第88話 恋の話 三十一

 「そ、それは…。」

僕は平沢さんの話を、黙って注意深く聴いていた。

 そしてその話を終えた後…、僕の口からはそんな言葉にならない言葉しか出てこない。

 「今この瞬間も、平沢さんは感情を持っていない、ってことですか?」

「それは私には何とも言えません。もしかしたらもう私の中には―、」

「そ、それは…、今まで平沢さんと僕が過ごしてきた時間も、平沢さんにとってはただの電気信号の羅列だった、ってことですか…?」

「いえ、断言できます。それは違い―、」

「そ、それは…!」

平沢さんは何かを言おうとしていたのだろう。しかし僕は、こんな時バカな僕はそれを遮ってしまう。

 「では、僕の感情は…、一方通行だった、ってことでしょうか?」

 …僕は本当にそんなことを思っている?平沢さんの存在を否定しようとしているのだろうか?

 それはよく考えてみれば、自分の本心とは反対のことだろう。

 しかし僕は…、その「本心」に反して、平沢さんを傷つけてしまう。

 「では、あなたの笑顔も、全て偽物だったってことですよね?」

「それは―、」

「僕、先に帰りますね。」

 平沢さんの言葉を、今日のこの瞬間で何度遮っただろう。そして最後の「遮り」の後僕は、自分の家への方向に向かって思いっきり走り出す。

 それは、平沢さんを置いて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る