#09 リターン・マッチ
「じゃ、お題作成スタートよ」
詩乃が、抑揚のない口調でそう伝えた。
今度こそは負けられない。何とか僕に有利な展開にもっていかないと。
とはいえ、お題を考える時間はたったの五分。
いろんな案を吟味している余裕はない。
誰かが言っていたと思うが、三題噺も謎かけも構造的には似ている。
謎かけは、別名三段謎ともいうが、ふたつの一見関係なさそうな言葉を並べて、その意外な共通性をズバリ言い当てて笑いをとる芸だ。
そのオチは同音異義語を使ったダジャレが多いが、聞き手が簡単に予想出来ないものほど秀逸といわれる。
三題噺も謎かけの発展形みたいなもので、パッと見には結びつきそうにない三つのお題をひとつの文脈でまとめさせようという、一種の無茶振り。
もちろん無理やり三つを文中に入れるだけではダメで、うまいオチや伏線の回収があって初めて評価される。
回答者側にとってより難しいのは、言うまでもなく三題噺のほうだろう。
となれば謎かけの基本構造を発展させて、うまく三題噺に当てはめれば、いいお題が見つかるんじゃないかな……」
僕がめぐらせていた考えを、詩乃の冷ややかな声がいきなり
「二分経過よ、モブさん」
あっという間に二分が経っちまった。
なんたる時間の無駄遣い。ダメじゃないか、僕!
とにかく、思いついた言葉を書いてみよう。
それが一番の近道だ。
僕はさっきの回答用紙を裏返しにしてみた。そこに書くために。
一番最初に「解散」という言葉が思い浮かんだ。
これはもちろん、きょうの寝起きにオヤジから聞かされた衝撃的なニュースから来ている。
でも、会社の解散だけでなく、バンドとか議会とかいろんな「解散」があるから、汎用性が高い。
つまり、噺を作るときに使い勝手がいい。
うん、なかなかいいお題だな。
さっそく書き込む。
きょう起きたことから印象に残ったものを挙げていけば、わりと簡単にお題を見つけられそうだ。
よし、なかなかいい発想だ。
そう考えた僕が次に思いついたのは、「もも」だ。
これも久しぶりに会った佳苗伯母さんが勤める学校、「
よし、決定。
カキカキ、と。
すると、またもや詩乃の声が上がった。
「四分経過よ。あと一分」
え、それしかないの? 意外なほど早いぜ、時間が経つのは。
なんとかあと一語、ひねり出さないと。スパートだ!
僕の頭の中には、いくつの言葉が去来していた。
「鬼ヶ島」由来の「鬼」。でもこれって「もも」つまり「桃」と関係濃すぎのお題だろ。
決まり切った話になりそうなんで却下。
「家庭教師」由来の「家庭」と「教師」はどうだ。
でも、逆に汎用性があり過ぎて、どんな話にも適用できそうだ。それも面白味がない。
うーん、却下!
「あと十秒よ」
えーい、待ってくれ。
そうだ、
うん、いいかも!
「えい、ままよ」とばかり、僕は紙に「指揮官」と書き込んだ。
次の瞬間、詩乃は腕時計を見て「時間よ」と宣告した。
ぎりぎりセーフで、お題は完成した。
当然ながら、作成者の僕にも噺の腹案などかけらもなかった。
文字通り「出たとこ勝負」の、三題噺対決が始まろうとしていた。
⌘ ⌘ ⌘
書き上げた紙をさっそく詩乃に見せながら、僕はこう言った。
「これが今回のお題だ。時間は前回と同じ五分だよな」
詩乃はうなずいた。
「じゃ、始めるぜ」
僕はキッチンタイマーのボタンを押した。
ふたたび戦いの火蓋は切って落とされた。
『ええっと、まず“解散”ってのはなにの解散がいいかな。
“もも”の柔らかい語感との響き合いから考えて、女性的なイメージのほうが良さげだ。
じゃあ、アイドルグループの解散ってことで行こう。
“もも“はダブルミーニングで使えそうだな。さっきの詩乃の話によると同じお題を繰り返して入れるとポイントが二倍、三倍になるそうだから、使わない手はないな。
指揮官は、そうだな、アイドルの音楽プロデューサーのことを指せばうまくイケるんじゃないか?
よし、それでいくべ!』
ここまで一分弱。おおまかなアウトラインが決まったので、僕はさっそく原稿用紙に噺を書き始めた。
隣りでは既に詩乃が鉛筆を取って、カリカリと書いている。
仕事はえー、でも負けられねーな。
「ピピピピ……」
タイマーが鳴った。あっという間に五分経ってしまった。
僕は今回もなんとか時間内に書き終えることが出来た。
詩乃も同様のようだった。
まずは、僕がみずからの作品を読み上げた。
【モブ原稿】
「東京ドームの大空間をもゆるがす大歓声。僕は今ももク●の解散コンサートにいる。指揮官
「これが僕の会心の力作だ。では、解説していこう。
字数は百字以内を守っているし、文意も明瞭、オチも綺麗に決まっている。
お題は解散、もも、指揮官、いずれも使っている。
ももは二箇所使っているからポイント二倍。
いやダブルミーニングだから三倍かな。
どうだ、間違いなく八十点は堅い出来だろ」
僕は、普段はなかなかすることのないドヤ顔で詩乃にアピールした。
詩乃は黙って僕の自画自賛の講釈を聞いていたが、やがて口を開いた。
「そうね、まあ、噺に破綻はないし、さっきのよりはだいぶん出来がましな気がするわね」
お、好感触! しかし……次があった。
「でも、わたしはちょっと言いたいわ。
モブさん、あなたには冒険心、チャレンジャー・スピリットがまるで足りないわ!」
そう言って、僕を指差した。ビシッ!
「えっ、それってどういうことかな……?」
僕が当惑して尋ねると、詩乃はまた例の強気な調子で答えた。
「具体的に言いましょう。まず、あなたは『ももクロ』を●つきの誤魔化した書き方をしているじゃない。夏菜子とか露骨に名前出ししてるくせに。
炎上を極端に恐れた自主規制ってことじゃないかしら。
どう、図星でしょ?」
「そ、それは確かにそうだけど……」
「でしょ。まったくチキンよね。
『炎上上等!』ぐらいの覚悟がなきゃ、こういうアイドルネタを書く資格はないわ。
おまけに最後に夢オチというかたちで、解散をなかったことにしてるじゃない。
二重に、炎上回避の保険を掛けているってことよね?
ヘタレにもほどがあるわ。
どうせ書くなら、ももクロをほんとに解散させたことにして、ドルヲタが発狂した、みたいなエッジのきいた話を書くべきだわ。
ネットみたいに衆人環視の場ならまだしも、こんなあなたとわたしだけの閉じた空間においてさえ、自主規制した話を書いて何の意味があるのかしら、まったく」
シ、シーマセン……。
「そういう、よろず事なかれ主義が、あなたの限界なのよ。
もっと自覚してちょうだい」
「はぁ……」
結局、自分が講評する立場になったはずなのに、盛大にツッコミを入れられている僕だった。
「でも、それはそれとして、完成度の高い作品だとは思います。
わたしのアーカイブに入れてもいい出来だわ」
なんすか、あなたのアーカイブって?!
まあ、姫にいちおうお褒めのお言葉をいただけたので気を取り直して、僕はこう言った。
「わかった。じゃあ、次は詩乃くんの作品を発表してもらおうじゃないか。
そこまで強気なことを言うのなら、相当な自信作なんだろうな」
僕はちょっとだけ皮肉っぽい笑みを浮かべた。
詩乃は「もちろん」とひとこと言って、自分の原稿を読み上げ出した。
【詩乃原稿】
「わたしは
なんかえらくフェティッシュでエロい文面、キター!
前作のあんばいから予想できなくはなかったが、斜め上をいく際どさだった。
これってただの三題噺というより、エロネタしばりなんじゃね?って感じ。
詩乃から渡された原稿に言葉も忘れてしばらく見入ってしまった僕だったが、ふと我に返り、「コホン」と咳をひとつしてから、こう話し始めた。
「じゃ、僕から講評させていただくとしよう。
もう、どこから評していいのかよくわからんが、とりあえずお題、字数ともにOKではあるな。
文脈にも破綻はない。お題、特に『もも』を頻繁に使っている手際は、さすがだと思う。
メーターを振り切ったような大胆な表現も、僕にはとても出来ないことだ。
もう、芸の域に達していると言える。
がしかし、この語り手はいったいだれ?
どう考えても、女性じゃないような気がするが。
きみの書いた文章なのに、明らかに男目線になっていない?
これって、どうなの?」
僕のその問いに、静かな口調で詩乃が応じた。
「モブさん、とても感受性のあるかたとは思えない発言をなさいますね。
あなたのおっしゃることは、二重の意味で的外れだと思います。
まず、ひとつめ。
女性のわたしが作ったのに、男性視点になっている文章はおかしいというのは、単に作者を直接知っているがゆえの違和感に過ぎません。
土佐日記だって、作者の名前もその素性も知らないひとが読んだら、本物の女性が書いた作品だと思うでしょ。
三題噺は自分のこともしくは同性の立場で書いた作文である必要はなく、むしろ文学作品に類するものなので、ネカマ、ネナベどころか、人外、ケモノ、なんでもありの世界なのです。
そう、創作において、固定観念は最大の敵なのです。
そしてふたつめ。
世の中には、女子のことが男子よりも大好きな女子、いわゆる『百合』な女子が一定数存在するのです。
その方たちの気持ちになって書いた文章なのかもしれないのですよ、モブさん。
いやさらに言えば、わたし自身がそういう百合なのかも、ですよ」
詩乃は、意味ありげにニヤッと笑ったのだった。
僕は毒気を抜かれてしばらく返すべき言葉を失っていたが、なんとか体勢を整えてこう言った。
「そ、そうか……。僕の視野がだいぶん狭かったかもな。
いろいろ既成の枠組みにとらわれていたようだ」
詩乃は、少し口調を和らげてこう言った。
「いえ、最初はみんなそういう過ちに陥りやすいものです。モブさんだけじゃありません。
わたしだって、この域に達するまではしばらく修業が必要でしたし」
修業? これってギルドかなんかなの? あなたはマイスター?
ともあれ、僕の三題噺はなんとかお題を詰め込んで意味の通った文章に仕立てるのが精一杯なのに対して、詩乃のは「創作」の域に達しているのは明らかだった。
僕にはまだ彼女のようなイマジネーション、羞恥心を振りはらった思い切りのよさ、そんなものが不十分だ。
それが今回の、たった五分のアドリブ・バトルでよくわかった。
詩乃の実力は、ハッタリじゃない。
本物だ。
僕は、こう言った。
「僕にはまだまだ三題噺の修業が足りないことは、よくわかった。
きみのように、もっと自由闊達に書けるようになりたいと思う。
その技術を、僕にも伝授してもらえないだろうか。
頼む」
僕がそう言うと、詩乃はこわばった表情を急に崩して、困ったような顔つきになった。
「いえ、わたしのはそんなたいそうな
お教えするほどのことはありません……」
消え入るように、そう言った。
僕は目と耳を疑った。
口調もこれまでになく丁寧なのには驚いた。
褒められる前に自分を褒めてしまう、そんな性格の詩乃は、実はストレートな褒め言葉や、彼女を立てる言葉には弱いようだった。
これは意外な発見だ。
僕は詩乃の目をじっと見ながら、こう語った。
「じゃあ、今回もきみの実力勝ちということになるな。
悔しいが、認めざるをえない。
僕は、きみの家庭教師となるに十分な人間じゃないのかもしれないな。
だって、三題噺ひとつ、きみに太刀打ち出来ないんだから」
それを聞いて、詩乃はこう答えた。
「さあ、どうでしょうか。
そんな単純な物差しで判断する気は、わたしはありませんよ。
モブさん、あなたにお願いするかどうかのお返事は、
しばらくお待ちください」
「そうか、わかった。きょうはこれで失礼していいってことかい?」
「はい。いろいろわたしのわがままに付き合っていただき、ありがとうございました」
詩乃はそう言って、僕に向かって深く頭を下げたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
それから僕は、詩乃と夫人に見送られて鬼ヶ島家を出た。
詩乃だけが玄関の外に出て、立ち去ろうとする僕にひとことこう言った。
「そういえばモブさん、ホステスさんとかの面接の結果って、『後で連絡します』って言われた場合、十中八、九は不採用みたいですよ。
本当に雇いたい人なら、他の店に行かれるのを防ぐためにもすぐ採用を伝える必要がありますからね」
そう言って、例の含み笑いをした。
まったく、イヤなことを言うよな。
また、もとの毒吐き詩乃に戻っちまったようだ。
ま、怒っても始まらん。
僕はこう返事をした。
「そうかい。じゃあ、僕はその一、二割のケースであるよう、祈ってるぜ」
そして、手を振りながら踵を返したのだった。
その夜、かなり遅くなってから、佳苗伯母さんから僕あてにメールが来た。
「きょうはお疲れさま。詩乃ちゃんからわたしに電話があり、久しぶりにお話が出来ました。
『今回のかたは、とても話のわかるかたでした。ぜひ、来週の月曜からお願いします』だって。
おめでとう。頑張ってね」
これでやけに長い一日が、ようやく終わりを告げたのだった。(続く)
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