第61話 幸運の女神
「陣、いる?」
お母さんの出張土産を持って西家にやってきた私は、大会真っ只中の陣の陣中見舞いをしようと、陣の部屋を訪れた。
「寝てる」
寝てるって、ちゃんと答えてるじゃん。
「入っていい?」
付き合ってるときは返事など聞かずに突入していたけど、いまの私は陣の許可がないと入ることはできない。
「寝てるって」
寝てるって言うなら返事しなければいいのに。まあ、その場合は確認のために開けちゃうけどね。
「もうっ、お母さんからのお土産持ってきたから一緒に食べない?」
「……」
無視されちゃった? そんなにしつこかったかな? 少し前までなら落ち込んでたけど、最近ではちょっとくらい強気になってもいいんじゃないかな? と思うようになっている。
陣を傷つけてしまったことは反省しなきゃいけないし、これからも背負っていかなきゃいけない私の罪。でも、それと卑屈になるのは違う。せめて、友達の関係にはなりたい。だったら対等な関係を築いていかなきゃ。
「ふ〜、陣。開けるよ?」
返事がないので扉を開けると、陣はPCの画面に魅入ってるみたいだった。
えっ? まさかエッチな動画? それなら私が代わりに……、なんてことを考えながら画面を覗き込むとそこにはサッカーの試合の動画が映し出されていた。
「ちかっ!」
陣の肩越しに画面を覗き込んでいたせいで、私に気付いて横を向いたその顔は、少し動くだけでキスできるくらいの距離だ。
「あっ、あははは。ダメって言われなかったから入ってきちゃった」
少し距離を取り、陣にお土産のチョコレートを手渡す。
「お、おう。サンキュー」
とりあえず、早々に追い出されないように会話を続けなきゃ。
「ねぇ、この人ってセルヒオ・ラモスって人だよね? 昔の? 随分若く見えるんだけど……」
いまは確かヒゲがモジャモジャだったんじゃないかな?
「おう、セビージャ時代のだからな。屈強なセンターバックってイメージが強いけど、サイドバックで出場した時の攻撃参加は迫力あるぜ」
サッカーの話になると私相手でも饒舌になるみたい。
好きなことを笑顔で話してくれる陣が好き。無意識に私に向けてくれる笑顔が眩しくて……、うれしくて……、やっぱり好きだなって意識してしまう。
「どうした?」
俯いてうれしさを噛み締めていると、陣が心配してくれた。
「ううん。ねっ? チョコレート美味しかったよ。陣も食べてみてよ」
なるべくこの雰囲気を壊さないような会話って考えて出た答えがこれ……。
我ながら情けないなぁ。
「ああ、おばさんにお礼言っておいてくれ。って顔合わせたら自分でも言うけどな」
陣にとっては他愛無い会話だったかもしれないけど、頼まれごとをされたみたいで、なんだかうれしいな。
「うん、……伝えるね」
この時間が、ずっと続けばいいのに。そんなことを思うけど、きっとイメトレしてたんだろうな。これからも、こんな時間を共有できるよね? だって……、私たち幼馴染だもんね?
♢♢♢♢♢
薄氷を踏むようなハラハラする展開の試合もあったが、俺たちはなんとか県大会決勝まで駒を進めることができた。
決勝の相手は、さと兄の母校の愛和高校。
選手権には過去15回の出場し、最高順位は愛知県勢でも最高の準優勝だ。まあ、それもはるか昔のことだけど。
「決勝の相手の愛和はとにかく裏を取られないようにしろよ。特にフォワードの宮町は要注意だ」
愛和高校のエース、
「よかったな陣。宮町を抑えたらお前も代表クラスだ」
人ごとだと思いやがって、帯人が俺の肩に手を回しながら笑っている。
「人ごとじゃねえからな。あの人、中盤までおりてきて組み立てにも参加するからお前がマークすることだってあるんだからな」
軽口を言う帯人の手を払い除けながらも、ニヤニヤしている親友に続けた。
「でも、プロも注目の選手だ。当然スカウトもくるんじゃないか? 噂では海外からも注目されてるみたいだから決勝で俺たちが勝てば……」
「スカウトの視線を釘付けにする必要があるって訳だな」
顔を見合わせながら悪い笑みを浮かべる。
「だな。しっかりと目立てよエース」
期待に応えるのがエース。
帯人はそうやって自分を奮い立たせながらピッチに立っている。もとから俺たちは注目されているわけではないのだからプレッシャーを感じることもないだろう。
あるのはチャンスだけ。
「「幸運の女神は前髪しかない」」
考えてることは一緒だったみたいだな。
「待ってたらチャンスは逃げちまうぞ」
帯人がドンと俺の胸を叩く。
「自分から掴み取りに行けよ」
俺も帯人の胸を叩く。
俺たちはチャレンジャーなんだから全力でぶつかるだけだ。
「何、青春してるの?」
いつの間にかそばにきていた紫穂里が笑いながらしゃがみ込んできた。
「ん? 陣に幸運はいつまでも待っててくれないぞって教えてやってたんだよ」
な? と言うと帯人は俺の肩を叩いて部室に戻って行った。
「幸運の女神さまか〜」
紫穂里はそう呟きながら俺の隣にずりずりと移動してきた。
「ちなみに癒しの女神さまはどうなんですかね?」
紫穂里の顔を覗き込みながら聞いてみると、右手を顎の下に添えながら「う〜ん?」と考える素振りをする。
「うん。癒しの女神さまもチャンスを掴みにきて欲しいんじゃないかな?」
俺の肩にトンと頭を乗せた紫穂里が惚けた表情で言ってくる。
「だってね? 女神さまってことは女の子なんだよ? やっぱり男の子からきてもらうとうれしいんじゃない?」
「だね」
薄暗い空の下、紫穂里の体温を感じながら俺は練習で疲れた身体を癒してもらった。
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