誠剣士武勇伝~現代から連れ戻された悪役令嬢は渋々救世主になる~

はるとき

第1話

Prologue



 ――今日までの私の人生は、罰ゲームのようなものだ。

 

 イヴァンジェリン・エインズワースは、そう考えながら断頭台への階段を上がっていた。

 社交界で『妖精の羽根の如き美しさ』と称された桃色がかった銀髪は短く切り落とされ、化粧を施さなくても人目を引く美しい顔は少し薄汚れたまま、簡素な白衣姿で彼女は民衆の前に躍り出る。

 壇上から見た民衆の多くは彼女を怨恨の眼差しで睨みつけ、イヴァンジェリンの赤いブーゲンビリアの花を彷彿とさせる鮮やかな瞳には、その悪意たちは黒い靄のように見えた。


「――罪状を述べる」


 某貴族殺害、王族への不敬罪、身分詐称、そして――


「聖女様暗殺未遂、以上である」


 何か申し開きはあるか、と問われる。申し開いても誰も聞く気などないくせに。そして、どれもではあるのだ。

 口を開くのも億劫で、首を横に緩く振る。

 だが、もし誰かが今の、今際の際の叫びを聞いてくれるというのであれば。

 王子の婚約者になんてなりたくなかった。貴族としての誇りを、と言われるのならば領地を守れればそれだけで良かった。

 何より両親を、家族を殺した国に従いたくなんてなかった。

 いつまでもただの、イヴァンジェリン――イヴでいたかった。

 そう、喉が潰れるまで叫ぶだろう。

 

 それでも、領民を盾に取られて逃げることも歯向かうことも許されずに、イヴァンジェリンは今日という断頭台までの道を着実に歩んできたのだ。


 ちらりと、王族が観覧しているだろう席に目を向ける。

 もはやお約束のように仲良く並んだ王子と聖女が向ける、侮蔑と僅かな憐憫の視線を見つけた。

 婚約者だった王子に想いを寄せたことは終ぞなかったが、彼の横にいるためにイヴァンジェリンは文字通り血反吐を吐く思いで日々を過ごしてきた。

 聖女は、聖女でさえいれば苦しい思いなどしないで、彼の隣にいられるのだろうか。それとも、自分と同じような苦しみをこれから味わうのだろうか。

 光魔法の使い手――聖女。

 彼女の手にかかれば、尊き死者は蘇り、国に蔓延る魔は霧散するという。

 聖女の、剣を握ったことのないような白く細い指が、不安げに王子の胸に添えられた。天の使いに例えられる繊細な顔立ちは、これから始まる惨劇に青白くなっていた。

 しがない辺境伯の娘に生まれ、家の伝統に則り騎士としての職務に準じつつ、王子の婚約者として恥ずかしくない教育を受けてきた自分は。

 七歳からずっと、日のあるうちは王妃教育に社交界、夜は辺境伯の家に生まれた騎士として魔物狩りに戦地を駆けてきただけの人生の末路は、これだ。

 しかし、イヴァンジェリンはどこか清々しい気持ちだった。

 後ろ手の手枷はそのままに、細い首を断頭台へ捧げる。

「貴殿は遺書も遺していない。何か、最期に言いたいことはあるか」

 執行人が静かに問いかけてきた。

 その声を、イヴァンジェリンは――イヴは知っていた。


「どうか――健やかで」


 思ったより小さな声になってしまったが、届いただろうか。

 イヴァンジェリンが最期に聞いたのは、ガシャンという自分の首か落とされる寸前の音だけだ。




Act.1



 ――私の今世は、罰ゲームのようなものだ。


 ひじり せい、17歳の座右の銘である。

 生まれてすぐの状態で教会の前に捨てられていたことから「聖」、苦境の中でも自分の心を貫いて欲しいと願いを込めて「誠」。

 と、新選組の小説だか漫画だかにドハマリしていた、当時の少し雑な市長御自らが付けてくれた名は、正に誠の“たい”を現すこととなった。

 

 □

 

「いい加減にしなよ、おっさん。これ以上、その子に手を出すならフルボッコにしたあとで警察に突き出すけど?」

 

 夕焼けに染まる、初冬の風が吹く公園にて。

 歩道側とは逆の植え込みの中で凛と立つ少女がいた。背中には服がはだけた少女を庇い、その手には使い込まれた竹刀が握られている。竹刀の剣先が捉えているのは、下半身の衣服を寛げた男の顎だ。下着からモノを取り出す寸前だったというのが、お互いせめてものマシなところか。

「まあ、どちらにせよ通報はさせてもらうけどね。ただし、通報するまでの間に変なことしたら、次はフルスイング一発じゃ済まないから」

 肉食獣のような目つきで睨まれ、まだ逃げ出すチャンスを窺っていた男の顔色が、少し青ざめる。その鼻からは濁流のごとく鼻血を吹き出しており、竹刀の直撃を受けたであろう左頬は、頬骨が折れているのか過剰なまでに腫れ上がっていた。男は、嫌がる少女を無理やり公園内に引きずり倒し、ちょうどこれから、というときにこの制服姿の少女によって、抜刀術の要領で強かに横っ面を竹刀で引っ叩かれたのだ。

 強烈な一撃からなんとか起き上がったときには、男の眼前には待ち構えていたように竹刀の先が突きつけられた。恐る恐る男が顔を上げると、紺地のプリーツスカートの下から伸びる、古式ゆかしい白ラインの入った赤いジャージが目に入る。さらに顔を上げてみれば、黒く長いポニーテールを風に靡かせた、ちょっと見ないような美少女がはた迷惑そうに眉根を寄せていた。

「ったく、小学生も下校するような時間からなんつーことしてんだ」

 言いながら黒髪の美少女は、ポケットから竹刀を持っていないほうの手で、カバーも何もついていない白いスマートフォンを取り出す。慣れた動作で画面を見ることもなく指をすいすいと動かし――少女はスピーカーにされた状態のスマートフォンを、後ろにいた被害者少女に向けた。

「あのさ、悪いんだけど、ちょっとだけ持っててくれる?」

「えっ、は、はい」

 自分を救ってくれた謎の美少女に突然話しかけられた被害者少女――美希みきは、美少女の猫のような瞳に見惚れかけ、慌ててスマートフォンを受け取る。

 立ち上がれば身長差は大してないのだろうが、助け出されてからもずっと腰が抜けているので、美希は少しでも美少女の声をスピーカーが拾いやすいようにと腕を伸ばした。

「いい子だね」

 黒髪の美少女は褒めるように一瞬微笑むと、また男に向き直る。その横顔は、まるで少女漫画のヒーローのような精悍さだ。場違いにも、美少女と呼んで良いのか美青年と呼んで良いのか悩む美貌だと、美希は救世主の顔を眺める。

『――110番です。事件ですか、事故ですか』

「事件です。女の子を暴行しようとしていた犯人を取り押さえました。場所は鬼端おにはし二丁目公園です」

 大した間もなく繋がった電話に、美少女は冷徹にも聞こえるほど落ち着いた声で、警察に情報を伝える。

『現在、どのような状態ですか』

「私が竹刀で相手の行動を拘束しています。被害者も一緒にいます。警察到着まで、現状のままで問題ありません。現場付近の警察の方には『聖 誠が現場にいる』と言っていただければ状況を把握してもらえると思います」

 それから二言三言やり取りし、通話が切れた。その間、竹刀は男の喉に移動され、電話中はピクリとも動いていない。

「ありがとう、もう腕下げていいよ」

「あっ、はい……」

 美希に笑顔を向けつつも、美少女の警戒は解かれない。しかし、美希の身体からは少しずつ気が抜けていくようだった。

 男の手で無理やり引き裂かれ、ボタンが飛んではだけたシャツの合わせを握りしめると、収まっていた震えが再び全身に広がる。しかしそれは、男に襲われているときのような恐怖というより、不思議な高揚感からだった。

「大丈夫、すぐに第一陣の警察官が来ると思うから」

 震えの収まらない美希とは真逆に、落ち着き払った少女が宥めるように囁いてくれる。するとその宣言の直後に、凄まじい自転車の走行音が迫ってきた。乗っていたのは青い制服を纏った警察官で、公園にほど近い派退所から飛んできたのだろう。

 まだまだ若手そうな、それでも異常な迫力を持つ警察官は自転車を入り口の端に止めると、ずかずかずかと園内に入り――竹刀を持ったままの少女に盛大な拳骨を落とした。

「こんの、アホセイが!! また一人で突っ走りやがったな!! しかも、何を自信満々に名乗っとるんだ!!」

「~~~~ったいな!! 秀兄ひでにい!! 警察到着まで待ってたら、間に合わなそうだったんだからしょうがないじゃん!! それに、この辺の警察なら大体私のこと知ってるから、面倒がなくていいだろ!?」

「俺に面倒がかかると言ってるんだ!! お前が何か起こすたびに名指しされるんだぞ!? 単身で突入するな、せめて報連相をしてから行動するか、先に派出所に来てから行動しろ!!」

「その数分の遅れが命取りな現場だったと察せよ、バカ秀!! それに、先に派出所に行ってたら間に合わなかったかもしれないし、何より私はその場に拘束されるじゃんか!!」

「当たり前だろうが、一般人め!!」

 どうやら、お互い知り合いっぽい。と、ほうけた頭で美希はぼんやり考える。

 しかし、突然繰り広げられた怒涛の応酬に、美希どころか喉元から竹刀が少しずれた加害者男性すらも呆気にとられて動けなくなっていた。

 何を見せられてるんだ、これは。

「その一般人のほうが検挙数多いってどうなってるんだよ!! どんだけ緩い見回りしてるんだ!?」

「うるっさいわ!! というよりも、お前のその無駄な行動力と現行犯逮捕率の高さのせいで、こっちがどれだけハードル上げられてると思ってんだ!! 通信でお前の名前が入るたびに、署員一同集められて部長に怒鳴られてんだぞ!?」

「そんな無駄な時間使ってばっかりだから、一般人に検挙率横取りされんだよ!!」

 さんざん怒鳴り合った警察官と美少女の二人は、はたっと被害者加害者両名が立ち直るより先に我に返った。

 加害者男性の眼前には竹刀が構えられたままだが、いまだ手錠はされていない。

「……十六時三十二分、強姦致傷の疑いにより現行犯逮捕」

 がちゃん、と男の手が警察官の手で手錠にしっかりと繋がれる。

 ここで初めて、美少女の竹刀が完全に下りた。

 色々と状況についていけなかった美希の身体から、ふうっと力が完全に抜ける。そのまま倒れるように傾きかけた頭は、不意に美少女の手によって引き寄せられた。

 ぽすんと埋まったのは、ヒーローのごとく自分を助けてくれた少女の胸元で、柔軟剤と汗の匂いが混ざった、優しい香りがゆっくりと肺に入ってくる。

「ごめんね、待たせちゃって。よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

 加害者の男はもちろん、警察をも圧倒する勢いで凄んでいた美少女が、急に慈母のような優しさで美希の背中を撫でた。

 その穏やかな声が胸にじんわりと沁み、美希はやっと大声で泣くことができた。

 

「――で、これで何回目だ? 誠」

 その後、犯人よろしく派出所内に引っ立てられた竹刀の美少女こと誠は、首をすくめながら出されたお茶を啜る。

 本来ならば二人とも当事者と現行犯逮捕した責任者として、犯人と一緒に本庁へ赴くべきだったのだが、慣れた事態に「来るのはお説教のあとで構わない」と一課の刑事に言われてしまったのだ。

 冷ややかな目線を送ってくる警察官、秀兄こと碇谷いかりや 秀の額に浮かんだ青筋を数えながら、誠はしれっと答えた。

「この町で起きた犯罪の数の半分、ってとこかな」

「やかましいわ! ほとんど毎回現場に居合わせてるくせしやがって!! なんなんだ、お前は!! 某見かけは子供、頭脳は大人な名探偵か!?」

「やだなぁ、自分から事件に首突っ込んだことはないし、現場をもし見ちゃったら武力行使による犯人確保と被害者救出はやってるけど、推理ショーはしたことないよ」

「驚異の事件吸引体質のほうを言ってんだ俺は!! つか、毎回人のお古の竹刀を持ち歩いて獲物にするだなんて、段持ちじゃないからったって、そのうち過剰防衛で一緒に連行されても知らんぞ!?」

 だんっ、と秀の拳でテーブルが強く殴られる。

 秀の年下を叱るときの癖だが、怖がられるどころか、怒り方が中間管理職のおっさんじみて見えるというのが、施設の子供たちの中での評価だった。

 中でも秀と比較的長く同じ施設で育った誠は、また始まった、とばかりにちゃっかりとお茶を淹れ直す。湯気を吹きながら、誠は他人が見れば愛らしいとしか思えない表情で微笑んだ。

「過剰防衛どころか死ぬほど力抜いてるのに。たかが護身用に竹刀を持ち歩いてるだけの女子高生にぶっ飛ばされちゃうとか、最近の男は貧弱だよね」

「死ぬほど力抜いてるやつの竹刀が、相手の頬骨を折ったりするか!!」

 すかさず噛み付いてくる秀に、少し冷めたお茶を渡してやる。その喉を枯らしている原因は自分なので、せめてものお詫びのつもりだった。

 秀のほうも習慣で受け取り、一気飲みすると、そのまま深くため息を吐く。

「お前なぁ、俺らみたいな育ちの人間が社会に出たときの苦労をわかってるはずだろ? 来年には退所しないといけないんだし、もうちょっと色々慎重になれよ」

 こればかりは秀が正しい。

 誠が育った施設に限らず、児童養護施設が子供の面倒を見てくれるのは原則十八歳までだ。

 そして、誠はそのタイムリミットをもう来年に控えている。

 誠のやっていることは正しい。人道的には。

 しかし、実態としては正当防衛という言い訳もかなり苦しい。

 今回のように警察が到着した際に誰が被害者なのかわからなく事態も珍しくはないのだ。部活で正式に剣道を習い、大会に出場経験もある秀でさえ、我流の誠に勝てたことはない。

 いっそ自分のように警察官にでもなって、その腕っぷしを存分に振る舞えばいいと秀が提案したこともあるが、筆記と面接で受かる気がしないと、彼女が首を縦に振ったことはなかった。

「……まったく、お兄ちゃんにはいつまで心配をおかけして申し訳ないですなぁ」

「そう思うなら、ちっとは大人しくしてくれ妹よ」

 毒づきながらも、なんだかんだで誠に甘い秀は「俺が取り調べたことにしておくから」と、そのまま誠を釈放してくれた。



 □



 施設の門限はとっくに過ぎているが、抜かりなく秀が連絡を入れてくれたので、街頭が照らす夜道を焦ることもなくてくてくと歩く。

 空にはすでに太陽の残り火すらなく、代わりに三日月がぼんやりと浮かんでいた。

 どうしようかなぁ、これから。

 秀が心配するように、当の本人も最近三日に一度はこの議題で自問自答を繰り返している。

 子供の頃から、体力と瞬発力だけは有り余っていた。

 なんだかんだ言いつつ正義漢にくっついて回っていたので、悪事を見逃したくない気持ちも強い。

 だが、女だてらに腕っぷしで負けなしとなれば、少年漫画じゃあるまいし、ちょっとした異常事態だということも察せられる。その証拠に、今までの学生生活でも、秀がいなくなった後の施設でも、自分の存在が持て余されているのは、聖としても気が付かざるを得なかった。

 進学は金銭、頭脳、目標の三つどれもが揃っていないので選択外だし、施設や学校が薦めてくる就職先でピンときたところは全くない。

 いっそ、ヒッチハイクで世界一周でもしてみるか。

 そんな現実逃避を、誠が歩きながらしているときだった。

 

 ――は、月明かりの影からうっそりと躍り出るよう出てきた。


 目測にして二十メートルは先だが、視力が二.〇の誠の目にはその姿がしっかりと見えていた。

 丸い卵型のフォルムに、大きな穴が二つ並び、中央には三角の穴と――ずらりと並ぶのは歯か。

 ソレを見た瞬間、誠の心臓はどくん、と一度大きく鳴った。その後は全力疾走したあとのように、どくどくと早鐘を打つ。足は自然と、先へ進むことをやめていた。

 生まれてから今まで、怖いことはたくさんあった。それこそ児童養護施設に移ったばかりのころは、入所したてのたちの悪い職員にいたずらされかけたこともあるし、腕っぷしの強さを知られてからは、昔のヤンキー漫画よろしく他校生大勢に囲まれたこともある。

 しかし、それらはみんな人間だった。

 からりころりと鳴る音は、転がってきているのか。夜闇に鈍く白く街頭に照らされたソレは――巨大な頭蓋骨だ。

 それも、おそらくゆうに誠の背丈を超えるような大きさである。

 規格外の超巨大頭蓋骨は、ドッキリ番組による企画のたぐいでもないだろう。あまりに精緻すぎるし、仕掛けは不明瞭。何より本能的な恐怖が誠にアレが人によるものではないと警鐘を鳴らしていた。

 あんなの相手にできるか!

 ここは命大事に、と、じりっと足元のアスファルトをこすりながら、少しだけ後退する。

 肌に刺さるような異常な存在感と敵意は、もしかしなくても漫画とかでいうところの妖気とかそういうものではないか。

 人間相手の喧嘩なら慣れているが、化け物退治などもちろんやったことはない。そもそもあんな化け物が出てくるのはフィクションだけだと思っていた。

 が、しかし。

 誠は無意識のうちに学生鞄を放り投げ、竹刀を上段で構えていた。

 秀の剣道姿をたまに眺めていた程度なので、誠は正式に剣道を習ったことはない。後に知ったが、誠のこのときの構えは上段霞の構えというらしい。誠からすれば、見たことも聞いたこともない構えだったが、緊急事態に身体は自然とその構えをとった。

 おかしい。

 自分は逃げるつもりだったのに、なぜ臨戦態勢に入っているんだろう。

 超巨大頭蓋骨は、誠の存在に気づいていたのか徐々に近づいてくる。なのに、さっきまで張り裂けそうなくらい早鐘を打っていた心臓が通常運転どころか、普段よりも静かになった。

 すっと、誠が息を吸い込んだ刹那。大きく動いたのは巨大頭蓋骨のほうだ。

 からころと焦らすような動き方、もとい転がり方ではなく、闘牛のごとく誠に向かって突進してくる。その速さは、例えるならばアクセルを力いっぱい踏み込んだ車並みだ。

 これはもしかしなくても、背中を向けて走り出してても逃げ切れんかったのでは?

 と、妙に冷静な感想を抱きながら、誠も動いた。

 気合が剣先にまで行き渡る感覚を味わいながら、間合いに入った巨大頭蓋骨を

 一閃、という言葉が当てはまるような一瞬だった。

 振り切った竹刀には、確かな手応えがあり、その証拠に巨大頭蓋骨は誠の目の前で動きを止め、カタカタカタと揺れたかと思うと、誠がであろう上顎と下顎で分裂し、やがて黒い霧として霧散した。

 そして、霧散した黒い残滓すら見えなくなってから、誠はほうっと息を吐く。

「たお、せちゃったよ……」

 呆然と呟くと、なんだか現実味が急に消え始めてきた。

 正直、自分のやったこととは思えない。

 まだ夢だと言われたほうが納得できるが、試しにつねった頬は痛かった。

 残念ながら現実のようだが、無事なのも現実だ。

「……っっっっはああああ――――――!!」

 誠は豪快に息をつきながら、ようやくその場へ座り込んだ。

 知らず識らずのうちの息を細めていたのだろう。しかし、息苦しさよりも今は疲労感のほうが凄まじい。

 女子高生が往来のど真ん中で足をおっ広げて座るのは大変よろしくないのだろうが、未知のよくわからん化け物を無傷かつ一人で退治したのだから許してほしい気持ちだ。

 よくぞ生き残った自分。予想外にやれる子だったんだな自分。これならどんな国にヒッチハイクで乗り込んでも怖いものはないだろう。

「っかし、なんだ、あれ……がしゃ髑髏どくろの頭だけ落っこちてきたやつとかか?」

 思わず大声でぼやく。もともと人通りの少ない通りだ。誠はそのままの姿勢で凝り固まった身体から余計な力を抜くべく、息を再度吐きながら首を傾げた。

 何はともかく、妖怪関係のアニメや映画でもおなじみの巨大な骨格標本のような妖怪と対峙する日が来ようとは。人生何があるかわからないものだ。

 そしてそれを、自分が一撃で倒す日が来るとは。


「――さすが、お見事だね」


 しばらく座り込んでいた誠だが、急に後ろから聞こえた声に、瞬時に跳ね起きる。

 すわ、新たな敵かと握りっぱなしだった竹刀を構えようとしたが、声の正体らしきものを見て、呆気にとられてしまった。

 それはバレーボール大の、白く発光したふわふわ浮かぶ球体(仮)だったからだ。

 

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