第15話 和解

新人戦も近づき、日々の練習にも熱が帯びている。うちの学校のグラウンドは人工芝のためスライディングをすると痛いんだが、今はそんな泣き言を言うやつは誰もいない。


「っと。あっぶね〜」


ポジション的にも性格的にも攻撃を受けやすい帯人だがその辺の対処もうまく、特に削られてる様子もない。


「チッ!」


左サイドでボールを受けた帯人に硯先輩が仕掛けるが、フワリとボールを浮かせて躱した。この前の紅白戦以降、硯先輩の帯人に対する当たりが激しくなっている。

まあ、なんともない顔していなしてるので帯人にとっては問題ないのだが、硯先輩にとってはマイナスのイメージにしかなってない。


「帯人先輩すてき!」

「やっぱりイケメン最高ね」

「私も軽くあしらわれたいわ」


上級生から下級生までマネージャーを虜にするイケメンに、他のヤロー連中がおとなしくしているわけもなく、帯人への刺客は日に日に増えているみたいだ。


「西くんならどうやって唐草くんを止める?」


紅白戦の順番待ちをしている俺に紫穂里さんが声をかけてきた。


「そうですね。野球部から金属バットを借りてきて背後から頭を叩き割るのが一番効果的だと思いますよ」


俺は両手を上げてバットを叩き落とす真似をする。


「生命活動まで止まっちゃうからやめてあげてね」


左手で口元を隠しながら笑いを堪えている紫穂里さん。その左手から見え隠れする唇がいつもとは違うことに気づいた。


「あれ?紫穂里さんリップ変えました?昨日まではどちらかと言うとワインレッドぽかったですけど、今日はかわいらしいピンクですね」


どちらの色も紫穂里さんには似合ってると思いながら唇をじっと見ていると、両手で覆われてしまい完全に見えなくなってしまった。


「き、気付いてくれたんだ」


薄っすらと赤みを帯びた表情になった紫穂里さんは恥ずかしそうに俯きながらも言葉を続けた、


「あの、気付いてくれたのはうれしいんだけどね、じっと見られるのはちょっと恥ずかしいかも……」


恥じらいながら上目遣いの紫穂里さん。

そんなかわいい顔を見せられると俺も恥ずかしいんですけどね?


「あ、ああ、すみません。つい見惚れちゃいまし—、なんでもないです」


さっと視線をグラウンドに移して何事もなかったかのように装う。


「お兄ちゃん、練習中だよ?」


めったに聞けない妹の低い声。

チラッと表情を伺うと呆れた表情をしている。

帯人目当てで入部してきたやつに責められる筋合いはないと声高にいいたいところだ。

背後に誰か近づいてくる気配がし、振り返ろとしたが背中に手を添えられたのでやめた。


「……気づいてくれて、ありがとうね」


背中越しにささやかれたのは、まさしく女神さまからの言葉だった。


♢♢♢♢♢


ざざっ


パンっ!


左右に激しく散らされるボールをサイドステップとクロスステップを用いて追いかける。

新人戦に向けて横の動きを意識したフットワークの練習。


「朱音、まだ続ける?」


「もう少しお願い」


正直、新人戦は乗り気ではなかった。

西くんと織姫との一件からなんとなくリズムというか、歯車がうまく噛み合わないみたいだ。

いまだに西くんとは満足に話す機会もなく、誤解を招いたままになってしまっている。


「朱音!」


ポーン、ポーン、ポーン。


「あ、ごめん」


自分からお願いしておいて集中できなくてどうするのよ。


「終わりにしよう。最近根詰め過ぎだよ。ちょっと休みなよ」


「うん」


はぁ、だめだな〜。

私はカゴを持ちボールを拾い集めた。


今度の新人戦、私はシングルスにエントリーが決まっている。トーナメント表が今日明日にでも届くという噂だったんだけど……。


♢♢♢♢♢


朝練が終わり教室に入ると私の席の前にはすでに西くんが座っていた。その横には帯人がいて何やら真剣な表情で話をしている。


「おはよう」


最近では後ろめたさもあり西くんには挨拶すらできない状態なんだけど、今日は帯人もいてくれるおかげで2人に向かって挨拶することができた。


「おはよう朱音。ん?どうかしたか?」


私の表情がすぐれなかったのだろうか?帯人は私の隣にやってきて心配そうな表情をしている。


「ううん、ありがとう。ちょっと練習で上手くいかなくってね」


少しはぐらかしてしまったがあながち嘘ではない。


「そうか?何かあれば相談してくれよ」


キーンコーンカーンコーン


「と、チャイムだ。じゃあ陣さっきの件よろしくな。朱音もあとでな」


左手を軽く上げて去っていく帯人を見送ってから鞄を漁っていると、筆箱がないことに気付いた。


「しまった、筆箱」


シャープの一本でも入っていないか鞄の中を探ってみたけれど、やはりない。

仕方ないので誰かに借りようと周りを見渡していると「コトン」と机の前にシャープと三色ボールペン、それに封を開けたばかりの消しゴムが置かれていた。


「西くん?」


私の声に反応はない。

それでも西くんがであることは明白だ。


「ありがとう」


左手で西くんの背中に軽く触れてお礼を言った。

微かに西くんの頭が動いたような気がした。



放課後、荷物をまとめて席を立とうとしている西くんの左手をパッと掴んでしまった。

借りていたものを返そうとは思っていたけれど、考えるより先に身体が動いた。


「待って西くん」


せっかくの機会だから話がしたい。そんな気持ちが無意識に働いたのかもしれない。

西くんは掴まれた手を見てから私の顔に視線を移した。


「お願い。部活が終わってからでいいから少しだけ2人で話をさせて。誤解がないように帯人にはちゃんと話をしておくから。だからお願い。少しだけ、私に時間をください」


教室内にはまだクラスメイトの大半が残っているのもお構いなしで私は西くんに頭を下げた。


周りからはザワザワと私たちのことを噂するような会話が聞こえてきた。


「ここで俺が断ったら悪者じゃね?」


西くんはため息混じりでそう言うと、右手で私の手をそっと離した。


「部活終わったら連絡くれ」


「うん」


スマホをヒラヒラさせながら西くんは教室を出て行った。


♢♢♢♢♢


放課後、私は4人でよく行った喫茶店『式部庵』で西くんと待ち合わせをした。

住宅街の中にある喫茶店で大正浪漫というイメージがぴったりの喫茶店だ。


どうやら私の方が先に着いたらしく、店員さんに中庭の見える席に案内してもらった。

普段ならスマホでもイジって時間を潰すところだが今はそんな気にならない。


『カランカラン』


「いらっしゃいませ」


扉が開く音がし、店員さんが出迎えると彼は「待ち合わせです」と答えて私の前に座った。


「待たせたな」


律儀な人だ。私のことなんて待たせておけばいいのに、急いできてくれたらしく若干息があがっている。


「ううん。来てくれてありがとう」


私は西くんを正面から真っ直ぐ見据えて頭を下げた。


「ごめんなさい。私の考えがあっているかはわからない。けど、西くんを怒らせたとしたらしか思い浮かばないの」


『あんたが織姫にフラれたらどうなるんだろうね?』


「信じてもらえるかはわからない。でも誤解されたままなのは嫌なの。あの日、まさか織姫があんなバカなことをするとは思わなかった。あの子があんなバカなことを考えてるなんて知らなかった。だから、あんな無責任なことを言ってしまった。これは私の思慮が足りなかったと思う」


西くんは先を促すかのように私をじっと見ている。


「誤解させたのは私が西くんの信頼を得られてないから。だから私も共犯だと思われた」


もし、私たちが逆の立場だったら?私は西くんを信用できたかな?私たちはそれができる仲かな?


「……そうか」


西くんが発した言葉は信用してくれたという意味なのか?ただの相槌だったのか?


「信頼関係か。確かに仲が良ければ冗談で済む話しだよな。それが俺たちにはなかったわけだ」


「……ぅん」


はっきり言葉にされてしまうと寂しいけれど、そういうことなんだろうね。


「わかった。確かに久留米が関わってるにしてはめちゃくちゃ過ぎるからな。俺も気が動転してまともな考えができてなかったのかもな」


そう言うと西くんは私から視線を外して中庭の小さな噴水を眺めた。


「俺も悪かったよ。ちゃんと話も聞かずに嫌な態度だったよな。ごめん」


再び私を見ると、西くんはそのまま頭を下げた。



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