#12 読者のいない作家
大学で同学年の
ライト文芸サークル、略してラ
僕は高校のころから、受験勉強の合間に少しずつ小説を書いていたものの、将来それで世にうって出ようという野心などかけらもなく、自分自身の楽しみとして書いているに過ぎなかった。
大学内には、OBに著名な作家が何人もいて、現役部員もバリバリのプロ志向の連中が揃っている「ミステリー研究会」のようなサークルもあったが、僕はそんな鼻息の荒いヤツらとしのぎを削るような真似はしたくなかった。
まずは普通に就職をして、趣味として創作を続けていければ十分だと考えていたからだ。
ミステリー研究会、略称ミス
彼らのことはいつも冷ややかにスルーしていた僕だったが、ある日、その隣りでPR活動をしていた別のサークルの部員らしき女子学生から、一枚のビラを手渡しされた。
それには「当ライト文芸サークルでは、パワフルな新人を募集します!」みたいな
ビラを渡してくれた女の子がズバリ好みのタイプだったとか、美少女キャラが特別に可愛かったとか、そういうのではない。
でも、「ライト文芸」という言葉には、ピピッと来るものがあった。
高校卒業までの僕は、純文学系というのだろうか、わりともったいぶった文体で、暗めの話ばかり書いていた。
ほとんどのストーリーがバッドエンド、そんな感じだった。
これはやはり、受験勉強のストレスが、自分が思っていた以上に強く作風に影響していたのだろうな。
だが、大学に入った今となっては、そういったストレスからはひとまず解放された。
ストレスのはけ口として創作をする必要がないから、もっと余裕を持って、純粋な楽しみとして小説を書くことが出来るんじゃないか。
そして自分だけでなく、
「ライト文芸」という言葉は、僕にそういう予感を
その後僕は、そのビラに記されていた部室の所在地を、さっそく探し当てた。
学生の自治会、そして各種サークルの部室などがある小さな棟の、三階にそのサークルの本部はあった。
「ライト文芸サークル」
プラスチックのプレートが貼られていたドア、そこをノックした。
「こんちは」
挨拶をして室内に入ると、奥にはふたり女子学生がいて、ひとりはデスクに座り、ひとりはそのそばに立って話をしていた。
座っているほうの女子は、メガネをかけて黒髪ショート、黒のセーターにデニム姿でいかにも優等生っぽい雰囲気の子だったが、彼女がまず反応した。
「入部希望のかたですか?」
「はい。興味があるので少し詳しいことをお聞きしたいと思いまして」
僕は答えた。
メガネ女子は、にっこりとして言った。
「そうですか。それはちょうどよかった。
今、ここにおられるかたも入部を希望して来られたばかりなので。
それでは、おふたりご一緒に説明させていただきますね。
わたしは当サークルの代表、法学部三年、
そう言って頭をペコリと下げた。
「よろしくお願いします。僕は経済学部の一年、
僕がそう挨拶すると、もうひとりの女子、こちらはセミロングのややブラウンがかった髪で、ブラウスにロングスカートと全体的にふわっとした雰囲気の子だったが、僕の方を見て、微笑みながら挨拶をした。
口もとから、真っ白な歯がのぞいて見えた。
「初めまして。わたしは文学部一年、
それが、後に僕と付き合うことになる、川瀬みつ子との初めての出会いだった。
多賀さんは、それから僕たちふたりにライト文芸サークルの概要を説明してくれた。
このサークルの一番の特徴は、文章、イラスト、それぞれの書き手が全部で数十人在籍していることだそうだ。
中には、両方ともこなす多才な書き手もいる。
そして、おのおのが個人として書くだけでなく、文章とイラストのコラボレーションも当然ながら多い。
サークルとしてはふだんは個人の創作活動をメインにして、定例の活動日というものはないという。
だから、「幽霊部員」みたいな概念がない。
多賀さんは代表者の日課として、毎日のように部室に顔を出すそうだが、それ以外のメンバーは、気のむいたときに来る程度らしい。
まあ、創作は基本個人プレーであるし、文と絵のコラボレーションのほうも、今の時代、作業は基本的にデジタルベースなので、じかに会うことなく共同作業を進めることが出来るから、それでもまったく問題がないのだという。
一度も顔合わせしたことのないコンビでコラボ、なんてことさえ珍しくない。
実にゆるやかなつながりだが、そこがまた今ふうなのだろう。
ただし、秋の学祭、そして夏冬の同人誌イベントの直前には気合いを入れて準備するとのことだった。
僕、そして川瀬は多賀さんの説明を聞いて、この活動スタイルのサークルならやっていけそうだと判断し、そのまま参加の手続きに入ったのだった。
「ところで、僕はもっぱら文章を書くんだけど、川瀬さんは?」
僕の問いかけに、川瀬はこう答えた。
「あ、わたしは、絵のほう専門なんです。
受験で美大も受けたんですけど、実技の成績が良くなかったようで、落ちちゃいました」
そう言って川瀬は、ペロッと舌を出して笑ったのだった。
「そうですか。じゃあ、ちょうどいいじゃないですか。
文章の茂部くんと絵の川瀬さんで組んで作品作りをすれば」
多賀さんが、さっそくそう提案してくれた。
ナイスアシスト!多賀さん。
「そうだね。ぜひ僕の小説には、川瀬さんに絵をつけてもらいたいな」
僕も勢いに乗って、川瀬にそう頼み込んだ。
「えっ、わたしなんかでそれ、つとまるのかしら」
「大丈夫、大丈夫。おたがい、アマチュアなんだから。
気楽にやりましょう」
「そうですか。わかりました。
それでは、よろしくお願いします」
その日以降、ふたりの「合作」が始まったのだった。
……と、そんなことを思い出しながら、僕は名越にラ文の活動内容を説明していた。
もちろん、川瀬との出会いやそれ以降のことについてはあえて触れなかったが。
僕の話が一段落したので、名越はこう尋ねてきた。
「そんな感じだったんだ、ライト文芸サークルって。
でモブくん、今はサークルの人たちとはまったくつながりがないわけなのね?」
「ああ、残念ながら、そうなんだ。今はまったく」
「そう。でも話を聞いて、モブくんの意外な面を知ることが出来てよかった。
だってモブくん、ふだんはそんなこと話してくれないもんね」
「そうだね。だって、なんだか照れくさいものなんだよ、自分がそういうことやっているって公表するのは」
「ふぅん、そういうものなのかしら。
わたしなら、もし自分が創作をしていたら、
読んで読んで、これわたしが書いたものだよって。
だって、せっかく時間をかけて書いたのだから、出来るだけ沢山のひとが読んでくれないと意味ないじゃない。
もったいないじゃない」
「そういうものなのかな、果たして」
僕はその意見にはあまり賛同できないな、という態度をとった。
名越は真顔になり、僕の目をのぞきこむようにしてこう言った。
「いえ、そういうものよ。
たしかに、自分のことをよく知っているひとに読まれると、冷やかされるんじゃないか、バカにされるんじゃないかって心配して、絶対自分のことを知らない人にしか読ませないって作家はわりと多いでしょうね。
でも、それって、自分に自信がない証拠だと思うの。
社会人の場合、もし原稿料をもらっているのが会社にバレたらまずいとかいう別の理由があるんだろうけど、学生で原稿料も取らずに書いているんだったら、出来るだけ周りの人たちに公表して、多くの人に読んでもらったほうがいいわよ。
当然、辛口の意見ももらうことになるでしょうけど、それはその人が書き手の上達や進歩を願って言ってくれているのよ。
別にどうなってもいいと思うような相手なら、適当なお世辞を言ってお茶を濁すでしょうけど」
名越の言っていること、それは正論だった。
僕は、自分の書いた作品を、積極的に他人に読んでもらおうとして来なかった。
高校時代はもちろん、大学に入って、ラ文で書くようになってからも。
もちろん、学祭や同人誌イベント用の作品を書いて公表はしたのだが、それらもペンネームが使えて、ある程度作者の匿名性が担保される環境だからこそ書いたとは言える。
僕はクラスの悪友どもに自分が書いた本を見せて「これ、実は僕が書いた」などとは決して言わないのだ。
だが、しかしである。
もともと読者数が少ない上に、その書き手がどこの誰なのかよくわからない作品。
そんなものに「書き手の自己満足」以外の何があるというのかと問われれば、ないと言わざるを得ないのかもしれない。
イヤな反応、否定的な反応が返ってくるよりも、無反応であることにホッとするような感性。
気持ちの入っていない上滑りなお世辞に安心、満足するような指向。
それでは「表現」をする意味、「クリエイト」する意味などないってことかもしれない。
ああ、耳が痛い……。
しばらくの間、僕は何も言えずじまいだった。
そういう僕の落ち込んだ様子を見てとったのか、名越は急に態度を変えてこう言ってきた。
「ああ、ごめんごめん。わたしって、つい思いついたことをそのまま喋ってしまうの。悪い癖よね。
そうやって、相手を落ち込ませたり、時にはひどく怒らせたりしてようやく、まずいこと言っちゃったかなって気づくの。
あまり深く考えずに思ったままに言っているだけだから、名越のバカがまた何か言っていると思って、許して」
僕は落ち着いた調子で、こう答えた。
「大丈夫だよ。名越さんの言っていることは間違っていないし、僕自身、自覚していることでもある。
ま、自分アピールが苦手なのは性分なんで、そうそう変えられることでもないんだけどな」
そう言って、僕は苦笑いをした。
名越もつられて軽く笑った。
そして、彼女はこう言った。
「とにかく、わたしは何かを表現して周りに伝えるってことにすごく憧れているんだと思うよ。
だから、モブくんの書いた作品にものすごく興味があるの。
学祭、あと同人誌イベントで売った本、わたしも読みたい。
ただでとは言わないわ。売ってくれない?」
名越はそう言って、再び僕の目をのぞき込むような視線を向けて来た。
うぅ、強力だぁ。これは。
このお願い攻撃に、
「えっ、よ、読みたいんだ、僕の作品。
そんなに言ってくれるんなら、家にも予備で何冊か残っていたと思うから、今度の授業の時に持ってくるよ」
「やったぁ! ありがとう、きっと、きっとだよ」
両手をその豊かな胸に置いて、喜びの感情をまったく隠すことなく表現する、名越だった。
『ノートも返さないといけないし、こりゃ次の経営学の授業、サボるわけにいかなくなっちまったな』
内心、そう思う僕であった。(続く)
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