第58話 栄北祭 2日目

 栄北祭2日目のメインイベントと言えば、ミスター&ミス栄北コンテスト。自薦他薦で選ばれた男女各5人の中から生徒及び一般投票により選出される。


「なあ帯人。お前こんなとこにいていいのかよ?」 

 

 クラスの出し物『猫カフェ』のキッチンスペースでミスターコンテストに他薦で選ばれた帯人がアイスコーヒーをストローで飲みながら久留米が上がるのを待っている。

 2日目の今日は、俺と久留米は朝一から11時までのシフトを組まれていた。


「今日こそは朱音と文化祭デートするんだよ」


 昨日は久留米と時間が合わずに、一緒に文化祭を回ることができなかったらしい。今日は誰にも邪魔されないように早くからスタンバッてるって訳だ。


「それはわかったけどさぁ。お前クラス違うのによく堂々としていられるな」


 はぁ? っとでも言いたげな帯人だが、お前は隣のクラスだろ? 堂々とし過ぎで誰も気にしていない。


「いや、お前。それブーメランだろ? なんで紫穂里ちゃんと紬ちゃんがいるんだよ?」


 それは誰もが思ってることさ。さっきから周りの視線が突き刺さってるってことは自覚してるぞ?


「私も陣くんが終わるのをおとなしく待ってるのよ」


 右を見るとおとなしく椅子に座ってアイスティーを飲む紫穂里。こちらも当たり前のように堂々としている。

 それに対して左側で座っているつむつむは居心地が悪そうだ。それもそのはず、上級生の中に単身で乗り込んできたのだから気後しているのだろう。


「せ、先輩。私もおとなしく待ってますから、終わったら2文化祭周りましょう、ね?」


 ああ、つむつむが口撃するから。

紫穂里の眉がピクッと動いたじゃないか。


 帯人とは違い、紫穂里とつむつむにはクラスメイトがお近づきになろうと何度か話しかけようとしている。

 

 まあ、誰一人として成功していないけどな。 

 

 紫穂里はニッコリと微笑み華麗に躱し、つむつむは危険を察知すると俺に話しかけて隙を作らない。


「だって陣くん。昨日は他校のきれいな子たちを案内してたもんね。今日は一緒に文化祭デートを楽しもうね」


 表情こそ笑顔だが、その言葉には若干刺が含まれている。

 

 昨日の自由時間は妙と妙の友達と一緒に文化祭を回った。

 他校のきれいな子が歩いていれば目立つもので、その情報は紫穂里とつむつむの耳にも届いたようだ。


 紫穂里には昨日の学校帰りに質問攻めにされ、今朝はつむつむにギュッと抱きつかれた。


『バンッ!』


 静かな修羅場が展開されようとしている教室の扉が荒々しく開かれた。


「い、いた!」


 入ってきたのは『実行委員』という腕章をした女生徒だった。


「唐草くん! 有松先輩! 大島さん! 3人とも集合時間とっくに過ぎてます。早く体育館に来てください!」


 膝に手をつきながら肩で息をしている実行委員さん。あまりの姿に思わず水をいっぱい渡してしまった。


「はあはあ。あっ、ありがとう」


 水を一気に飲み干した女生徒は、息を整えてつむつむの前に立った。


「さっ、大島さん。行きますよ」


 まずは後輩から連れ出そうとするあたり、なかなかの手練れなのかもしれない。


「わ、私はこの後、先輩とデートの予定です」


 素早く俺の背後に回り込むつむつむ。

おかげで俺に被害が飛び火することになり、なぜか女生徒に睨みつけられる。


「それは残念だったね、大島さん。陣くんのことは私に任せて、あなたはミスコンに行ってきて———」

「有松先輩もです!なにを人事みたいに言ってるんですか!」


 いつの間にか教室内には腕章をつけた実行委員の女生徒が4人増えており、紫穂里とつむつむは強制連行されて行った。


「はっ! 唐草くんがいない!」


 紫穂里とつむつむが連れて行かれる混乱に乗じて帯人は教室を抜け出していたのだ。


「どうしたの?」


 ちょうどそのタイミングで交代時間になった久留米がバックヤードに戻ってきたので、事情を説明。


「朱音? デートは体育館よって彼氏に連絡して!」


 実行委員さんは久留米の友達だったらしく、苦笑いを浮かべながらも、久留米は帯人を呼び出して2人仲良く体育館に向かったようだ。


「西!交代だぞっ!」


「おうっ!」


 フリータイムが訪れたときには、結局俺の周りには誰もおらず、1人で校内をブラブラしようと教室を出たところで、同じように隣の教室から出てきた京極と目が合った。


「あっ」


 目を見開いた京極が、小走りで近づいてきた。


「お疲れ様、陣。今から休憩?」


 遠慮がちに聞いてくる京極の姿に、去年とのギャップに軽く戸惑った。


『陣!  早く早く! 2年で占いやってるクラスがあるんだって!愛情占ってもらおうよ!』

『やっぱり焼きそばとフランクフルトは外せないよね!』

『あははは、ミスコンに推薦されちゃった』


 ……あの頃、俺たちの未来がこんなふうになるなんて想像すらできなかった。きっとそれは俺たちだけじゃなくて、周りもそう思ってたんじゃないかな?


「ああ、部室で昼飯」


 部室に行くまでに焼きそばでも買っていけばいいだろう。たしかかんざしのクラスがやってたはずだ。


「あっ、それならさぁ。一緒に焼きそばでも食べない? 1年のクラスがやってるよ」


 一緒に、か。


 なぜだろう。今日はやたらに去年のことを思い出す。なぜか感情的になってるな。


「……いいぞ」


 なぜ、そんな答えを出したのか自分自身わからない。でも、その時の京極の表情はよく見た幸せそうな笑顔だった。


♢♢♢♢♢


「さぁ! 今年のミス栄北コンテスト! 美少女揃いの中でも注目なのがライバル対決だ!」


 やたらとテンションの高い司会者に、ステージ上の候補者は引き気味だ。


「まずはエントリーNO.1、サッカー部が誇る"癒しの女神"こと3年C組、有松紫穂里ちゃんだ!」


 完全にやる気のない紫穂里は苦笑いのまま軽く頭を下げた。


「さてさて、続きましてはエントリーNO.3、テニス部のクールビューティー! 昨日今日はキュートな黒猫だった2年B組、久留米朱音ちゃん!」


 こちらも軽く会釈をするだけ。


「うぉぉ〜! 朱音〜!」


 隣にいるミスター栄北の歓声がこだますると、久留米は慌てて両手で制した。


「さぁ! それではトリを飾るのは彼女だ! バレー部に舞い降りた我らが天使エンジェル、1年B組、大島紬ちゃんだ!」


 なぜだろう。司会者がつむつむ寄りの紹介をしたように思ったのは俺だけだろうか?


「さてさて、それでは少しインタビューをしていきたいと思います。まずは大島さん!」


 司会者がマイクを持って近づいた瞬間、試合さながらの動きで久留米の背後に隠れたつむつむ。

 男が苦手なのは継続中だ。


『かわいい〜!』


 みんなは知らないから仕方ないが、あれは本気で怖がってるからやめてやってくれ。

 俺はステージに近づき、そでに控えていた女子の実行委員に声を掛けた。


「あっ、うん。教えてくれてありがとう」


 つむつむにしてもクラスの実行委員のお願いを断りきれなかったんだろうな。


 話しかけた実行委員さんは本部に話をしてくれたらしく、ステージ下でデカデカと『候補者に近づくな!』というカンペを出してくれた。


♢♢♢♢♢


「よっ! ミスター&ミス栄北!」


 まんざらでもない様子の帯人と、嫌そうな久留米。


「良かったじゃないかカップルで選ばれて」


「まっ、順当な結果だな。来年の学校案内は俺たちが表紙って訳だな」


 文化祭で選ばれたミスター&ミス栄北は副賞として翌年の学校案内のモデルを務めることになっている。


「いくら帯人とだからって、恥ずかしくて嫌!」


 久留米に同情してしまうのに、


「まっ、綺麗にツーショット撮ってもらえたし、いい思い出になったな」


 帯人はどこまでもポジティブだった。

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