紅百合

甘蜘蛛

生花

 床を紅く染めた部屋に二人の男女がいた。男は部屋の真ん中に置かれている椅子に座っており、女はその周囲を回っていた。

 しかしこの男女は尋常ではない状況の只中に身を置いていた。

 男は椅子に括り《くく》付けられていたのだ。逃げ出さないように、手枷足枷てかせあしかせに加え首輪をつけていた。口は塞がれていなかったが、男は固く口を閉ざしていた。

 部屋には沈黙が支配していた。男は目で女の動向を追うものの、自分から声をかけようとする様子はない。女も男の方を一切見ず、口を閉ざしたままずっと回り続けていた。

 いくばくか時間が流れ、女は男の正面で立ち止まった。女は薄い笑顔を浮かべると口を開いた。

「子供が美しい花をんでしまう光景を、あなたは見たことがある?」

 その声色は愛くるしく、聞く人の心を癒したであろう。

 しかしその声を聞いた男には緊張が走り、顔には恐怖の色が浮かぶ。

「それに、なんであんなに物を壊すことに躍起やっきになるのか、理解しているのかしら?」

 女はまるでこの部屋が舞台上であるかのように、白々しくそしてわざとらしく男に語りかける。

「子供はちゃんと理解してるのよ、自分たちの欲求を。破壊衝動の中にこそ、人間の本質がある。そう思わない?」

「あぁ…そう思う」

 男は慎重に答える。女を見つめるその瞳には

「嬉しい!!」

 女は男の背後に回ると何やら作業を始めた。不快な音が部屋に充満する。男はこの音の正体について心当たりがあったが、それについて深く考えないように努めた。

 そして数十分経ち、作業を終え女は歓喜の声を上げた。その声を聞き、男の心臓は鼓動が聞き取れるほど脈打ち呼吸は荒くなっていく。目を瞑り、落ち着きを取り戻そうと男は必死になった。

 女は再び男の正面に立つと、男に作業の成果を見せびらかす。

「ホラ、このわからず屋に何か言ってよ」

 男は呼吸を整え、恐る恐る目を開けた。

 その瞬間、悲鳴が部屋を包んだ。心構えをしていたにも関わらず、男は耐えきれなかった。

 女は首を切断された人間の頭を抱えていた。両眼が抉られており、唇やほおは切り取られ歯や舌が丸見えになっていた。鼻や耳も切り取られてあった。

 だがそれだけではない。頭皮や頭蓋骨とうがいこつも剥ぎ取られ傷ついた脳が剥き出しになっているのだ。脳漿のうしょうがこびりつき、脳にナイフやメスといったものが突き刺してあった。

 男は嗚咽おえつを繰り返し、遂には吐き戻してしまった。

 女はその様子を見て身悶え、堪えきれずに笑い声が漏れ出ていた。それはまるで無邪気な子供のような笑い声だった。けがれを知らない、純粋さがその笑い声には内包されていた。しかしその笑い声は男の理性をガリガリと削り、より一層恐怖心をあおった。女は少し落ち着きを取り戻すと、恍惚こうこつとした様子で男をジッと見つめ、一言溢こぼれ落ちた。

「壊れていく様を観察する楽しさを知っているなら、どうやったら楽しくなるか知ってる、ということだよね………?」





 



 


 

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