01 せっかく双子でコンビニに行ったのに不幸すぎる。


 『ときめき☆ファンタスティック』略してときファン。それは俺達双子が絶賛ハマっているスマートフォン恋愛ゲームである。


 ときファンは他の恋愛ゲームとは一味違って主人公の性別を選べる。男主人公であれば女キャラを、女主人公であれば男キャラを攻略できるゲームだ。だからこの俺──山田蓮と俺の可愛い(くはない)双子の妹──山田桜は同じゲームに見事ハマってみせた。


 ちなみに俺の推しキャラは攻略対象女キャラのリリス・イム・ミルファイア。赤色のツインテールにぱっつん前髪、貧乳、つり目……俺の性癖と性癖と性癖が詰まったキャラクターである。容姿的にも性格的にも、ネット小説でよく見かける「悪役令嬢」という単語がこのキャラを説明するのに都合がいい。でもいざリリス自身を攻略する際にはツンデレお嬢様っ子の一面が強く出るのでツンデレに弱い俺は一瞬でノックダウンされた。

 リリスルートのリリスは最初、主人公を「虫けら」と呼んで色々と意地の悪い嫌がらせをしてくるのだが、主人公の優しさに触れて次第にデレる過程が非常に股間に効く。リリスルートが実装された時、俺はすぐに課金をしたし、ついでに運営様へのお礼にリリスたんを生み出してくれてありがとう課金もしたし、リリスたんのイベントもっと寄越せください課金もした。

 

 対して俺の双子の妹である山田桜の推しキャラはメイン攻略対象男キャラであり、そのリリスの婚約者でもあるレックス・ブルー・アドラシオン。金髪で青い瞳という二次元イケメンあるあるの配色野郎だ。

 このレックスルートにて、リリスは主人公♀のライバル役として登場する。その際、主人公への嫌がらせのつもりで悪魔を召喚し、それによって主人公を命もかかわるような危険な目に合わせてしまう。なんとか主人公は一命をとりとめたものの、悪魔召喚という重大な罪を犯したリリスはレックスから婚約破棄され魔法学校も退学、さらには自分の家から勘当されるのだ。

 その後レックスと主人公♀は結ばれてハッピーエンド、だけれどリリス担の俺としてはあんまり面白い展開とは言えない。……ま、妹が幸せそうだから何も言うまいが。


「あぁ~幸せ……」


 ハイ、今俺の隣で何百周とレックスルートを繰り返しているご本人様から幸せの咆哮イタダキマシター。ってかなんでこいついつもいつも俺のベッドでゲームしてんだよ。そしてなんで俺はいつも床でゲームをする羽目になるんだよ! ちくしょう、今日こそはこのクソ生意気なオタク女を俺の部屋から成敗せねば。


「おい桜! そこ俺のベッd」

「あ、蓮。喉乾いたからコンビニでカルピース買ってきて。濃いめで」

「あ、ハイ……」


 嗚呼、なんと情けない。世の妹を持つ兄達は俺みたいにこんな肩身の狭い日々を送っているのだろうか。所詮は現実。二次元の妹キャラとは月とすっぽんなのである。ちなみに俺はこのクソ妹のせいでどれだけ可愛いと評判の妹キャラを見ても勃たなくなってしまった……悲しきかな……。

 それはそうとこのままでは流石に俺の威厳に関わる。俺は桜の頭に拳骨を軽く落とした。


「いてっ」

「お前いい加減にしろ。そこは俺のベッド。コンビニは自分で行け。以上!」

「むぅ。こんな夜中に女の子一人で歩かせるわけ?」

「冷蔵庫に麦茶あるだろ。それで我慢しとけ」

「いやだーカルピースがいいの~」


 すると桜がそっと右手を俺に掲げる。俺は目を細めた。

 俺達双子には絶対的なルールがある。「何かで揉めたらじゃんけんで解決」。これは妹からのそれに則った挑戦状である。


「……俺が買ったらお前は麦茶で我慢する」

「私が買ったら蓮が私のカルピースを買ってくる。あいこだったら二人でコンビニ行く」

「あ、ずるいぞお前」


 桜はにっと歯を見せて笑った。小さい頃から変わってない笑顔に俺は渋々受け入れを了承してしまう。

 ほんと、つくづく甘いよなぁ俺。そう思いつつ、俺は拳を振って──


 ──結果はこの通り、あいこである。


「あー、さむっ」

「蓮、蓮、ほら見て、冷凍ビームっ」

「あほらしっ」


 母さんが買ってきた安物のマフラーとジャンパーを着こんで、近所のコンビニへ桜と二人でいざ出陣。

 夜中二時半にもなれば周りは随分と静かだ。人気がないことをいいことに、桜はスマホを弄りながら歩いている。その表情からするに、こいつは未だにレックスルートのスチルごとにシーン再現を見ているのだろう。つか、歩きスマホやめろっての。


「あぁ、レックス様まじで顔がいい。圧倒的顔がいい。毎秒顔がいい。見る度に顔がいいが更新される」

「うるせぇ」


 俺はため息を吐いて、馬鹿な妹の腕を引いた。

 正面から自転車が見えたからだ。外灯に映った自転車の主はマスクにサングラスというなんとも不審者感満載の中年男。一応注意しとくが、こんな平和な日本ではそこまで警戒しなくてもいいだろう。

 俺の推測通り、自転車は問題なく通り過ぎていった。ほらな、大丈夫だっただろ?


 ……ん? 今、自転車のブレーキ音しなかったか? しかも足音? ペースが速い……こっちに向かって走ってきてないか!?!?


 俺はサァッと一瞬で血の気が引く。


「──桜、逃げろ!!!!!」

「えっ?」


 振り返った瞬間、俺の視界が歪んだ。反転。

 桜のスマホが、悲鳴と共に地面に落ちる。俺のジャンパーのポケットからも俺のスマホが滑って出てきたのか、桜のスマホの下敷きになっていた。

 あれ、熱い? いや、寒いのか? ……いや、痛いのか……。

 必死に目玉を動かして妹の無事を確認する。しかし、すぐに桜の顔が俺の目の前に落ちてきた。

 桜は泣いていた。「お兄ちゃん……」と弱弱しい声で俺を、み、て──。


 桜の身体が大きく揺れる。血。血が。俺の身体からも、桜の身体からも。赤。え、赤い?


 俺は、俺は──獣のように、咆哮した。

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