26 せっかくラブイベントが起こったのにペアの相手が期待と違いすぎる。【蓮SIDE】


 フックの森は広い。そんなフックの森で「ブタバナ」という花を見つけるのが試験の合格条件だった。ブタバナはそれぞれガーネット先生のペットである魔物に守られているらしい。その魔物を出し抜くなり眠らせるなり気絶させるなりして、手に入れたブタバナをスルーマ先生とガーネット先生の下に持って行けばいいんだと。

 なるほど。薬草の特性に沿って場所を絞り効率よく探すことと、魔物への対応力が求められる試験というわけだ。対魔魔法学と薬草学の合同試験としてはこの上ないものだろう。


 ……しかし、しかしだ!! 問題はそこじゃない!! なんで、どうして、よりにもよって、その試験の俺のペアが──!!


「──おいレン、何をしている。さっさと行くぞ」

「は、ハイ! 待ってください! ──レックス様!」


 ──またまたこいつなんだよ!!!! 狂ってやがるこの世界!!!

 

 しかも桜のペアはあのリリスたんだ!!! あの!! リリスたんだ!! 桜と!! リリスたんだ!!

 うぅ、どうなってるんだよもう……シナリオなんかあったもんじゃねぇ。

 ペアが発表された時のあの桜の顔の恐ろしさときたら……その後、桜がリリスたんとペアだって分かった時は「なんでお前が(アンタが)リリスたん(レックス様)とペアなんだ(のよ)!?」ってお互いを指差して唖然としたものだ。

 ……分かったよもう。シナリオなんか無視だ無視。今までシナリオシナリオ言ってたのが馬鹿みたいじゃねぇか。俺はがっくりと肩を落とし、ひとまず今は試験に集中することにした。


「レン、ブタバナはどのような所に生息しているか分かっているか?」

「え!? あ、えっと、湿気とか、水気が凄く多い場所でしたっけ? 水場の近くとか」

「そうだ。だからまずこの森に点在している湖を探す。また、土の湿り気に注意して歩くぞ」

「はい!」


 流石王太子。優秀な分析なこった。ちなみにヘクトルは周囲の探索のため、この場にはいない。森にいる妖精の力も借りるのが一番手っ取り早いんだろうが、今日はどういうわけかその妖精達が見当たらなかった。


 ──それにしても今日のレックスはどうも早足だな。どうかしたのか?


「レックス様? ちょっとペースが早いのでは?」

「黙れ。余は王太子だぞ。この試験、なんとしても一番早く合格せねばならん。余の足を引っ張るなよレン」

「!? そ、そんな一番だなんて……そんなに気張る必要はないと思いますよ。レックス様は十分立派な──」

「──気張る必要がないだと?」


 あ、やべ。台詞の選択ミスった。レックスの声色が一瞬で変わった瞬間、俺はそう察する。やけにねっとりと湿った風が俺の皮膚を撫でた。俺より十センチは背の高いレックスに睨まれると、流石に怯んでしまう。


「余はあと数年もすれば国王になるのだぞ? それを気張る必要が無いだと?」

「ち、違います! そ、そういう意味じゃなくて、」

「余の判断一つでエボルシオンの国民が何千何万と死ぬ可能性だってある! そんな余に、気張るなだと言ったのかお前は!!」

「れ、レックス様……今、そんな話は……」


 駄目だこりゃ。何かのスイッチ入ったな。桜もたまにこうして鬱憤を晴らすようにぶち切れるから分かる。こういう相手を対応する時はただ黙って話を聞いてやることだ。

 レックスはそれからしばらく俺に向けて怒りをぶつけてきた。しかしこれは俺に向けてというか……理想の国王へ近づけない自分への怒りってのが大きいように思える。だから別に腹は立たない。こいつの背負ってるもんの重さはこの二ヶ月十分感じ取ってきたしな。しかしここまで気負ってるレックスは初めてだな。やっぱり何かあったのか……。

 レックスは気が済んだのか肩を上下させつつ静かになった。唇を噛みしめ、俺と自分の手を泣きそうな顔で交互に見ている。我に返ったみたいだ。


「落ち着きましたか?」

「……っ、……先に行く……」


 レックスは俺から距離をとるように先を歩いた。俺はやれやれとその後ろ姿についていく。そのレックスの後ろ姿は先程とは打って変わって小さく見えた。

 森の奥へ進んでいく。しかしだんだんと俺は寒くもなんともないというのに鳥肌が立っていることに気づいた。なんだこの感覚は。何も見えない闇の中で彷徨っているような恐怖は。一旦足を止める。そして周りをよく観察した。


 すると──。


「っ、レックス様! ヘクトルを呼び戻してください!!」

「!? どうし、」


 俺はたまたま触れていた木の幹に大きな獣の爪痕があることに気づいたのだ。

 これは、おそらく魔物が自分の縄張りにつける印のはずだ! つまり、この近くには──!!


「レン!! 後ろだ!!」

「えっ、」


 俺は恐る恐る振り向く。そうすると、俺の三メートルほど後方に涎を垂らした混成獣──キメラがゆっくりと茂みから出てきて──


 ──俺は、獣と、目が合ってしまった。

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