幕間

幕間 / 美弥

 部屋に入ってまず初めに思ったことは、「うわ、汚いなぁ」ということ。


 充満する鉄臭さに、吐瀉物の香り。

 死体が二人分転がっている上に、死にかけているのが一人。そんな異様な光景を前にしても、少女はまるで場違いな感想を抱いた。


「ここも燃やさないといけないから、灯油とか撒いといてくれる?」


 少女は連れの二人に声をかけた。

 一人は屈強な体の青年。黒いタンクトップに、ガスマスクを被っている。おう、と頷くと、手に持った灯油缶を辺りに撒き始めた。

 もう一人は対照的で、小さな少女だった。

 同じくガスマスクを被っているが、服装は似合わないゴスロリチックなもの。つまらなさそうにスマートフォンを弄っていて、手伝う気はないようだ。


「あーあ、やっぱり二人とも死んじゃったかぁ」


 ベッドの上でうつ伏せに倒れる女性。

 顔を見なくても分かった。明楽の姉で、今回の……になってもらう予定の人物。本人は弟を取り返すと息巻いていたが、結局はこのザマだ。利用されていると気付けない程度の頭なのだから、こうなっても仕方ないかと少女は嗤った。


 壁際に寄り掛かった少女は、桐生 和葉で間違いない。

 というのも、切り傷の上に打撲で顔が腫れあがっていて別人のようだったのだ。彼女の寝室でなければ本人だとは思わなかったかもしれない。それくらい、ぐちゃぐちゃにされていた。

 白いネグリジェは真っ黒に変色していて、傍らには拳銃。最後の力を振り絞って撃ったのだろうか、なかなか大したものだと感心する。おかげで雪那を始末する手間が省けたのは喜ばしかった。


「ま、死んじゃったんならいっか」


 興味無さげに、少女の頭を蹴飛ばして。

 部屋をぐるりと見回す。探し物はすぐに見つかった。「あ、いたいた」と目を輝かせて、小走りで駆け寄る。部屋の隅、一際暗く影のかかった所に、膝を抱えて蹲る少年がいた。


「せーんぱいっ」


 猫を被るときに使う声。

 面識があるとはいえ、それほど親しい間柄というわけではないのだ。素の自分を見せるにはまだまだ早かった。


「お久しぶりですね!迎えにきましたよー!」


 橘 美弥は笑って、少年へと手を伸ばした。









『遅かれ早かれ、少年の記憶は元に戻るんだよ』


 電話越しに、里桜さんが言った。

 機械みたいな、起伏の無い声は何度聞いても気持ち悪い。そのくせ顔はにこにこと張り付けたような表情を浮かべるんだから尚更だ。好きにはなれないけれど、生理的に無理って程ではない。彼女と一緒にいる方が何かと得だったりするし、それくらいの事は目を瞑っておけばいいのだ。


『ユキナはまず間違いなくカズハを殺すよ。逆もあり得るかもしれないけど……いや、うん。そうだね。最悪でも相討ちくらいだろうね。どっちも生きてるって事はまずないよ』

「えー……面倒臭いんですけど」

『でも少年の一番イイところを特等席で見れるんだ。それくらいの面倒は構わないんじゃないかい?』

「まぁ、そうですけど……どうせ後始末するのは私じゃないですし」


 可愛らしく唇を尖らせて、私はちらりと隣を見る。

 ガタイの良い男の人。もう夏も終わるっていうのに、まだタンクトップなんか着てる。というか、私のタイプとは真逆な人なので。良い友人ではあるけれど、センスは疑ってしまったり。

 もう一人の子はよく知らない。ゴスロリなんか着てるし、私とは絶対に交わらないタイプの女の子。里桜さんが連れてけって言うから連れてきたけど、一言も喋らないからたまにイラっとする。マコトって人の指とか目とか持ってたりして、服といい趣味悪すぎ。


「っていうか、いいの?あの人とは友達だったんでしょー?」

『ユキナかい?うん、友達だね』

「生きてたらどうするの?一緒に連れて帰る?」

『ここまで利用できたし、もう要らないかな』

「うわ、ひっど」

『カズハはもちろん、ユキナも生きてると色々面倒なんだ。彼女には全部被って貰わないといけないしね』


 なんかその内私もこうやって使い捨てられるんじゃない?なんて思える言葉だけれど、今はまぁいいかなと納得しておく。

 里桜さんの考え方はよく分からない事の方が多いのだ。理解しようとするだけ無駄だし、利害が一致している間は仲良くしておこうかな、くらいにしか思ってないし。

 

「はぁー……早く終わらせて帰りたいなぁ」

『すぐ終わるさ。あとは少年を連れ出すだけだよ』


 それが厄介なのに。

 若干不貞腐れつつ、殊勝に「分かりましたー」なんて返事をして電話を切ってやった。簡単に言う里桜さんは放っておいて、さっさと目的の部屋に向かうことにしよう。


 やたらと離れた別館の、さらにその奥。

 警備員やらメイドさんやらは火事の対応に大慌てで、内通者の手助けもあって楽に目的地へ着けた。


 ドアノブに手をかけて、ゆっくりと開く。

 不気味なほど静まり返った部屋へ足を踏み入れる。

 ラッキーだった。お姉さんも桐生先輩も血塗れで転がっていた。そりゃあそうか、って感じ。この二人が顔を合わせて話し合いなんかする訳がないのだ。どちらの頭も狂ってるんだから、こうなって当然だ。


 さっさと終わらせて、先輩を連れて帰ろう。

 面白いことになってるといいなぁ。普通に泣いてるだけだったらどうしようかと思ったけど、そんな心配も杞憂に終わった。肉親と恋人の死体が転がる部屋の隅で、震えながら蹲る先輩を見て、私はゾクゾクと駆け上がる何かを感じた。


「せーんぱいっ」


 ゆっくり上がった顔は、私を蕩けさせるには十分だった。

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