第88話 下見
「なあ、紫穂里。なるべく早く挨拶に行きたいんだけど、いつならいいか聞いといてくれる?」
プロポーズをした翌日。
宣言通り、紫穂里を抱き枕にベッドで寝た。
「……うん。聞いて、おくね」
やはり紫穂里も一筋縄ではいかないことは覚悟しているらしく、その表情が曇る。
もし反対された場合、紫穂里はどうするのだろう? 会社を継ぐことを諦めて俺についてきてくれるのだろうか? それとも……。
洗い物を終えた俺はソファーに座る紫穂里の前でしゃがみこんだ。
「もしもの場合。紫穂里はどうする? 俺はもう覚悟は決めた。だから、紫穂里もちゃんと考えておいてね」
可能性があるからこそ、紫穂里にはしっかりと準備をしておいてもらいたい。
「もう、ずっと前から決めてるよ? 私はずっと陣くんと一緒にいるよ? だから、ずっと離さないでね?」
俺の首に両手を回して抱きついてきた紫穂里は、その覚悟を証明するかの如く、強く抱きついてきた。
「一回で認めてもらえるとは思ってないよ。だから、俺たちも慌てずに話をしよう。もしものときは紫穂里はいろいろ諦めなければいけないことがあるけど……、その以上に幸せにするから。後悔だけはさせないから、な」
反対を押し切る形になってしまえば、家族も仕事も失ってしまう紫穂里。それを承知でついてくると言ってくれてるんだ。俺が頑張らなくてどうする!
「うふふ。陣くんのお嫁さんになることは、私にとって1番叶えたい夢だよ? 他の何を無くしたとしても構わないよ? だから私に変な気を使わないでね? 夫婦になるんだもん。遠慮はなしね」
イタズラっぽく俺を見上げてくる紫穂里は、学生の頃のような無邪気な表情をしていた。
「ん。紫穂里の決断を後悔させないようにしないとな。とりあえず紫穂里。今日はどうする?」
俺の胸に顔を埋めながらも、時折「ふふふ」と笑い声を上げている紫穂里は相当、機嫌が良いらしい。まあ、そうでなければ困ってしまうんだけどな。
「うん? 今日? そうだね〜、……っあ!」
顔を上げてしばらく考えこんでいた紫穂里が上半身を起こして、ガバッと床ドンをしてきた。
「陣くん! 式場! 下見に行きたい!」
「ああ、式場ね。あれって予約とかなくても大丈夫なのか? ちょっと調べてみるか」
紫穂里ごとベッドから起き上がると、タブレットを起動させて『結婚式場 見学』と検索をした。
「う〜ん。やっぱり予約が……、あっ、待って」
検索サイトに戻り『ワオン 結婚式』と検索し直すと、ワオンの結婚支援サイトが表示された。
「あっ、陣くんの会社、結婚式もやってるんだ。へぇ〜、……あっ! 陣くん! ここすごくオシャレ!」
紫穂里がスクロールさせていた指を止めて、式場の名前をタップすると、白を基調とした式場が海辺に映し出されていた。
「たしかに、白の建物に空と水の青を差し色にしてるんだな。見学は……、披露宴をやってなければできるみたいだけど、人気ありそうだよな。ちょっと聞いてみるか」
サイトに記載されていた番号に連絡すると、やはり事前予約が必要と言われたので、次回の俺の土日休みに再度予約をすることにした。
「なあ、せっかくだから外観だけでも見に行ってみないか?」
「うん! 式の様子も見れれば想像しやすいしね」
すでに紫穂里の頭の中では俺たちの式が進行されてるようで、目を瞑りながらニコニコとしている。
「そろそろ誓いのキス?」
不意打ちで後ろからキスをすると、現実の世界に戻ってきた紫穂里がびっくりした表情で後ろに飛び退いた。
「びっ、びっくりした〜! も〜! せっかくステキな式場でキスしてたのに〜」
「いやいや。現実でいいでしょ? それとも俺は妄想の中の俺に嫉妬しなきゃいけない?」
腰に手を当てプンスカしている紫穂里に苦笑いすると、「むぅ!」と口を尖らせて不貞腐れたフリをする。
「そうです! 陣くんはいっぱい嫉妬して、いっぱい私を可愛がってくれなきゃいけないの!」
「むぎゅ〜」と言いながら抱きついてくる紫穂里。今日は普段よりも甘えてたさんみたいだ。
「了解。帰ってきたらいっぱい構ってあげるから。とりあえず出かけようか?」
♢♢♢♢♢
「あ〜! やっぱりキレイだね〜」
式場を見た紫穂里が感嘆の声を上げる。
曇天模様なので最高のロケーションとまではいかないが、白い建物とそれに繋がる大階段は特別な空間を演出していた。
「あの階段の上からブーケトスすると、下の池に誰か落ちそうだよな」
階段の両サイドから水が流れ落ち、下の人工池に繋がっている。足元が疎かになりがちなブーケトスで何人が痴態を晒すことになるのだろう。
「私も後ろ向きで思いっきり投げた勢いで落ちないように気をつけないとね」
やはり紫穂里の中ではすでにこの式場で確定しているようだ。
「その時は俺が支えてるから大丈夫。でも池に落とさないようにしないとな」
「だね」
式場を見ながら、自分たちの結婚式を思い抱く。
シルバーのタキシードに身を包んだ俺は、祭壇の前で紫穂里を待つ。やがて大きな扉が左右に開かれ、海を背景にしたウェディングドレス姿の紫穂里が姿を表す。ヴェール越しでもわかるほどに潤んだ瞳で俺を見つめている。隣でエスコートしているお父さんは仏頂面。それでも愛しい娘のためにバージンロードをゆっくりと歩いて———
「……くん? 陣くん? 大丈夫? さっきから読んでるのに心ここにあらずだったよ? ……ひょっとして、私たちの結婚式を想像してたのかな?」
力強く腕に抱きついてきた紫穂里が、上目遣いで茶化してくる。まあ、事実なのでぐうの音もでないってやつだな。
「はいはい。さすがに俺のことをよくわかってるね。ウェディングドレス姿の紫穂里に見惚れてたよ」
両手を上げ降参をアピール。
「想像で見惚れてくれたんだ。……ふふっ。ありがとうね。私も実はタキシード姿の陣くんを想像してたりするんだけど、ね」
たまたま紫穂里の方が先に現実に戻ってきてただけみたいだ。
「現実にするためにも、まずは紫穂里のご両親に認めてもらわないと、な」
「……うん」
俺たちも、ここで主役になれるように。
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