第57話 栄北祭 1日目
「西くん!コーヒーとオレンジジュースね」
「了解」
ホール担当のクラスメイトが伝票を机の上に並べていく。俺たちキッチン係、まあ、ペットボトルから紙コップに注ぐだけですけどね? 伝票と一緒にお盆の上に乗せてホール担当の『子猫ちゃん』たちに渡す。
「おーい、クロネコ久留米。3番テーブル持って行ってくれ」
空いた紙コップを持って戻ってきた久留米を呼ぶとしかめっ面で近づいてきた。
「なんで西くんはそっちなのよ!」
「仕方ないだろビジュアル重視なんだから。ほい、溢さないようにな」
下げてきた紙コップと交換で注文の品を手渡した。
本日は第28回栄北祭の1日目。
俺たちのクラスは男子の圧倒的な賛成で『猫カフェ』をすることになった。
ホール担当は猫耳のカチューシャと尻尾をつけるルールで服装は自由。ちなみに久留米は普段の制服にフリフリのエプロンという格好だが、パンケーキ注文のお客限定でお気に入りの子猫ちゃんと2ショットを撮れるという特典では人気ナンバー1を獲得している。
「もう! 理不尽だな〜。男子のホール担当なんて4人しかいないじゃない」
それはまあ仕方ないことだ。
やはり人目につくところにはそれ相応の人員を配置するべきだと思うぞ? ちなみに帯人は朝一でやってきてパンケーキを3個頼んでいた。残念ながらいくつ頼んでも2ショットはお一人様1日一回まで。事前に教えておいたのに文句言ってたな。
「野郎が猫になっても需要がないんだから売り上げに繋がらないだろう。イケメンに限るってやつだ」
担当が決まってから毎日のように俺に愚痴っていた久留米は、真っ先にホール担当が決まっていた。
「西くん目当てに間違いなく3人は来るじゃない! ひょっとしたら隠れファンだっているかも知れないじゃない!」
まあ、コスプレ関係なく紫穂里やつむつむ、かんざしやお絹は来てくれるだろう。それにサッカー部の連中も来てくれると言っていた。特に奥本と釜寺の鼻息が荒かったのは帯人には言えない。
「まあ、知り合いは普通に来てくれるだろう。だからそんな格好しても意味ないんだよ」
「ちょっと朱音に西くん! 忙しいんだから痴話喧嘩はよそでやって頂戴!」
痴話喧嘩って。別に俺たち付き合ってないんだけどなぁ。
なぜかクラスメイトの一部から俺たちはワンセット扱いされることがある。まあ、席は近いしよく話すからな。
「あっ、ごめんね!」
久留米は慌てて向きを変えようとして、足をもつれさせてしまった。
「あっ、キャッ!」
危うく右肩を床に強打するところだったが、伸ばした左手でなんとか久留米の身体をキャッチできた。
「あっぶな〜、慌てるなよ。怪我するぞ?」
突然のことに理解が追いついていない久留米を立たせて、頭上にチョップを落とす。
「キャッ」
「戻ってこ〜い。ほれほれ、怪我してないだろ? 働かないと
ハッとした久留米がようやく理解が追いついたらしく、顔を赤くしてパタパタと接客に戻って行った。
♢♢♢♢♢
「いらっしゃいませ」
びっくりした〜! 転ぶと思った瞬間に西くんに抱きとめられたんだもん。一瞬ドキッとしちゃったよ。その後のチョップはいただけないけど、さりげなく助けてくれるのは西くんらしいなぁ。
「朱音〜! 4番さんオーダーお願いできる?」
「了解」
気を取り直して私は4番テーブルに向かった。
「おまたせしました。ご注文をどうぞ」
私服姿の私と同じくらいの年の女の子3人組み。私はそのうちの1人になぜか既視感を感じていた。
「私はカフェ・オ・レ。こっちの子はオレンジジュース。妙は決まった?」
「あっ、うん。アイスティーをお願いします」
その名前に思わずまじまじと顔を見てしまった。間違いない彼女だ! いつもコートで見るポニーテールじゃないけど桐生妙さんだ。
「あ、あの?」
「あ、すみません。カフェ・オ・レとオレンジジュースとアイスティーですね。少々お待ち下さい」
いけないいけない。怪しい人だと思われちゃう。
ついつい見すぎてしまったことを反省しながらオーダーを通しに行こうとすると桐生さんに呼び止められた。
「あ、すみません。陣くん……、えっと西くんいますか?」
「ふぇ?」
♢♢♢♢♢
「よう、いらっしゃい妙」
さらっと名前呼びをする西くん。さっき桐生さんも名前で呼んでたことからも2人の仲がうかがえる。
「お疲れ様、陣くん。接客じゃないんだね」
「当たり前だろ。俺があんなのつけても似合わないだろう」
私の頭を指差しながら西くんは苦笑いを浮かべている。
「そうかな〜? 案外似合うかもよ?」
2人の雰囲気はなんと言うか、まるで付き合いの長い恋人同士みたい。
「ね、ねぇ西くん。桐生さんと知り合いなの?」
「あれっ? 新人戦の時に言わなかったか? 同中でいまは一緒にバイトやってるんだよ」
「き、聞いてないよね?」
そうだったか? と首を捻り西くんは私のことなどお構いなしに桐生さんと話してる。
「あっ、陣くん。同じ部活の
「西です。よろしく」
西くんは軽く挨拶をするとクルッと私の方を向いて手招きをした。
「妙。同じクラスの久留米だ」
至ってシンプルな紹介。もう少し言い方ないのかな?
「うん、知ってるよ。新人戦でも当たったし、中総体でも当たったよね? こうやって話すのははじめましてだね。桐生妙です。よろしくお願いします」
「あ、久留米朱音です。覚えててくれたんだ。新人戦なんてあっさりと負けたのに」
私のことなんて眼中にないと思ってた。
「新人戦の時は負けるわけにはいかなかったから」
肩をすくめて小さく舌を出した桐生さんが、西くんをチラッと見る。
うん、やっぱり怪しい。
一つわかったのは桐生さんが西くんに好意を抱いてると言うこと。たぶん本人も隠すつもりもないんだろう。その証拠に友達2人もクスクスと笑っている。
「えっと、西くん。後でいろいろ聞きたいことがあるから覚悟しておいてね。そして桐生さん。今度は簡単に負けないから。また、試合できるように頑張るね」
宣戦布告した私に、桐生さんは優しく微笑んでくれた。
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