第60話 全国に行こうな

「お疲れ様! とりあえず第一関門突破だな! みんなしっかりと身体のケアしておけよ」


 地区大会を危なげなく勝ち進んだ俺たちは、県大会への出場権を獲得した。


「陣くん、足大丈夫? さっきちょっと引きずってたよね?」


 タオルの上からふくらはぎをマッサージしてくれてる紫穂里が、心配そうに顔を覗き込んできた。


「あ〜、うん。痛みじゃないから。ちょっと攣りそうつりそうだったから慎重になってた」


 県大会用にいくつか試してみたいドリブルがあったので、欲張った結果が足にきたという訳だ。


「スタミナ配分も必要なスキルだぞ。サイドアタックはうちの生命線だからな。しっかりと頼むぞ」


 着替えを済ませた中西先輩が乱暴に俺の頭を撫で回す。


「あっ! 中西くん。陣くんの頭を撫でていいのは私だけだからね」


 人差し指を左右に振りながら、紫穂里は中西先輩にイタズラっぽく文句を言う。


「おっ! 有松〜、彼女気取りか?」


 中西先輩も冗談っぽく紫穂里をにいく。 

 

 ここは俺もノるところか?


「やめてください中西先輩。彼女じゃなくてもなんですから」


 紫穂里を庇うように右手をスッと横に出すと、中西先輩は「おっ?」と呟き、俺に笑顔を向けてくれた。


「なんだよ陣。俺、結婚式呼ばれてねぇぞ」


 うつ伏せで静に背中を押してもらっている帯人もニヤニヤとしながら声を掛けてくる。


「……つ、妻? 妻って奥さんってことだよね?」


 1人、ノリきれずに素に戻ってしまった紫穂里が俺の右腕をギュッと握った。


♢♢♢♢♢


 県大会初戦。


 コンディションも気合いも十分。そして朝から紫穂里には謎のパワーを注入された。


「いいなお前ら! 新人戦のリベンジマッチだぞ! 今度は初戦だ! サクッと勝って体力温存しようぜ!」


 中西先輩の檄が飛び、新人戦決勝で敗れた城西高校との初戦が始まる。


 序盤からお互いにオープンな打ち合いの展開になり、攻守が目まぐるしく変わる。俺は相手のエースを抑えつつ攻撃参加をしなければならないので、植田先輩と南雲先輩と連携を取りながら相手のパスコースを寸断していく。


「西! 守備に気を取られ過ぎだ! もっと攻撃に絡んでこい!」


 ハーフタイムに監督から檄が飛ぶ。少し消極的になってたのかもしれない。


「カバーは任せろ。お前のウリは攻撃力だろ? 一発かましてこいよ」


 植田先輩から背中にバシッと気合いを入れられる。


「あ、陣。一発かますのは相手ゴールで紫穂里ちゃんにじゃ———」

「セ・ク・ハ・ラ! 彼女さんに言いつけるよ!」


 帯人の下ネタに、紫穂里がスコアブックを頭に落とした。


「イタッ! ちょっと紫穂里ちゃん! 地味に痛いんだけど?」


「んっ? 誰が悪いのかな?」


 硬直状態で重苦しかったベンチの雰囲気がいくらか和らいだ。


「よし、後半やることはわかってるな? 点を取らなきゃ勝てないんだ。形にこだわるな。力づくでもいいから点取ろうぜ!」


 円陣を組み、中西先輩がみんなに声をかける。疲れた身体を奮い立たせてピッチに向かう途中、みんなに声をかけている紫穂里と『パン』とタッチを交わす。


「行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 前だけを見てサイドラインを跨ぎピッチに入る。相手チームはすでに準備万端だ。


『ピー』


 後半のはじまりを告げるホイッスルが吹かれ、下田が軽く前川先輩にパスをする。


「ディフェンス! 距離コンパクトに! 全体で押し上げろよ!」


 最後尾からの指示に耳を傾けながら、俺は1.5列目にいる帯人に視線を移す。

 

 ハーフタイム中のこと、最初の5分で勝負をかけるぞと声をかけられていた。

 帯人はその言葉通り、前半からポジションを一つ前に上げている。


 もちろん、相手もそれに気づき帯人にボールが渡る前に素早くマークにつこうとしていた。まあ、それこそがフェイクなんだけどな。前川先輩からの帯人へのパスを途中でカットしたのは南雲先輩。そこから左サイドの東野にボールが渡る。


「上がれ!」


 ディフェンスラインをハーフラインまで押し上げてコンパクトな陣形を保つ。

 逆サイドでは東野が岡部とポジションを入れ替えながら、サイドを駆け上がっていく。


 ゴール前にはツートップが待ち構えているが、高さで勝るのは相手チーム。

 中央ペナルティエリア手前でボールを受け取った帯人がサイドステップでディフェンスに揺さぶりをかけていくが、相手も簡単には釣られてくれない。


「ちっ! 陣!」


 サイドライン際を駆け上がり帯人からのパスを待つが、俺はあくまで囮。

 クライフターンでディフェンスを引き離し前線の下田にスルーパス。


「っと!」


 半身で受けようとした下田だったが、ディフェンダーに弾き飛ばされてボールは右サイドの俺の元に。

 

「西!」


 ディフェンダーを引き連れながらゴール前に迫る前川先輩にアーリークロスを入れるが、ディフェンスに引っかかり、ボールはコースを変えてキーパーが飛び出そうとしているゴールへ。


『パサッ』


 クロスがディフェンスに当たりコースが変わることなんてよくあることだが、まさかそのまま入るなんてな。


「よしっ!」


 思わずガッツポーズを取るが公式記録はオウンゴールだろうか?


「ナイス! ラッキーゴール!」


 下田が笑いながらハイタッチを要求してきたので、俺もそれに応える。


「なんでもいいわ。それより、攻め気なくすなよ」


 まだまだ試合時間は十分にある。受けに回って流れごと渡してしまったら元も子もない。


「よし! 西の言う通りだ。もう一点獲って突き放すぞ」


 残り時間、俺たちはコンパクトな陣形とパス中心のポゼッションサッカーに移行して相手に主導権を渡さなかった。


『ピッピー』


 長いホイッスルが鳴り試合終了が告げられる。


「ありがとうございました」


 県大会初戦は新人戦決勝のリベンジを果たした俺たちの勝利で幕を閉じた。


「お疲れ様」


 試合後、紫穂里はいつもと同じように笑顔で俺を出迎えてくれた。


「うん。紫穂里もね」


♢♢♢♢♢


  学校からの帰り道。勝利したとは言え緊迫した試合後の疲労感はなんとも言い難いものがある。


「つっかれた〜。プレッシャーも半端なかったよ。それでもまあ、勝てて良かったよ」


 うれしいという感情よりもホッとしたと言う方がしっくりくる感じだ。


「今日も走り回ったもんね。疲れはちゃんと癒してあげるからね」


 ためらいもなく、スッと身体をよせてくる紫穂里。日が暮れるのが早くなってきたとはいえ、まだ景色はオレンジ色のままだ。こうやって寄り添って歩けば他人の視線を集めてしまう。

 

 まあ、それでもいいかな?


 小さな右手を握りしめると、温もりに包まれる感覚に陥る。


「……紫穂里」


「んっ?」


 見上げた紫穂里の唇にそっと唇を重ねる。紫穂里とのキスは初めてではないが、俺からは初めてだったはずだ。


「……陣くん?」


 大きく目を見開いた紫穂里は驚きを隠せない様子だ。


「全国行こうな。だから、その時は……、うん。その時にまた言うな」


 を期待していた紫穂里は不満顔。ジト目で俺を見つめてくる。


「ここでお預けってずるいよ?」


 ドンと肩をぶつけて抗議をしてくる紫穂里だが、じゃれついてるだけなので痛くもなんともない。


「癒してくれるんでしょ?」


 イタズラっぽく笑うと、紫穂里から鋭いカウンターを食らったのは言うまでもない。


 

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