第55話 うらやましい

「お疲れ様でした」


 連日のバイトで少々疲れが溜まっていた俺は、妙と一緒にショッピングモールにきていた。


「陣くん、最近バイト入れすぎじゃない? 人手不足だからって無理しちゃだめだよ?」


 先月、パートの阿武さんが腰を痛めて戦線離脱してしまったために、無双庵では人手不足問題が発生してしまっていた。これまでは多くても週4日のシフトを組んでいたのだけれど、店長に頼まれたのと個人的な都合も相まって先週と今週は週6日のシフトを入れさせてもらっていた。


「まあ、稼げるときに稼いでおかなきゃな。あとは宝くじでも当ててデザイナーズマンションでも買いたいな」


 なんて現実離れした夢を口にする。

 買わなきゃ当たらない宝くじ。

買っても当たらないので買いませんけどね。


「……陣くん」


 隣を歩く妙が呆れた表情で顔を覗き込んでくる。


「冗談だよ、デザイナーズマンションは将来的な夢だけどな。結婚したら住んでみたいなって思ってるんだよ」


 昔は白い壁の一軒家で白い犬を庭で飼ってとか思っていたけど、最近では雑誌でみたデザイナーズマンションなんていいな、なんて思っている。


「ふ〜ん。マンションか〜。……いいかもね」


 口元に人差し指を当てながら何かを考えてる妙がニッコリと笑う。


「陣くんはそのマンションで誰と暮らすんだろうね?」


 少し屈んで俺を見上げる妙が、小悪魔チックに微笑む。その表情はを思い出させるもので、思わず視線を逸らした。


 誰と、か。


 そう言われてパッと頭に浮かんだ人がいるが、それが未来視なのか? この状況のせいなのかはわからない。


「誰だろうな。案外独りで暮らしてるかもよ」


 その言葉を聞いた妙は、つまらなそうに頬を膨らませている。


「結婚しないならデザイナーズマンションはないじゃない。全く、贅沢な悩み抱えてるくせに」


 モール内の喧騒のせいもあり、徐々に小さくなっていった妙の言葉を最後まで聞き取ることは出来なかった。


「ところで、妙たちは修学旅行どこに行くんだ?」


 まだ何か言いたそうな妙を制するように、今日の目的でもある修学旅行に話題を移した。

 来週からの修学旅行に必要なものを買いに来たのだが、肝心などこに行くのかを聞いてなかった。


「あれっ? 言わなかったかな? 私たちは沖縄だよ。2泊3日。陣くんたちは北海道だっけ? 真逆だね」


 高校生の修学旅行ともなると海外に行くような学校もあるくらいだが、国内で沖縄と北海道ならば十分に当たりだろう。


「だな。妙は今日は何を買うんだ?」


 修学旅行の準備という目的が一致したので一緒に来たわけだが、何を買うのかは聞いてなかった。


「えっとね……し、下着が少し足りないので欲しいなって思って」


 少し恥ずかしそうな顔を妙がするので、俺までつられて恥ずかしくなってしまった。


「そ、そうか。まあ、できれば新品を用意しておきたいからな」


 あまりにも古い下着だと、野郎同士でも少し恥ずかしい。きっと女子にもそんな感覚はあるだろうからな。


「そうだね。あっ! な、なんなら陣くんが選んでくれる?」


 恥ずかしがりながらも俺をからかってくるあたりは妙らしい。さすがに女性の下着売り場というのは敷居が高く、場違いになるだろう。それでも妙には、やられたらやり返さないとおもしろくない。


「いいぞ。よし、手短に済ませるか」


「ふぇ? ま、待って待って。ごめんなさい冗談だから。その時は別行動しようね?」


♢♢♢♢♢


 妙がお目当てのお店に行っている間に、俺も自分の下着を購入。

 事前に決めた待ち合わせ場所にきてみたが、妙はまだだった。

 のんびり待つのもいいと思い自販機で缶コーヒーを購入してベンチに腰掛けた。


「はぁ」


 思わず深いため息をついてしまった。


 家に帰れば京極がいる。玄関で「お帰り」なんて言われるとどういう反応をすればいいのかわからなくなる。


「ままならねぇなぁ」


 ベンチに踏ん反り返り上を見上げる。


「何が?」


 突如視界に入ってきた妙が不思議そうに覗き込んできた。


「びっくりした!」


「あははは。ビックリした? ごめんね。なんか黄昏てるぽかったからどうしたのかなって。たぶんバイトの疲れだけじゃないよね?」


 さすが妙と言うべきか。ちゃんと人のことを見てくれているな。まあ、誤魔化してもしょうがないんだけどな。


♢♢♢♢♢


「……そっか、京極さんがいるんだ」


 隣に座り話を聞いていた妙は、伏し目がちでそう呟き、しばらく黙り込んでしまった。こんな話を妙にしてしまったことを反省していると肩にトンと妙の頭が乗ってきた。


「うらやましいなぁ」


 小さな呟きだったが、しっかりと俺の耳に届いたその言葉は、俺の心をざわめかせた。


「妙?」


「……好きな人と一緒にいたいと思うのは誰もが思うことだよ。私だっていつだって一緒にいたいもん。こうやって、ね?」


 そう言った妙は、俺の腕を抱きしめた。


「でもね? 相手もそう思ってくれてるかはわからないよね? だからみんな不安になるんだよね。近くにいても、実際は遠いんじゃないかなって。きっと京極さんの方が不安なんじゃないかな?」


 妙の言うことも一理あるな。俺に疎まれていることは承知しているだろうし、俺同様に今回のことはあいつ自身が望んだことじゃないだろう。


「ん、サンキュー妙。なんとなく気が楽になった」


 心のモヤモヤが少し晴れたような気がした。俺よりも京極の方がい辛いだろう。それなら俺は堂々としてればいいだけだ。


「よしっと、後は百均に行きたい。一緒に行っても大丈夫か?」


 隣の妙の顔を覗き込むと、苦笑いしながら紙袋を見せてきた。


「目的のものはここにあります。だから、これからは一緒で大丈夫だからね」


 先に立ち上がった妙は右手を差し出してきまので、グッと握りしめて立ち上がる。


「よし、じゃあ行こうか」


 握った手はそのままで、俺たちはモール内を歩き出した。

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