第1話 辺境の町 アレス
ーーそよそよと、心地よい風。
葉音が、聞こえる。
ぺちぺち。
「
ん? これは頬を叩かれてる感触だ。
そして、私の背中は冷たい。濡れてるんじゃなくて冷やっとしている。
目を開ければ……青空が見えた。
なんて清々しいブルー……。ん?
ブルーイン・ザ・スカイ!?
そんなバカな!!
「えっ!? なんで? なに?」
「お。起きたか」
私はどうやら起き上がっていたらしい。
隣には飛翠がいた。
それもーー、少し呆れ顔だ。
「ここどこ!?」
「俺に聞くな」
どうやら飛翠にもわからないらしい。
そりゃそうですよね。
一緒に“月読”……。ん??
「ねぇ? なんなの? 森じゃん!」
飛翠は立ち上がる。
側に落ちてる鞄を手にした。
「見ればわかんだろ。イチイチ騒ぐな」
「ねぇ? なんでそんなに落ち着いてられるの? 私達、月読にいたんだよ? わかる!? 古書店! なのになんで森なのさ! 空めっさ蒼いよね!」
私が、そう息巻くと
「あーうるせー。あのな、俺もそこにいたんだよ。わかる訳ねーだろ。バカ女。」
と、飛翠は手にスマホを持っていた。私に向かって言いたい事を言うと、スマホに視線を向けた。
「ちょっと待て! 今なんつった!? え? バカ女!? おーい! それはいくら何でも言いすぎだ!」
私は頭にきていた。
こんな所に来てしまった。そんな事はどうでもいい!このさい。
このクチの悪さだ。
幼馴染みだからって、いつでもこうやって人を馬鹿にした様に、上から目線で偉そうに!
お前のせいで!
と、私が頭の中でグチグチと言っていると、飛翠はスマホ画面を向けたのだ。
私の顔に突き出した。
あら? カワイイ犬。待受け?
白い子犬が、写っていた。
犬好きだったっけ?
「待受けじゃねーよ。ここ。」
飛翠はスマホ画面の、上の方を指した。人差し指で。
「え? どーゆうこと?」
私は聞き返していた。
そこには“圏外”と、出ていたからだ。
電波お知らせマークは☓!
そして圏外の文字だ。
「つまりだ。ココは外にも関わらず……電波が通じねー。」
飛翠はスマホを蒼いブレザーの、胸ポケットにしまった。
男子はブレザーなんだよね。いいよねー。
ワイシャツは白だけど、ズボンもグレーだしさ。なんかカッコいいんだよね。
と、呑気な事を考えてしまうのも、私の悪い癖だ。
「え? この時代に、電波通じないとかあるんですかっ!? それともなに? そんな山奥!?」
私はーー、ようやく周りに視線を向ける事が出来た。
森だ。どう見ても。
広い緑生い茂る草むらと、大きな木が並ぶ森だった。周りにはそれ以外何もない。
木が立つその隙間から、青空が見えたのだ。何だか憎々しいほど、澄み切っていて、今の心境では、美しいとは言えない。
でも、雲ひとつない青空だ。
飛翠は鞄を私に突き出した。
「ここにいても仕方ねー。ウロつくぞ。」
と、そう言った。
「ウロつく? どこだかわかんないのに?」
私達の学校の鞄は、特に決められていない。だから、私は白い大きなバッグを使ってる。
飛翠は、スポーツバックみたいな黒いバッグを持ってる。
右肩に掛けて指でひっかけながら、歩きだした。
「どこだかわかんねーから、ウロつくんだろ。ココにいたきゃいろよ。気が向いたら探しに来てやるよ。」
飛翠の憎たらしいその言葉に、私の心は火がついた。
「なんだと!? 気が向かなくても探してくれ! 頼むから!」
これだけは言っておかねば。
こんな所で、迷子になってたまりますか!
スマホも通じないとか……恐すぎでしょ!
私は駆け出していた。
急に不安になった。なので、飛翠のブレザーの裾を摘んでみた。
「左腕空いてますが」
見上げれば……フッといつもの勝ち誇った様な笑いを、浮かべている。
「結構です!」
ふんっ! なにが空いてます。だ!よく言うよ!
どうせ、勝ち誇った顔で笑ってるんだ。
私達が歩いてるのは、地面ではない。
本当に草むらだ。それも、芝生よりも長めの草。踏むとくしゃってなる。
「夕方だったよね?」
「ああ。蒼華。お前のスマホ貸せ。」
私はそう言われて、白いセーラー服の胸ポケットからスマホを取り出した。
女子はセーラー服なんだ。白いセーラーに紺のスカート。ラインは、蒼。明るめの。
リボンもその色と同じ。
「電波ない!」
飛翠に渡す前に私は確認した。
それから、飛翠に渡した。
「……止まってるな。」
飛翠はため息混じりにそう言ったのだ。
「え? 止まってる? 何が?」
私がそう聞くと、飛翠はスマホを差し出してきた。ので、受け取る。
「……“16:44”で、止まってる。」
と、言うと飛翠はまたスマホを取り出したのだ。画面を見ると
「見てみろ」
と、私に差し出してきた。
「……“16:44”。さっきから時間が止まってるってこと?」
ん? でも動いてんじゃん。私達。え!? まさか……
「えっ!? 死んじゃったの!? ねぇ!?」
「はぁ? 何でそーなんだよ。その思考回路、たまにすげーイラつく。」
と、真顔で言い返されてしまった。イラッとされてるのはとても良く分かる。
この御方の眼光は、元々鋭いが更にきっ!となるからだ。
「時計が止まってる。ってハナシ」
飛翠はため息ついた。
それはそれは深く。
「あ……そうゆうこと。ん? なんで?」
「あー。だから俺に聞くな。状況説明してやってるだけだ。」
私はスマホを飛翠に返した。
ほとほと疲れてしまった様な顔をされていた。
「てことはー……私達が居た“世界”じゃないってこと? 時間の流れが違うんでしょ?」
何かの本で読んだ事がある。
“異世界”とやらが存在していて、そこに行くと時間の流れが違うから、時の刻み方も違うとか……なんとか。
あんまり良くわからなかったから、途中で読むのをやめてしまったんだった。
少し、後悔した。
「てゆーより、俺らの持つモンが使えねーって事の方が、わかりやすくねーか? お前のただの“妄想”だろ?」
と、飛翠に言われてしまった。
「あ。そうね。たしかに」
スマホは使えない。これを、刻んでおこう。この胸に。
道のない草むらと森を歩きどのぐらい経ったか。わからないほど、歩いた気がする。
森の中は鳥の鳴き声が聞こえていた。
チチチ……と、言う小鳥の様な鳴き声と、たまにクケー…クケーと、何だか野太い余り出会いたくない鳴き声もした。
ようやくーー、森を抜けた。
森を抜けると草原だった。
どこまでも果てしなく続く草原ーー。それと、青空。
その草原に、灰色の煙を出してる小さな集落があったのだ。
家の集まりみたいだが、小屋の様な建物が並んでいて、小さな集落だ。
「どこなの……ホントに……」
私の口から“この言葉”は、一体どれだけ出て来るのだろうか。
「人がいそうだな。煙があるってことは。」
飛翠は草原の中に足を踏み入れる。
森の草原から続いているから、段差も傾斜もない。
ただ、草は少し短くなった。
芝生みたいになっていた。
「風が強いね」
飛ばされそうではないが、森の中で感じなかった強めの風だった。
冷たくも無いが、暖かくもない。
季節は新緑の季節ーー、5月中旬だった。私達が、居た場所は。
ここはわからない。緑が多いから五月。だと言われればそんな気もしなくもないが、でも少し……肌寒い気もする。
「遮るモンがねーからな。つーか、すげー所だな。どこ見ても草だな。」
飛翠は辺りを見回している。
そうなのだ。本当に草原。こんな場所は行った事もなければ、見た事もない。
テレビで見た……アフリカのサバンナ。本当にそんな感じだ。今にも野生の象が走ってきそうだ。ついでに、チーターとかも。
町なのかわからないけど、その集落に辿りついた。近づいて見るとわかるが、小屋かと思っていた家達は、結構頑丈そうだった。
コンクリートの壁なのかどうかはわからないけど、白い壁に黒い屋根。
何だか昔の西洋とかの建物みたいだ。
木の柵が家の仕切りなのか、塀の役目をしている。
「……なんて読むのかもわかんねーな。」
飛翠はカタカタと、鳴る木製の看板の事を言っていた。
入口には木の柵で出来た門みたいのがあった。木の杭みたいなのが打ち付けてあってそこに、この柵の門がある。
そこに木製の看板の様な板が、かけられていたのだ。木の杭は丸太でそこにロープが、掛かった板が括り付けてある。
「なんだろ? 文字なのかな? →にしか見えないんだけど……」
→の様な字……が、たくさん並んでいるのだ。何だか暗号みたいだ。
名探偵が欲しい。
「おんや? なんかめんずらしいのがいるよ。」
女性の声だった。
スイス? アルプス? ハイジ?
連想ゲームの様に、私の頭に浮かんだ。
女性は、紅い三角巾に白いエプロン。
そしてとても小柄なのだがふくよかだ。ベージュのワンピースの様な、服を着ている。
でも、下のスカートはふわっとしていて紅い
。その格好がアルプス系に見えてしまったのだ。少々ーー、昔だが。
「言葉はわかるみてーだな。」
「え?」
飛翠は柵の門を開けた。
なんでこの人はこんなに冷静なんだ。まあ。助かるけど。一度でいいから、慌てふためく所が見てみたいので、まだ死ねない。
私も飛翠に続く。
村と言うのが正しいのかわからないから、町と表現しよう。
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