【新説昔話集#5】ゆきじぞう

すでおに

ゆきじぞう

 この寒空の中、せっかく町までやってきたのに笠はひとつも売れず、おじいさんは何も買って帰ることが出来なかった。


「おばあさんに餅をくわせてやりたかったがなぁ」


 残念そうに家路についた。


 だんだん雪が強くなり、肩をすぼめてかじかむ手に息を吹きかけながら歩いていると、またお地蔵さまの前に出た。


「ずっとお立ちのままか」


 お地蔵さまは朝から道に立ったまま。頭の上の雪を払ってやると氷のように冷たい。


「こんなに積もっては寒かろう」


 おじいさんはそういうと背負っていた笠をおろし、お地蔵さまに被せてあげた。 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。しかしお地蔵さまは六つ、笠は五つで一つ足りない。


「すまねぇが、これでかんべんしてくだされ」


 おじいさんは自分が巻いていた手ぬぐいを取り、申し訳なさそうに最後のお地蔵さまに被せた。そしてしんしんと降る雪の中を帰って行った。


 家に着くとおばあさんは


「どうなさった、こんなに雪に濡れて」


 と心配したが、お地蔵さまの話を聞くと顔をほころばせて


「それはよいことをなさった」


 と肩の雪を払ってやり、火鉢のそばに座らせ温かい粟の粥を食べさせてあげた。


「なにもない年越しだけれど来年は良い年になるといいのう」


 二人は笑顔を浮かべて寝床についた。


 その夜、おじいさんとおばあさんは物音で目を覚ました。遠くの方からなにやら唄が聴こえてくる。


「じさまのためにえんやこら」


「ばさまのためにもえんやこら」


「笠のお礼にえんやこら」


「ご馳走かかえてえんやこら」


 いよいよすぐそばまで来たかと思うと家の前でどさっと大きな音がした。二人が外へ出てみると軒下に大きな俵がいくつも置いてある。辺りを見回すと遠ざかっていくお地蔵さまの姿が見えた。

 あっけにとられながら俵を開けると、中にはたくさんの米や餅、魚に酒まで入っていた。


「なんということか。これでいい正月を迎えることができるぞ」


 二人は手をすり合わせ


「ありがたや ありがたや」


 お地蔵さまの方に向かって何度も何度も頭を下げて感謝した。


「不思議なことがあるものだ」


「お礼をしなければなりませんねえ」


 狭い家がご馳走でいっぱいになった。思いもよらぬ出来事に驚きながらもたいそう喜んだ。


 しかしそれもつかの間。


 どんどんどん どんどんどん


 突然激しく戸が叩かれた。


 今度は何事だと戸を開けると、なんとお殿様とその家来たちがいた。そして俵を見るなり、お殿さまは顔を真っ赤にして声を上げた。


「お前たちの仕業か!打ち首にしてくれる!」



 時を少し戻します。


 おじいさんが帰ったのを見届けると、笠をもらったお地蔵さまたちは口々に礼を述べた。


「なんという親切ものじゃ」


「これで雪をしのげるのう」


「おかげで風邪を引かんですむわい」


 それはそれはたいそうな喜びようだった。


 とそこへちょうどお殿さまの一行が通りかかった。家来を従えたお殿さまはこんな雪道でもひとり馬に乗り、立派な笠を被っている。

 しかしこの雪で笠はすっかりびしょ濡れになり、寒さでお殿さまは耳が真っ赤だった。


「こんなところにいいものがあるぞ」


 お殿さまはお地蔵さまを見るなり馬を降り、遠慮なく笠を引っぺがした。


「汚らしいがいくらかましになるだろう」


 といってそれを被ると


「まだ残っているぞ。お前たちもどうだ」


 次々とお地蔵さまの笠を奪い取って家来たちに被らせた。そしてついでに、と最後のお地蔵さまの手ぬぐいをばっと剥がし、ふんっと鼻をかんでぽいっと投げ捨てた。


「では先を急ぐぞ」


 悪びれるそぶりも見せずに去って行った。



「罰当たりものめ!」


 笠も手ぬぐいも全部盗られたお地蔵さまは激怒した。


「せっかくの厚意を!」


 みな頭の雪が溶け出すほど憤慨している。


「こらしめずにおくものか!」


 雪道に点々と残った足跡を目印に、怒りのままにお殿さまたちを追いかけた。


 足跡は大きなお屋敷まで続いていた。宴を始めたのか屋敷の中からは楽しげな声が聞こえてくる。お殿さまに間違いない。


 どうやってこらしめようかとお地蔵さまたちが相談していると、屋敷の隣にある立派な蔵が目に入った。中を見ると思った通り、米やら酒やら豪勢な食糧が所狭しと積み上げられていた。


「これをじさまに届けてやろう」


 お地蔵さまたちは笠のお礼が出来ると、手あたり次第俵に詰め込んだ。そして


「じさまのためにえんやこら」


「ばさまのためにもえんやこら」


 俵を担ぎ、喜び勇んでおじいさんの家へ向かった。


 そこへ酒を取りに来た侍女が異変に気付いた。慌てて屋敷の者たちが駆け付けたがすでにもぬけの殻。食糧がごっそりなくなっている。


「盗人の仕業か」


 お殿さまが呆然と立ち尽くしていると家来の一人が気が付いた。


「殿!賊の足跡が残っています!」


 大きな俵を担いでいた分、雪道には足跡が深くはっきりと残っていた。その足跡をつけてきたらおじいさんの家に辿り着いたというわけだ。


「この盗人め、断じて許さん!」


 おじいさんとおばあさんはなんのことかさっぱりわかりませんでしたが、証拠の俵もあり、弁解は聞き入れられるはずはありませんでした。


 おしまい

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