有翼戦線異状なし
ストロー=クーゲルスタイン
第1羽 戦場までは何ベルスタ?
「新入り、今日もちゃんと着いてきてる?」
「な、なんとか…」
「おぉ、頑張るねぇ。前の奴とは大違いだ」
三人の少女が戦場の空を駆ける。
背中には鳥に似た翼を携え、その姿形は三者三様である。
「アイシャ、無線」
「あいよ」
アイシャと呼ばれた少女が、胸に携えた無線機の受話器を差し出す。
「砲兵隊、こちら偵察隊。砲兵隊向けの目標を発見。座標31143514、観目方位角5400。どうぞ」
器用にアイシャの傍らを飛びながら、無駄なく告げていく少女。
「砲兵隊了解。これより射撃を開始。弾着の観測を求む。どうぞ」
「了解」
無線機越しの男性の声に少女は淡々と返す。
そして風切り音と共に砲弾が飛来し、炸裂。目標を粉砕する。
「目標命中。及び沈黙を確認。どうぞ」
「了解、攻撃終了。交信終わり」
交信を終えた少女がアイシャに受話器を返す。
「一丁あがりっと…さて、お次はあの戦車にしようかしら」
言いながら少女は対戦車手榴弾を取り出す。
「接近して仕留めるわ。新入り、援護して」
「は、はい!」
そう言って降下する少女に、新入りと呼ばれた少女が続く。
手に持つ短機関銃の掃射で随伴の歩兵を牽制し、その隙に少女が対戦車手榴弾を叩き込む。
そして炸裂した成形炸薬が上面装甲を食い破り、敵戦車のエンジンに致命的な損傷を与える。
「さて、逃げるわよ」
「はい!」
そのまま離脱しようと飛ぶ二人だったが、飛行には明らかな練度の差が見て取れた。
すると戦車の上面ハッチが開き、中から出てきた男が機関銃に手をかける。
狙いを定めたのは…新入りだった。
「危ねぇ、新入り!」
「きゃっ…!?」
敵の射線に勘付いたアイシャが体当たりで新入りを突き飛ばす。
直後布を切り裂くような銃声が響き、その凶弾がアイシャの翼を撃ち抜いた。
「アイシャ!」
落下していくアイシャ。それを急降下して空中で抱き止める少女。
「ミルカ…いいよ、離して。私はもう…」
「何バカ言ってるの!私の風切羽にかけて、絶対連れて帰る。落としたりなんかしないわ」
ミルカと呼ばれた少女は頑なに手を離そうとはしない。
「ミルカさん!」
そこに体勢を立て直した新入りもやってくる。
「新入り、手伝いたいなら無線機を持って。撤退するわよ!」
「はい!」
固まって落ちるように飛ぶ三人の少女。
その間にもアイシャの翼からは血が滴っていた…
––––有翼種。
ある年代の少女にのみ発症する奇病『有翼病』に罹患した者達。
鳥のような翼を持ち空を駆けることが可能な彼女達は、古くから魔女や忌み子として差別や迫害の対象であった。
彼女達の多くは真っ当な仕事に就くことを認められず、ごく一部が飛行能力を活かし郵便などの仕事に就く程度であった。
しかし帝国の侵攻によって世界大戦が始まると、そんな彼女達の能力に目を付けた者達がいた。
大陸最大の国土を誇る東部社会主義連邦、その上層部である。
そして有翼種最大の特徴である飛行能力を最大限活用すべく、偵察翼兵部隊が設立された。
主な任務は直接協同偵察。地上部隊と緊密に連携した偵察や観測、そして必要とあらば空襲を行なう任務のことである。
入隊条件はただ一つ、有翼種であること。
それさえ満たしていれば年齢も、国籍さえも問われることはなかった…
遡ること数ヶ月。前線から遠く離れた農村の家に一通の書簡が届けられた。
それは有翼種向けの召集令状だった。両親にとっては娘の死刑宣告に等しい代物だ。
「ああ、フェリシア。なんてことだ…あの子はまだ12歳だというのに」
「なんとかならないの、あなた…。そうよ!流行り病で死んだことにして匿うの、そうしましょう?」
縋るような母の提案に、父は力無く首を振る。
「無駄だ…これが届いたという事は、この村に密告をした者がいるという事だ…こんな狭い村で隠し切れるはずがない…」
「そんな…やってみないとわからないじゃない」
打ち拉がれる両親の元に、家の奥から1人の少女が歩み出る。
歳の割に背は小さいが血色はよく、その背中にはパフィンという鳥に似た翼が一対生えていた。
そう、当の本人たるフェリシアである。
「父さん、母さん、どうしたの?呼ばれた気がしたんだけど…」
「フェリシア、よく聞いてくれ。実は…」
父はフェリシアに召集令状が届いたこと、それが何を意味するかを説明する。
「うん、わかった。私、行くよ」
フェリシアの返答に母が血相を変える。
「フェリシア、なんてことを!お前、今の話を聞いていなかったのかい!?」
今にも胸ぐらを掴みそうな勢いで、母はフェリシアに迫る。
「だって、兄さん達も戦争で戦ってるんだよ?戦えって手紙が来たなら、私も戦わないと…」
その無垢な返答に、父が膝から崩れ落ちる。
「ああ、お前を良い子に育ててこれほど後悔した日はない!神よ!何故うちの娘なのですか!?」
「父さん…?」
心配そうに父の顔を覗き込むフェリシア。
「…わかった。もう私に出来る事は、お前をちゃんと送り出してやる事だけだ。どうか、お前の兄達と同じように立派に戦ってくれ」
「あなた!?」
母はただでさえ青ざめた顔を更に青ざめて父に迫る。
「フェリシアが覚悟を決めたんだ。我々がしないでどうする?」
「ああ、そんな…」
母は手で顔を覆い、そのまま泣き出してしまう
「母さん、泣かないで。私立派に戦うから」
「違う、違うんだよフェリシア。母さんは、お前に…」
「よせ!この子の覚悟を無駄にするんじゃない!」
「違うわ。この子はわかっていないのよ!」
「父さん、母さん、喧嘩しないで。私、ちゃんとできるから」
怒鳴り合う両親にフェリシアは言う。
「ああ、フェリシア。行かないでおくれ。母さんはもう子供を戦争に盗られるのはたくさんなんだ!」
「いい加減にしろ!お互い辛くなるだけだぞ!」
父の言葉に母は言葉を失い、ただ啜り哭く音がその場を支配する。
そんな両親に、フェリシアは掛ける言葉を見つけられなかった。
フェリシアが実家を後にするのは、その三日後のことであった。
戦地へ向かう汽車に揺られながら、フェリシアは窓の外を眺めていた。
『フェリシア、お前は父さん達の自慢の娘だ。だからどうか生きて帰ってきておくれ』
別れ際の父の言葉を思い出す。
「戦場ってどんな所なんだろう?ちょっと楽しみだな。私でもちゃんと戦えるのかな…?」
小さな胸に期待と不安を押し込め、フェリシアはただ汽車に揺られる。
と、そこに1人の男性が通りかかる。
背は高いが顔に幼さの残る彼は、フェリシアを一瞥するなり「げっ、有翼病…なんでこんなところに座ってんだよ…」と吐き捨てた。
「えっ…」
突然の言葉にフェリシアが戸惑っている内に、男は歩み去ってしまう。
『フェリシア。その翼はお前を多く傷付けるだろう。そんな時は故郷にお前を想う者が居ることを思い出しておくれ』
再び父の言葉を思い出すフェリシア
(うん、そういうものなんだよね…多分。早く慣れよう)
汽車を乗り継ぐこと丸二日。いよいよ戦地が迫っていた。
今や終着駅となったかつての途中駅で降り、召集令状に記された住所を目指す。
「あの…すいません、西口ってこっちであってますか?」
「…」
駅員に尋ねるフェリシアだが、翼を一瞥されると無視されてしまう。
「あの!すいません!」
「ちっ…そこの文字が読めねぇか?こっちは北口だ」
大声を上げるフェリシアに悪態を吐き、駅員は再び黙りこむ。
「…わかりました。ありがとうございます」
形だけ礼を述べ、フェリシアはその場を後にする。
沈み行く夕陽に照らされる駅を出ると、そこには戦火の爪痕が残る街並みが広がっていた。
砲弾が命中したであろう家の壁、爆弾が落ちたのか骨組みだけになった工場、そして多くの火災の跡。
故郷では全く縁の無かったそれが、フェリシアの緊張を嫌が応にも高めていく。
「…あ痛っ!?」
立ち竦むフェリシアの翼に、突然後ろから誰かがぶつかった。
「邪魔だぞ有翼病。道のど真ん中で突っ立ってるんじゃねぇ」
見れば軍服を着たガラの悪い男が、ニヤニヤしながら立っている。
「…すいません」
「そうそう、従順なのは良いことだ。ははっ」
フェリシアが素直に道の脇に避けると、男は機嫌を良くしたのか、顔を歪ませて去っていった。
「…行こう。多分こっちだよね」
目的の場所は想像よりも早く発見できた。
元は宿屋であっただろう建物に、明らかに異質な軍旗が掲揚されていたからだ。
念のため住所を確認してみても、ここが目的の場所である事は間違いないようだった。
「さてと…お邪魔します!」
扉を開け元気よく挨拶するフェリシアだったが、中に人の気配はなかった。
「…あれ?」
戸惑いながら再び住所を確認するも、やはりこの場所で間違いない。
「留守なのかな…?」
中に入って扉を閉め、辺りの様子を伺う。
そこは宿屋の受付と待合室が合わさった構造の部屋で、暖炉の様子から火が消えてから時間が経っていることが見てとれた。
「あのー、誰かいませんかー?」
やはり返事はない。
「どうしよう…」
フェリシアが戸惑っていると俄かに外が騒がしくなり、それとほぼ同時に扉が乱暴に開け放たれた。
「よーし、一番乗り~…ん?誰だい君は?」
扉を開けた少女がフェリシアを見とめて問う。
彼女は軍服を豪快に着崩し、背中にグンカンドリの翼を携え、その両方を泥と埃に汚していた。
「あ…私、フェリシアと言います!よろしくお願いします!」
一瞬呆気にとられるも、自己紹介をするフェリシア。
すると扉から続々と翼を携えた少女達が入ってくる。
「どうしたのアイシャ?大声出して。いや、それはいつものことか」
その中でただ一人、丁寧に着込んだ軍服にも背中に携えたトウゾクカモメの翼にも汚れ一つない少女が、最初に入って来た少女…アイシャに声をかける
「ミルカ。聞いて驚け、新入りだ」
答えると、アイシャはフェリシアを指で示す。
「ふーん、新入り。新入りね…次は何日保つかしら」
ミルカと呼ばれた少女の不穏な言葉に、フェリシアは一瞬たじろぐ。
「さて、みんなの前で自己紹介といきましょうか。新入りちゃん?」
それを見てミルカは悪戯っぽく笑い、言葉を続ける。
「…はい!新しくここに配属される事になったフェリシアです、よろしくお願いします!」
大きな声で自己紹介するフェリシアに、その場の少女達の多くは気を良くし、自己紹介を返していく。
「さて、アタシの番だな。アタシはアイシャ、よろしくな」
「はい。よろしくお願いします、アイシャさん」
「で、こっちは…」
ミルカの方に体を向けるアイシャ。
「ルドミラよ。よろしく」
アイシャを制し、ミルカ…もといルドミラが発言する。
「ルドミラさん、ですね。私もミルカさんって呼んでもいいですか?」
「だめ。そう呼んでも良いのは同じパックの仲間だけよ」
「パック…?」
ルドミラの口から出た耳慣れない言葉に、思わず聞き返すフェリシア。
「一緒に飛ぶ二、三人のチームの事だよ」
答えたのはアイシャだった。
「私達は『群れ』で行動する…少なくとも戦場ではね。だから『パック』よ」
それにルドミラが続ける。
「なるほど…でも鳥の群れなら『フロック』じゃ?」
「…細かい事はいいの」
フェリシアの疑問にルドミラは言葉を濁す。
「はぁ…という事は、私も誰かとパックになるって事ですよね?誰と組めばいいんですか?」
フェリシアが聞くと、少女達は顔を見合わせる。
そしてある2人に視線が集まった。
「今、パックが三人じゃないのはルドミラとアイシャのとこだけだよね?」
先程フェリシアに自己紹介を済ませた少女の一人、オリガが声を上げる。
「ちょ、ちょっと!また新入りのお守りを押し付けるつもり!?」
「だって、パックは三人が基本なんでしょ?」
「それはそうだけど…」
言いながら、フェリシアとアイシャを一瞥するルドミラ。
「アタシは構わないぞ」と、アイシャ。
そのまま辺りを見回すルドミラだが、全員が目を逸らす。
「下手にパックを崩すわけにもいかないし…仕方ないわね」
ルドミラは溜息を吐いてフェリシアに向き直る。
「フェリシア、貴方を私のパックの一員に迎えるわ。優しくなんて出来ないから、そのつもりで」
「は、はい。よろしくお願いします」
トントン拍子で進む話に戸惑いつつも、フェリシアはそれを受け入れる。
「じゃあ改めて…ルドミラよ、ミルカでいいわ。貴方がパックの一員である内はね」
「フェリシアです。せっかくなので、気軽にフェリって呼んでください」
「アイシャだ…って、これじゃさっきと変わらないか。よろしくな、新入り」
改めて自己紹介を済ませ、握手し合う三人
「じゃあ、とりあえず部屋を案内するわね。ここの宿舎はパック一つにつき一部屋が割り当てられるの。私達の部屋は…」
部屋を案内され、ひとまず荷物を置くフェリシア。
宿舎についての説明を一通り受けた後、長旅の疲れを心配したアイシャの提案により、細かな軍務の内容説明などは翌日に持ち越される事になった。
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