第54話 食卓
「な、なんで京極先輩がここにいるんですか」
姫ちゃんが家で寝泊りするようになったある日、遊びに来たつむつむがキッチンでお母さんと晩ご飯の用意をしている姫ちゃんを見つけた。
「あら、紬ちゃん。いらっしゃい」
「あっ、こ、こんにちは。お邪魔します」
動揺して挨拶をしてなかったことを思い出したつむつむが、慌ててお母さんに頭を下げた。
「いらっしゃい紬。いま両親がいないからお世話になってるのよ」
トントントンとリズミカルな包丁の音を奏でる姫ちゃん。お母さん仕込みの腕前なので私の出る幕はないようだ。お兄ちゃんと付き合っていたころはよくご飯作るの手伝いにきてくれてたもんね。お母さんからお兄ちゃんに好みを聞いて、その味を再現できるように練習してたのが懐かしい。
「と、泊まって? 先輩とひとつ屋根の下で!」
バッと振り向いたつむつむは泣きそうな表情で私に訴えかけてくる。
うん。黙ってたのはごめん。なんとなく話しづらかったんだよね。
困惑しているつむつむの背中を押して私の部屋に連れて行った。
「せ、静ちゃん⁈ ど、どうして? 同棲してるなんて……、ずるいよぉ」
これはどうやら、うらやましがってるみたいだ。
「いや、これは仕方ないことでね? お兄ちゃんなんかは大反対だったんだよ? 親同士で決めたことだからね?」
「うぅぅ〜、先輩に手料理食べてもらえるなんて、わ、若奥さんみたい……」
どんどんと深みにハマっていくつむつむだが、一つ勘違いをしている。
「あのね、つむつむ。お兄ちゃん、姫ちゃんの料理食べてないよ? 姫ちゃんがきてからお兄ちゃん、バイトばかりで夜は賄い食べてくるから」
そう、最近のお兄ちゃんは21時くらいにならないと帰ってこない。お母さんには毎日バイトだって言ってるけど嘘だと思う。週の半分くらいはバイトだろうけど、残りの日はどこかで外食かお弁当でも買ってきて部屋でこっそりと食べてるんだと思う。
「ほぇ? ま、全く食べてないの? 毎日バイトって、その、聞いてないよ?」
さすがつむつむ。お兄ちゃんがどれくらいバイトをやってるかくらいは把握してるのね。たぶん紫穂里先輩も知って……、あれっ? おかしいな。部活終わるといつも通り紫穂里先輩と帰ってるはず。ひょっとしてバイトないときは紫穂里先輩と一緒にいるのかな?
ふと、そんな思いが頭をよぎったとき、隣のつむつむもなにかを思いついたようで。
「つむつむ?」
部屋の一点を見つめていたつむつむの首がギギギッという音とともに動き、私を真っ直ぐ見てきた。
「せ、静ちゃん? ま、まさか!」
「うん、落ち着こうかつむつむ。私もそう思ったけど、さすがにないと思うよ? バイトのない日は紫穂里先輩がごはんを作ってくれてるなんて、ね」
さすがにそれは、ね? そもそも紫穂里先輩が知っていたら何か言ってきそうな気がするしなぁ。
落ち込むつむつむを視界の端で捉えながら、思考を凝らしていると『トントン』と扉をノックされた。
「はい」
「紬ちゃん、よかったら晩ご飯食べていかない?」
♢♢♢♢♢
食卓にはお母さんと姫ちゃんが作ってくれた肉じゃがや煮付け、お味噌汁など和食中心としたメニューが並べられていた。
「お、おいしそう、です」
いつもはお兄ちゃんが座る席に座っているつむつむ。普段、そこでお兄ちゃんが食事をしていると知ったらどんな反応をするのだろう?
「さ、おかわりもあるからいっぱい食べてね」
「いただきます」
目の前の肉じゃがを食べると、いつもお母さんが作るものよりも、少しだけ味が濃いような気がした。
「この肉じゃが、姫ちゃんが作った?」
私たちの反応をニコニコしながら見ている姫ちゃんはコクンとうなずいた。
「やっぱりね。おいしいよ」
「うぅぅ。京極先輩、料理も得意なんですね」
悔しくそうな表情をしているつむつむだが、その箸が止まることはなさそうだ。
「ありがとう。料理は中学の頃からやってるからね。静はもう少し薄味の方がよかったかな?」
「ん? まあ、好みとしてはね? でもこれはこれでおいしいよ」
今更ながら、姫ちゃんの女子力の高さを見せつけられた気分だ。
姫ちゃんが得意なのは料理だけじゃない。炊事洗濯掃除と暮らしに必要なスキルはすでに高レベルで身につけている。
中学時代からおばさんの手伝いをよくしていたみたいで、お兄ちゃんと付き合うようになってからは、料理は全てお兄ちゃんの口に合う味付けをするようになったらしい。
最近では暇な時間が増えたせいで学校の成績も上がったらしく、この前の期末テストは1桁順位だった。
「く、悔しいけど箸が止まりません」
「紬はいっぱい食べて大きくならないとね」
つむつむも満足しているらしく、姫ちゃんもおいしそうに食べているその様子をうれしそうに眺めている。
本当に食べて欲しい人はいないのにね。
姫ちゃんの健気な面を見てしまうと、帰ってこないお兄ちゃんに憤りを感じてしまう。
「どこでなにをやってるんだろう」
独り言のように呟いた私の言葉は、姫ちゃんの耳には届いてしまったらしく、ぎこちない笑顔を私に向けてきた。
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