第7話 災厄は嵐とともに

 翌日、ランドルフにポーションを売りました。

 計三百個ものポーションを、騎士団が持ちこんできた木箱に移し替え、仲間の人と運んでいます。


「君がサオリかい? ランドルフから聞いてるよ。珍しい場所で店を出してるってね」

「そうですか。私が選んだ場所ではないんですけどね」


「なんにしてもポーションは助かったよ。ありがとう」

「いえ、お役に立ててなによりです」


 騎士団の人が私にお礼を言ってきました。

 ランドルフを含めて四人居る騎士団の方は、皆同じような鎧を着用しています。


 使用する武器は違うらしく、魔法の杖を背中に背負っている方が二人、腰に剣をぶら下げた方が二人です。

 ランドルフは剣を所持しています。


 馬車にすべてのポーションを運び込んだランドルフは、今日は昼間に来店していました。


「明るい所で会うのは初めてだね。本当はもっとゆっくりしたいんだけど、今日はこのまま明日の準備があるので、すぐに戻らなきゃならないんだ」

「そうなんだ。じゃあ次は十日後だね」


「ああ、そうだな」

「じゃあ、気を付けて」


「サオリもな。なるべく結界から出るなよ」

「わかってる」


 こうしている間も、私はカウンターから出てはいません。


 ランドルフが相手でも、いつもそうです。


「食用油もそこに置いてある、それでいいのなら次回はもっと持ってくるから使ってみてくれ」


 カウンターの横に、小さ目の樽が置かれています。


「ありがとう。使ってみるね」

「では、また」


「行ってらっしゃい。ランドルフ」


 せっかく仲良くなったランドルフに、十日も会えないのは少し寂しいですけど、私とランドルフは別に恋人同士でもありません。

 たったの十日、友人と会えないくらい、どうという事もないはずです。


 私はランドルフの乗った馬車が去った後も、しばらく外を眺めていました。


 草原には緩やかに風がそよぎ、遠くの木から数羽の鳥たちが飛び立つのが見えます。

 あれから魔物は見ていません。王都も近いという事と、ランドルフのように騎士団が巡回も行っているおかげだと思います。


「魔物さえ来なければ、平和ね」


 この時の私はまだ知りませんでした。

 私はこの後、まさか数日間に及ぶ恐怖の連続を味わうとは、思ってもいなかったのです。




 ―― 一日目 ――


 次の日は、朝から草原に砂嵐が吹き荒れました。この砂はいったいどこから来るのでしょう。


 ガラスの無くなった扉から容赦なく、砂と風が吹き込んできます。結界から出なければ問題はないので、私はずっとカウンターの中に居ます。


 厄介ごとは砂と風と共にお店の扉を開けて、崩れるように店内に転がり込んできました。


 扉を開けて倒れこんだのは、黒のトラベラーズハットを被り、黒いマントを羽織った青年でした。

 とっさに駆け寄ろうとした私は、ハッと我に返ります。ここは異世界です。私が居た温い世界ではないのです。


 カウンター越しに様子を窺っていると、どうやら死んではいないようです。


「み、水を……くれないか」


 お店に設置された、エスプレッソマシンの横の紙コップに水を汲み、ハイ・ヒール・ポーションと一緒に、カウンターの端に置きます。

 

 結界はカウンターのちょうど真ん中から、見えない壁を作っています。

 その壁をこちらから超えた所に紙コップとポーションを置きました。


「どうぞ……水と、よかったらポーションです」

「ううう」


 男の人はなんとか立ち上がって、紙コップを手にしました。

 水を一気に飲み干した後、ポーションの小瓶の蓋を外して、それも一気に飲みました。


「いったいどうされたのですか?」

「ハイ・ポーションか? ありがとう、助かった。俺は……『守護者』に追われている。すまないが少し匿ってくれ」

 

 男の人はそのままヨロヨロと座り込み、お弁当のオープンケースに寄り掛かってしまいました。


「え?」


 なかなか一方的な物言いでした。いったい何に追われているのでしょう。


「今、コップを持つ時に見えない壁に手が当たった。そっちは結界か?」

「……」


「そっちに入れて……は、くれそうもないか。仕方ない」

「はい。こっちに入れる事は出来ません」


「ならせめて、ここに居させてくれ。どうせそこは安全なんだろう?」


 見ず知らずの人を結界の中に呼ぶ事など考えられません。ランドルフでさえ入った事もないのです。

 ランドルフはこの結界は、私が招いた人は入れるだろうと言っていました。もしくは私が触れた人。


 それでも私はそれを、試そうとはしませんでした。この結界にはなんぴとたりとも入れるつもりはありません。


 この人は追われていると言っていました。ならばその追う者は、ここを襲うかもしれないという事にならないでしょうか。


「誰に追われているとおっしゃいましたか?」

「『守護者』だ」


 意味が分かりません。


「『守護者』とは?」

「……」


「すいませんが、出ていっ――」

「わかった、話す。だからここに居る事だけは許してくれ」


 お店に被害が出てはたまらないので、出て行ってもらおうと思いましたが、この人にそのつもりは更々ないようです。


「そんな事、お約束できません」

「だが君はそこから出ないのだろう? どうやって俺を追い出すのだ?」


「……」


 はっきり言って迷惑です。


「だが一応、説明はする。出ては行かないが許してくれ」

「そんな勝手な……」


「俺はSランクの冒険者だ。トレジャーハンターをやっている」


 男の人は勝手に話し始めました。


「ここから南に四十日程馬車で移動すると、Aランク指定の洞窟がある。その洞窟に俺は潜っていた。

 そこは『神住窟カミノイワヤ』と呼ばれる所で、ゴッズ級のアイテムが入手できると言う、まことしやかな話がAランク冒険者の間で噂されていた。


 俺のスキル『第六感シックスセンス』はそれは真実だと判断した。俺はこの『第六感シックスセンス』のおかげで、トレジャーハンターというヤバい職業を生業として今までやってこれたのだ。


 そして俺は調査に向かい、ダンジョン攻略を始めた。マッピング作業を始めてすぐに俺は、ここは本物だと分かった。出てくる魔物がすべてAランク以上だった。


 トラップも恐ろしく巧妙で、俺の『第六感スキル』が無ければ何度死んだかわからない程だった。そして俺は一年をかけて、ある扉に辿りついた。


 そこで俺は見てしまったのだ。その扉から出てきた少女を。その少女が背に持っていた物を。

 その少女はなんと『大魔導士の杖』という特S級のアイテムを持っていたのだ。その杖は布に包まれて少女の背中にあったが、杖に嵌め込まれた魔石の波動が恐怖を伴って滲んでいた。


 俺は瞬時に『鑑定スキャン』して、これが『大魔導士の杖』である事を知って驚いた。魔王を一撃の元に倒すと言われる伝説のその杖は、この世界の数多の魔法書に図解付きで載り、子供の頃から誰もが見た事のある杖だ。


 もちろん本物なんかは見た事などあるはずがない。だが俺の『第六感スキル』も本物だと告げていた。

 俺は確信した。その少女はこの扉の先でそれを手にしたのだと。俺はその少女を追おうとした、だがその少女の傍には薄い人影が靄のように纏わり付いていた。


 この少女はおそらくその杖を手に入れた事で呪いを受けたに違いない。そう思った俺は少女の追跡を断念して、扉に向かった。扉は開かなかった。


 俺は『解錠アンロック』を発動したがそれでも開かない。仕方がなく一年に一度しか発動できない『開錠ハイ・アンロック』を行使してやっと開けられた。中に入ると広い空間にテーブルが一つあるだけだった。そこで俺は天使というやつに会った――」


 男の人がそこまで話をした時、外に異変を感じました。


 話について行けず、ボーっとしてしまった頭のまま外を見ると、そこには――



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