第10話 理念の愛から生身の愛へ3 正月休み
やがて期末テストも終り、年末年始を迎えました。義男君は父方の叔母の家に行って、勉強していました。私は年明けの2日から3日間、正月休みをもらいました。その間、私は義男君の叔母さんの家に行きました。彼の家と私の母方の実家が近かったので、休みの私に、ちょっと寄ってやってくれと頼まれたからです。頼んできたのは、豊島先生という30代の男性指導員で、中3の年の義男君を担当していました。彼は正月も勤務に入っていて、とても身動きが取れない。そこで、近くに住む私に、2日の昼にでも寄って来てくれというわけです。私が彼の叔母さんの家に行くのは、それが2度目でした。その家は、典型的な稲作農家で、かつてはイ草の栽培もしていたそうです。
家に行ってみると、義男君の叔母夫婦の他に、父の兄にあたる伯父が来ていました。その伯父さんに会ったのは、このときが初めてでした。伯父さんが、話を切り出しました。
「あなたが合田先生ですか。義男が、世話になっております。義男の父、まあ、私の弟じゃが、事故で死んでしもうて、お母さんのもとで暮らしよったけど、先生もご存知の通り、母もなくなってしもうて、くすのき学園に預けることになった。義男と愛美には、本当に申し訳ないと思っておるが、私ら夫婦も、妹夫婦も、二人を引取れなかった。その結果、くすのき学園さんには、大いに迷惑をかけた。愛美はまだ小5じゃけど、義男は、もう中3でしょう。職業訓練校の入試に向けて頑張っておると聞いた。この際じゃが、私、大工をしておりまして、そこで早速、修行してもらいたいと思っている。小さいながらも、会社組織にしている。少しでも働いてくれるなら、どんな仕事内容でもいい、中学卒業後は、うちで働きながら、自活できるようにしてやりたいのじゃ。というより、うちもそれなりに忙しいから、なんか手伝ってくれるだけでも、ホンマ、助かる。職業訓練と称して仕事ごっこをして遊んで貰っとる場合じゃないのですよ、うちはね」
そう言って、伯父さんは名刺を私に差し出しました。
「有限会社三宅建設 代表取締役 三宅卓三」
名刺には、倉敷市内の事務所兼自宅の住所が書かれていました。
「本来この子は、東京に出た私の兄に似て、賢い子じゃ。それがまあ、こんな形になったのは、もったいない限りである。別にくすのき学園さんを責める気はねえが、将来的には、高校卒業の資格は最低でも取らせてやりたい。もっと言えば、大学まで行ってくれてもいいと、私は思っています。本来、高校ごときで終わる子ではありません」
しかし、そういう話になると、仮に担当だったとしても、一保母の私の一存で決められる話じゃないです。その場で電話を借りて、稲田園長に相談しました。
「そうかな。それじゃあ、今からそちらに向かってもよろしいか?」
伯父さんたちに異存はありませんでした。それから1時間ぐらいして、稲田園長はタクシーで叔母さんの家に到着しました。彼の担当の豊島先生は、正月に残っている子どもたちの世話があるため、くすのき学園に残っていました。
「それなら、義男君の進路について、ひとつ、提案があります」
稲田園長は元校長らしく、教育制度にのっとって提案してきました。
義男君を通信制高校に通わせるというのは、どうでしょうか?
これなら、毎週日曜日に学校に行く必要はありますが、きちんと勉強してレポートを仕上げていけば、最短で4年後には、高校を卒業できます。4年で無理なら、休学をはさんで、もう何年か時間をかけて、ゆっくり卒業してもいい。
岡山のS高校は、大学合格実績の高い全日制の普通科だけでなく、通信制過程もあります。そこでしたら、倉敷からでも十分通えます。もし大学にというなら、大学入学資格検定という制度もあります。
これを受検して合格すれば、高3の年以降大学の入学資格を取得でき、その資格で大学を受験して合格すれば、大学に入学できます。
A高校で地理を教えている斉木先生という方がおられますが、この方は、台湾から終戦後引揚げてきて、仕事をしながら、大検を取得してO大学の文学部を卒業されたそうです。味のある先生でしてね、生徒からも人望厚い方です。教え子でA高校に行って斉木先生に教わった子らは、みんな、いい先生だと異口同音に言っておりました。
「なるほど。そういう制度もあるのですね・・・」
「こういう情報をきちんと揃えて、できることを探すことが肝要です。将来的にどうしていくかは、これからじっくりと考えて参りましょう、今日に今日で決めなければいけないものでもない。皆さんも、しっかり考えてやってください。それから、今日こちらに伺っている保母の合田は、今年は義男君の担当ではありませんが、昨年担当していました。今年は、小学生の女子中心で、妹の愛美さんを担当してもらっております。合田は、本当に、よくやってくれています。何かありましたら、彼女を通して連絡させていただくこともありますので、どうぞ宜しくお願い致します」
「わかりました。今後ともよろしくお願いいたします」
義男君は、正月明けの5日、くすのき学園に戻ってきました。その日、私もくすのき学園での勤務がありました。
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