第25話 今日だからこその要請

 「そりゃ、いいですよ、今日でも早速というお話ですか?」

 「今日だからこそ、お呼びしたのよ。米河君にとっては、こういう話は当然かどうか言うまでもなく、仕事の範疇に該当する話だからな。一応概略を述べておこう」

 程なく女性店員が銀色のポットを持ってきて、両名のカップにコーヒーをなみなみと注いでくれた。それぞれブラックのまま一口ばかり飲んだ後、日高氏は話を続けた。

 

 あのなぁ、今日君に来ていただくのは、他でもない。ある人たちの再会を見届けていただきたいのよ。

 一人は、小田さんの店の息子さんの英一君。彼は後に大学を卒業して、今は県庁に勤めておって、子どもさんもおる。くすのき学園の話は、彼は御両親から何度か聞かされていたことはあるが、本人は、あまり記憶にはないようだ。なんせ、3歳かそこらの頃じゃからな。何でも、つい最近、家を片付けていたら、たまたま昔のアルバムが出てきてなぁ、小田の親父さんが懐かしみながら写真を整理しとったら、英一君がくすのき学園におった頃の写真も何枚か出てきたそうで、わしが写っとるのもあった。昭和54年の正月に写された写真でなぁ。

 わしはあの年、正月もずっと勤務じゃったから、小さい子らの世話も、いくらかした。ただ、英一君と写真に一緒に写っているのは確かだが、彼と特に何かして遊んだとか、そういうことは、ほとんど覚えていないのだがなぁ・・・。


 それこそ、君がちょうど、小学生でよつ葉園におった時期じゃ。あの時期がちょうど、アリスの全盛期じゃ。わし、アリスはデビュー当時からレコードを買って聴いておったけどな。わしの基準では、「青春時代」と言えば森田公一よりもアリスよ。まだ売れてない時期じゃったが。

 君はセンター試験の国語を教えていたこともあるからご存じだと思うが、いつぞやのセンター試験の評論文に、引用された文章が出たこともあっただろう、井上陽水の歌の歌詞と一緒に、な。新聞で読んだが、懐かしかったなぁ。

 まあ、それはええとして、その後、「冬の稲妻」が大ヒットして、丁度その頃から、TBSの「ザ・ベストテン」が始まっとった。

 まあ、あんたは小学生じゃったから、夜9時消灯なら、あの番組はめったに見ること叶わんかったろうが、そういえば、部屋でこっそり見とったとか言っておったな。見回りの保母が来たら、寝たふりをしたとか何とか。わしは幸い中高生担当じゃ、みんな見たがっとったし、わしも一緒にというか先頭に立って観とった。

 とはいえなぁ、正月に小さい子の誰と誰の世話をして、どんなことをしたかなんて、正直今でも思い出せん、細かいことなんか。

 ただ、写真というのは動かぬ証拠というか、何と言うか。あの頃のこと、思い出したな。わしが中高生の男子児童らへの対応で稲田園長に散々注意されて、結局その年の年度末で辞めたわけじゃけど、さすがに正月あたりはわしも、少しは穏やかに仕事ができとった。

 茨城県のT市で市長をされておった方の本によれば、正月あたりは、

「お屠蘇気分があって職員らも機嫌がよかった」

とか何とか、そんなことを書かれていたがなぁ、それは確かに当たっていたな、あのときも。仕事上、いつも相手にしている子らは皆、年長のそれも中高生の男子児童ばかりだったのが、たまには女の子や小さな子らを相手にしたことで、少しは、よかったのかもしれんな。

 その年、中元先生も、正月期間ずっとおられた。英一君の世話を、年末年始も一所懸命されていたのを、わしは今もしっかりと覚えている。まあ、直接の担当じゃなかったとはいえ、彼女が英一君を懸命に世話している姿だけは、わしも忘れていなかったし、第一、忘れられんよ・・・。

 わしもせめて、あの人ぐらい優しく、熱心に、子どもらに接しておったら、ちょっとは違ったかもしれんがなぁ・・・。


 もうわかっただろう。英一君と再会されるもう一人は、その、中元先生じゃ。

 その後結婚されて、下山さんとなっておられるが、あの頃いくら若かったとはいえ、もう、60代のおばあさんじゃ。実際、孫もおられる。

 さすがにおばさんとか、ましてやおばあさんなんて言うと失礼じゃから、さすがにわしも、そういうことは言えんが(苦笑)。


 彼らはその後、Gホテルを出て、タクシーで線路を挟んだ向かい側のH兆商店街のはずれにある寿司屋に移動した。すでに小田の大将は店を開けて待っていた。

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