近づいて来る。


 近づいて来る軍服の男を見て、光司の心臓が速く打つ。思考が止まって、息が出来ないくらいの苦しさが光司を襲う。


 軍服の男は、ジリジリと光司に近づいて来る。男の姿が大きくなって、銃口を目で捉えると光司は思わず目を瞑り、両手を前に出して叫んだ。


「ま、待ってくれ!!」


 光司の耳は雨の音が響いていた。だが一向に発砲の音が聞こえてこない。光司は恐る恐る瞼を開いて、軍服の男を見る。


 すると、軍服の男は銃を下げて光司のすぐ側まで来ていた。


「お前、ここで何をしている?」

「......え?何をって......」


 光司は言葉が出てこなかった。いきなり銃を向けられて、死ぬと思っていたのに次はいきなりここで何をしているのか尋ねられた。だが光司にもそれは分からなかった。気付いた時には知らない所に居たので、説明することができない。


 だが、返事を待たずに男は続ける。


「こっち側の人間か?」


 こっち側?光司は言葉の意味が理解できなかった。軍服の男は、光司の裸足の足元から順に顔に向かって視線を移して、一息置いて言う。


「まあ格好からして、こっち側の人間だろうな。まさかまだ居るとは思わなかったが」

「......どういうー」


 光司の言葉を切るように、軍服の男は持っていた大きな銃をアスファルトの上で滑らせては、光司の目の前で止まる。


「くれてやる。せいぜい生き延びるんだな。......手遅れかもしれんが」


 そう言いながら軍服の男は車に戻って、再びエンジンをかけて車を走らせる。車はバリケードの前で止まり、バリケードはゆっくりと重々しい音を立てて、開いていく。開いたバリケードの所へ車は走り始めて、エンジン音とともに、その姿は小さくなっていった。バリケードはやがて再びゆっくりと閉じていった。


 車を見送って、光司はバリケードとは反対側に顔を向ける。


 反対側に広がっていたのは、僅かな明かりだけが灯っている都市だった。だがその都市には活気は感じられない。聞こえてくるのは雨だけだった。

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