第8話 トレジャー・ハンター

 私にはこの男の人がいったい何を話しているのか、よく理解できませんでした。


 男の人の話の中に天使が出て来たあたりで、お店の外が騒がしくなりました。

 ズズズ……と地鳴りがします。


 草原だったはずの景色が、今は砂漠のようになっていました。

 その砂の海に大きな影が見え隠れしています。


「サンドワームだ。俺を探している」

「それって……」


 あんな大きなモノがこのお店を襲ってきたら、無事に済む気がしません。

 やっぱり出て行ってもらった方がよさそうですが、どうしたら出て行ってくれるのでしょうか。


「近いな」


 見ると巨大なミミズのようなものが、お店の近くにまで来ていました。


 砂の中から巨大な口が現れました。その口の大きさだけで、二メートルはあるのではないでしょうか。

 大きな牙がその口をぐるりと一周するように、不規則に並んでいます。


「ひっ」


 私は小さく悲鳴を上げて、後ずさりしました。


「その結界の強度はどれくらいだ?」

「そんな事……わかりません」


「君が展開しているんじゃないのか?」

「……」


 巨大なミミズの周りでサメの背びれのようなものが、いくつも見えました。

 砂の海を泳いでいます。


「サンドシャークまで来たか」


 この人を追い出したら、あれに食べられてしまうのでしょうか。……きっとそうなのでしょう。

 私は出て行ってとは言えなくなってしまいました。


「迷惑をかけてすまないな」


 迷惑どころではありません。今更追い出す事も出来なくて、私はどうすればいいのかも分かりません。

 あれがいつ襲ってくるかと、気が気ではありません。

 私たちは戦々恐々としたまま、その日の夜を過ごしました。




 ―― 二日目 ――


 朝、バックルームからカウンターに出てみると、男の人は昨日の位置のまま座っていました。


「おはようございます」

「……ああ」


 朝食にコロッケを二つ、男の人に作って差し上げました。


「すまない。……美味いなこれは」


 私はコロッケを一つだけいただきます。


 外は今は静かになっています。砂嵐も収まっていました。

 それでも時折、サメが砂の海から背びれを覗かせていました。


「草原が砂漠みたいになっちゃって、このお店も沈んだりしないのかしら」

「砂漠に見えるが、砂の状態になっているのは、あいつらが接触している部分だけだ。その下は普通に土の地面だ」


「そうなのですか」


 そんな説明を聞いても、私にはよく分かりません。


「俺はエリオットだ」

「私はサオリです」


 ここでようやくお互いの名前を交換しました。


「昨日の話の続きをしよう」

 

 エリオットはコロッケを食べ終え、再び語り始めました。




「俺はその部屋の中央にあるテーブルに近付き、調べてみた。引き出しの中は何もなく、テーブルの上にペン差しにささったペンがあるだけだった。


 俺がそのペンを手に取って調べようとした時だ、すぐ近くの空間が歪んだ。光が急速に集まり膨張して、その中から現れたのはひとりの少女だった。俺はとっさに手にしていたペンを体に隠した。鑑定スキャンする暇はなかった。


 少女は俺の前に立ち、こう言った。『私は第一天使ミシェール。神の間の守護者。招かれざる者よ、ただちに立ち去りなさい。さもなくば天罰が下されるでしょう』……部屋を見る限り盗めそうな物は見当たらない。


 俺は隠し持ったペンに賭けた。それがただのペンなのか、とんでもないレアアイテムなのか。――天使が現れたせいなのか、俺のスキルは働かなかった。そうと決めたらここに長居する必要もない。


 ペンを盗んだ事がバレる前に、なるべく遠くへと逃げる事が優先だ。『俺はすぐに出ていく、だが洞窟には魔物が多い、近くの町でも何でもいいから、俺を送る事は出来るか?』――目の前のやつは天使だと言った。神の使いだ。


 ならばそれくらいの事は出来るだろうと踏んで俺は言ってみた。そいつはこう答えた。『……洞窟の入り口までなら』――ビンゴだ。俺は一年掛けて辿りついたこの場所から、一瞬で抜け出す事に成功した。


 こういった駆け引きはスキルに頼るまでもなく、俺の長年の経験だ。俺は洞窟の外に出ると、そこから逃げるように離れた。だがすぐにペンを持ち出した事がバレたようだ。俺に追っ手がかかった。


 天使が直接追っては来なかったが、Aランクの魔物がこれでもかというくらいに襲ってきた。一匹や二匹だったらSランクの俺には余裕だが、それが十も二十もいっぺんにとなると話は別だ。


 俺は戦っては逃げ、戦っては隠れ、それを三十日も続けた頃には、食糧も薬も武器さえも失った。その容赦のない攻撃は、ペンを取り返す事を目的としているとは思えなかった。


 俺を殺す事だけが目的なのだと悟った。だから今更ペンを手放しても無駄なのだ。俺はそこからさらにしぶとく、逃げ延びた。――王都に向かってだ。王都を巻き込もうと考えた。


 魔物の集団が襲って来ればさすがに王国も黙ってはいないだろう。そこに俺の助かる道があると思ったのだ。


 だが王都はもうすぐそこ、という所で砂嵐に巻き込まれた。あまりにも不自然なその現象は、サンドワームを送り込むためのものだったのだ。そんな時に俺はこの建物を見つけたのさ」




 そこまで聞いた私は、少なからず違和感を覚えました。天使という存在は、魔物を使役させるというのでしょうか。

 私の中の天使のイメージからは、考えられない事でした。でもこの人はそれが当たり前のように、話をしていました。


 エリオットは懐からペンを取り出しました。

 羽根ペンのようです。


「それが?」

「ああ。これがそのペンだ」


鑑定スキャンはしたのですか?」

「ああ、した。その結果は……鑑定不可能アンノウンだ」


「鑑定不可能?」

「その時点でこいつはお宝確定だ。普通のペンが鑑定不可能アンノウンになるわけがない。だが肝心の能力が分からない。こいつを使って文字を書いたりしてみたが、何も起きなかった」


「そんなもののために、ずっと命を狙われるのですか?」

「それがトレジャーハンターさ」


 


 それは決して女の私では理解の出来ない――


 男の人の世界のお話でした。




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