第2羽 バーズ・オブ・フェザーズ

翌日。

日の出と共に起床したルドミラにフェリシアは叩き起こされることとなった。

「起きなさい、新入り!朝よ!」

「まだ眠いです…寝かせて…」

「バカ言ってると水ぶっかけるわよ」

「うーん…」

目を擦りながらなんとか上体を起こすと、完璧に軍服を着こなしたルドミラの姿…と、未だベッドで眠るアイシャの姿が見えた。

「アイシャさんもまだ寝てるじゃないですか…」

「アレはいいの。自分で起きるまでは例え爆弾が降ってきても起きないから」

「えぇ…」

フェリシアがベッドを出て着替えようとすると、真新しい軍服が用意されている事に気付く。

「あれ、この服…」

「ああ、アンタ宛に届いてたやつよ。サイズが合ってるといいわね」

試しに袖を通して見ると、若干緩いものの十分着れるサイズだった。

「早速だけどアンタ、飛べる?」

「あ、はい。一応…」

戦争が始まる前、故郷にある森の近くでこっそりと飛んだことをフェリシアは思い出す。

「そう、よかった。たまに居るのよ、翼があるのに飛べない奴」

新事実だったが、まだ寝ぼけているフェリシアに驚く余裕はない。

「でも飛んだことなんて、正直ほとんどなくて…」

「でしょうね。だからわざわざこんな朝早くから起きてもらったわけよ」

「へ…?」

腕をまくるルドミラに、フェリシアは首を傾げる。

「飛行訓練よ。一緒に戦場を飛ぶ以上、あんまり無様に飛ばれちゃ困るもの」

「えっと…今からですか?朝ごはんとかは?」

「飛行訓練くらい朝飯前に出来て貰わなきゃ困るわ。それに朝食は二時間後よ」

「えぇ~…」

「いいからさっさと出る!」

渋るフェリシアを部屋から引き摺り出すルドミラ。

そして2人は宿舎の中庭に繰り出した。

「とりあえずお手並み拝見といきましょうか。私の後をついて来なさい」

言うが早いか、ルドミラは翼をはためかせて飛び立ってしまう。

「ちょっと、いきなりですか!?」

慌てて追いかけるフェリシアだが、その間隔は開く一方だった。

「速く飛ぶのは苦手…ね。なら、こういうのはどうかしら?」

不規則に進路を変えながら飛ぶルドミラ。

フェリシアは慌てながらもその経路を辿っていく。

「うぅ、目が回りそう…」

「小回りは及第点ね。さて…」

呟くと同時にルドミラは急降下する。

しかしフェリシアはそれを躊躇ってしまう

「ちょっと!?こんな低空でそんなこと出来ませんよ!」

「いいから、やってみなさい!」

「無理ですー!」

ルドミラが促すものの、フェリシアは上空で羽根をパタパタとはためかせ降りて来ない。

「度胸は…まぁ並よね。地面に突っ込まれるよりはマシか」

聞こえないように呟くと、ルドミラはフェリシアの元まで戻る。

「低空だから出来ないってことでいいのよね?」

「まぁ、はい…」

「付いて来なさい」

言い置くと、ルドミラは全力で上昇していく。

フェリシアも全力で追従しようとするものの、距離がどんどんと開いていく。

「この高さなら大丈夫よね?」

息を切らせながら上昇してきたフェリシアに声をかけるルドミラ。

「はぁ…はぁ…はい…地面スレスレでターン、とかしなければ」

「そんなの期待してないわ。行くわよ!」

急降下するルドミラに、フェリシアも続く。

意外にも2人の距離は開く事がなく、ルドミラが降下の体勢を崩すまでフェリシアはぴたりと着いてきた。

もっともフェリシアは降下のやめ時をしくじり、若干降下し過ぎるのだが。

「降下だけなら合格…全体としてはまあまあってところね」

上昇し直すフェリシアを横目に、ルドミラは淡々と分析する。

「大体の実力はわかったわ。後は朝食までダンスに付き合ってもらうわよ」

「えぇ!?休憩とか無いんですか…」

既に息の上がったフェリシアが情けのない声を上げる。

「この程度で根を上げてたら戦場で永遠に休憩する羽目になるわよ」

返事を聞くことなくルドミラは飛び去る。

「そんなー、待ってくださいよー…」

降りて休むわけにもいかず、渋々後をついて飛ぶフェリシアだった。



そして朝食時、フェリシアは疲れから半分眠りながら食事を口に運んでいた。

「どうした新入り、眠そうだな?さてはまたミルカのブートキャンプか?」

隣に腰掛けたアイシャが尋ねる。

「はい…大体二時間くらい…」

「そうか、なら運が良いぞ。前の時は三時間半やってた」

「えぇ…」

笑って告げるアイシャに、フェリシアの顔は引き攣る。

「毎回新入りに厳しいもんだから、以前『こんなんなら娼婦にでもなった方がマシよ!』って言って、自分で翼をもいだ奴が居てな…」

「本当ですか…?」(娼婦ってなんだろう…?)

聞き慣れない言葉に戸惑いつつ、フェリシアが聞き返す。

「ちょっと、妙な事吹き込むのやめてくれる。信じたらどうするのよ」

向かいの席のルドミラが割って入る。

「あれ、事実じゃなかったか…?」

「さすがのルドミラさんでも、それは…」

「あの子が羽根をもいだのは、一度戦場に行ってからよ。私だけのせいじゃないわ」

「あー、そうかそうか。まぁ似たようなもんだろ。なぁ、新入り?」

「似たようなもんです…」

一瞬抱いた希望を砕かれ、フェリシアは落胆を隠さない。

「なによ失礼ね。私はこの風切羽にかけて、新入りが戦場で死なないように厳しくしてるだけよ」

「はいはい、わかったよ。新入りもわかってるよな」

「…はい」

半ば呆れ混じりのアイシャに、フェリシアは目を伏せたまま肯定する。

「なにか言いたそうね…」

「気のせいですよ。眠いだけです」

「…そう。まぁ、わかればいいわ」

疑いを晴らしたわけではないが、それ以上の追求は無意味と判断したルドミラは適当に切り上げた。



食後。

他の面々が各々食い休みをする中、フェリシアはルドミラとアイシャによってある場所に案内された。

「さて新入り、目は覚めたかしら?これからお勉強の時間よ」

「お勉強…?」

ルドミラがアイシャに合図を出し、部屋の明かりが灯される。

「私達が扱える装備の説明よ。アイシャ、頼める?」

「あいよ」

銃や擲弾、機械類の並ぶ机に歩み寄るアイシャ。

そのうちの一つを取り上げ、説明を始める。

「これは破片手榴弾だ。信管が調節してあって、ピンを抜いた後に衝撃が加わるとキッカリ二秒で爆発する。当然、落とし損なったら自分が吹っ飛ぶ。そん時は見捨てるからよろしくな。」

「えっと、落とし損なうって具体的にどう…?」

フェリシアはが疑問をぶつけるも、アイシャは取り合う事なく説明を続ける。

「もっとも空中で落とし損なう間抜けには、もっと気をつけなきゃならん事があるだろうがな」

「はぁ…」

いきなりの皮肉に反応出来ず、フェリシアはただ頷く。

「こいつは対戦車手榴弾。弾頭は成形炸薬弾HEATタイプで…って言ってもわかんないか。まぁうまく直撃させれば戦車を撃破出来るって事だけ覚えとけば大丈夫さ」

「なるほど…?」

首を傾げるフェリシアを横目に、アイシャは次の説明を始める。

「で、こいつは短機関銃。そこそこ軽くて頑丈だから、自衛用に持つヤツが多いな。使い方は知ってるか?」

「いえ、全く…」

フェリシアは実家にある猟銃の使い方すら知らない。

「あいよ。まずはここをこうすると…」

簡潔に短機関銃の扱いを説明するアイシャ。

一応実際に持たせて動かし方を教えるものの、実弾を入れて練習するわけにもいかず中途半端な形になる。

「あとは慣れだな。アタシらには射撃練習場なんて贅沢な場所は無いから、実戦で使って覚えてくれ」

「えぇ…」

衝撃の事実にフェリシアは表情を引攣らせる。

「それから拳銃。こいつも教えた方がいいか?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「あいよ。まず、こいつにはセーフティなんて洒落たもんはなくて…」

やはり簡潔に拳銃の扱いを説明するアイシャ。

「で、練習については以下同文ってやつだ。頑張れよ」

「はい…」

説明を終えると共にアイシャはホルスターをフェリシアに差し出す。

それを受け取り身に付けると、フェリシアはいよいよ戦場が身近になったような感じがした。

「んで、これが信号銃。どうしようもなくヤバくなったら、上に向けてぶっ放せ。助けは来ないが、死ぬ味方が減る。多分」

「…」

閉口するフェリシアに構わず、アイシャは説明を続行する。

「それから無線機はこの紐を肩に通して前に抱えるように、えーと…まぁ使う事になったら、そん時な。そんなにいっぺんに覚えられないだろ?」

「そう、ですね…」

そのまま雑多な装備品の説明を続けるアイシャ。

一通り話し終えると、端にある武装に目を止める。

「で、あれは…あー、ミルカ?」

「はいはい」

ようやく自分の出番かといった様子で、ルドミラは説明を始める。

「これはフレシェット。投げ矢の一種で、確か投箭とも呼ばれてたはずよ。ある程度の高さから落とせば殺傷力を持つわ。まぁ、嵩張かさばらない事だけがメリットね」

「はぁ…」

どう見ても溝の掘られた金属の棒にしか見えないそれに、フェリシアは首を傾げる。

「そしてこれはAG-2対空擲弾たいくうてきだん。投げるとパラシュートが開いて、数秒後に爆発するわ。うまく航空機を巻き込めれば撃墜出来るけど、投げた後は急降下で離脱しないと自分も巻き込まれるわね」

「そんな危ないもの使うんですか…?」

ごく自然に沸いた疑問をぶつけるフェリシアに、ルドミラは怪訝な顔をする。

「私達が使える数少ない対空兵器だもの。あると無いとじゃ大違いよ?」

「まぁ、アタシはミルカ以外が使ってるとこ見た事ないけどな」

横槍を入れるアイシャをルドミラは睨み付ける。

「私だって、もしもの時の為に一つ持ってるだけよ。大体航空機なんて合わないに越したことないもの」

「えっと、その…航空機って、そんなに厄介なものなんですか…?」

その質問に、2人の目の色が変わる。

「当たり前でしょう。アイツらは私達より速く飛べる上に機関銃を撃ってくるのよ?敵は私達の事を厄病神って呼んでるらしいけど、私達からすれば航空機の方がよっぽど厄病神よ」

「そうなんですか…」

ルドミラの剣幕に、フェリシアは思わずたじろぐ。

「あー、新入り。その話題は頼むからナシにしてくれ?仲間をやられたヤツも多いんだ…な?」

アイシャはフェリシアにそっと耳打ちする。

「あ、その…すみませんでした…」

明らかに悪くなった空気に負け、謝罪するフェリシア。

「まぁ、いいわ。あなたも実際に出くわせば嫌でもわかるだろうから…」

そう言ったルドミラの目は、どこか遠くを見ているようだった。

「あ、そうだ!さっき私達が敵にって呼ばれてるって言ってましたよね?」

なんとかして話題を変えようとするフェリシア。

「『私達』ね。あんたはまだよ」

「あ、はい。すみません…」

言葉尻はきついが、若干ルドミラの表情が和らぐ。

「私達が上空を飛ぶと砲弾や爆弾が降ってくるから『羽根付wingedきの疫病神 scourge』なんて呼んでるらしいわよ。まぁ、いい気味ね」

「へぇ…そうなんですか。あれ?そういえば私達って戦場を飛んで何するんですか?」

今更な疑問をぶつけるフェリシアに、2人の表情が更に和らぐ。

「あー、そういや説明してなかったな。どうする、ミルカ?」

「それについては習うより慣れろよ。最初の出撃でしっかり学んでもらうわ」

「は、はい…がんばります」


それから4日後。

連日に渡ってルドミラから早朝から夕刻に及ぶ特訓を受け続けたフェリシアに、遂に初出撃の日がやってきた。

有翼種の少女達は前線すぐ後方の詰め所に集められ、簡単なブリーフィングを受けている。

「…以上だ。まぁ、いつも通りやってくれれば構わん。何か質問のある者は?」

指揮官にしては低い階級章を付けた男が説明を終え、形式的に質問を受け付ける。

ちなみにこの男、実際ただの伝令でしかない。

「はい!」

しかしそんなこと露知らず、フェリシアが手を挙げてしまう。

「…なんだ?」

明らかに不機嫌な声で聞き返す男。

「あの…具体的に何をすれば良いのか、わからなくて…」

その迫力に押され、フェリシアの声が段々小さくなる。

「はぁ…貴様、見ない顔だな。新入りか?」

「はい、先日入隊しました。フェリシアです」

男はフェリシアを顔から足まで眺めると、周りの少女より幼いことに気付く。

そして少しだけ気の毒そうな顔をして、再び険しい表情を作った。

「それを教えるのは私の仕事ではない。ここにいる先輩方に教えてもらうんだな。他に質問のある者は?」

男が見渡すが、手を挙げる者はいない。

「では、解散。幸運を祈る」

そのまま男は去って行った。


「ヤヴリンスキーの野郎、『幸運を祈る』だって?どういう風の吹きまわしだ…」

「知らないの?彼、故郷にちょうどその子くらいの娘がいるのよ」

呟いたアイシャに仲間の一人、オリガが答えた。

「へぇ…なんでそんなこと知ってるんだ?」

「なんでもいいでしょ」

「はいはい、いつもの『噂好き』ね」

オリガが悪戯っぽい微笑むと、やれやれといった様子でアイシャは追求を放棄する。


「あの…」

一方フェリシアは、すがるような目でルドミラを見つめていた。

「追々教えてあげるから、そんな目で見るのをやめて。私が悪いみたいでしょ…」

「ありがとうございます…」


部隊の皆は各々準備を済ませ、パック毎にまとまって飛び立っていく。

そしていよいよ、フェリシア達の番が来ようとしていた。

「いい?今回のアンタの仕事は、私達の後ろを付かず離れずの距離で飛び続けることよ」

「はい!」

「もし私達の片方が落とされたら、生き残った方について行きなさい」

「はい!」

「もし両方落とされたら、さっき渡した信号銃を撃って、死ぬ気で逃げなさい。いいわね!」

「はい!!」

「よし、行くわよ!」

ルドミラの合図で一斉に飛び立つ三人。

向かう戦場には、時折対空砲火がチラついていた。

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