解説! 天使と悪魔とチャーハンと!
五秒でわかる前回のあらすじ
「エルくんは天使」
少年は、落ち着いた調子でゆっくり話し始めた。
「僕ら天使の目的はね、敵陣による下界の被害を防ぐことなんだ」
「敵陣?」
チャーハンの素盛られた皿の前で肘を付き、軽く頬杖をつく。
お兄さん、それ、冷めるで。
「ハイジュウを作ってる組織の事だよ」
「ああ、そっか」
「そしてもう一つ、僕らはハイジュウを早く壊して、ソレを『なかったこと』にしなければいけない」
「へー」
私はスプーンを側方にくるくる回した。
「そういえば、エルは壊れた建物を元どおりに戻してたけど……あれは魔法?」
聞いてから、私は銀の匙に乗ったチャーハンを口に運んで数回噛み、飲み込んだ。
うん、塩加減はバッチリだ。さすが私。腕が上がったかもしれない。
「そうだよ」
「剣を手から出したのも?」
「うん」
「へー! すごい! 私魔法って初めて見たんだ! この世に存在してないとすら思ってたの!」
すると、彼は目を右上に泳がせながら苦笑する。
「まあ……そりゃあそうだよ。僕たちの存在は毎度、『なかったこと』にされるからね」
彼はやっとチャーハンに手をつけた。私も3匙くらい口に含む。
「……なんでなかったことにするの?」
「それは——」
そこまで言って、彼の口が止まる。
「——ちょっと説明が難しいから、まだ知らなくてもいいかな」
「ふーん……触らぬ神になんとかってやつ?」
「それは違うかな」
彼はまた苦笑する。
休まず口に米を含んでいた私は、ここで手を止めた。
「なんかまだわかんないけど、すごく大変な事だってことはわかったよ」
目が合うと、「それでいいよ」と彼は目を細めて笑った。
「僕はね、その目的の為に人間界に送られた数人の天使のうちの一人なんだ」
私は相槌を打つ。
「実は言うと、はぐれちゃったんだけどね」
彼はばつが悪そうに頬を掻いた。
「ありゃまほしけれ……大丈夫なのそれ」
「んー、まあ2人だけは連絡とれたんだけどね……どこにいるのかがわからなくて」
てへへ、と頭を掻く彼。いや、笑ってる場合じゃないのでは……? それとも、これが天使の常識なのか……?
どんな顔をすればわからず、とりあえず眉を寄せておいた。
「あと——アルカのことも置いていけないから……」
「え? 私? いやいや」
私は左手を顔の前で振った。
「私は大丈夫だよ! 今までも、お父さん転勤職で一人で住んでたんだし……」
すると、彼はふるふると首を横に振った。
「今は状況が違うんだ」
「……ど、どういう事?」
「ハイジュウが今後もこの町に放り出される可能性は高いからだよ」
彼は急に真剣な目つきになった。
「アルカは、ハイジュウを“グラウミュース”に直せる魔法が使えたでしょう?」
彼は表情を変えずに言う。
説明しよう。
グラウミュースとは、昨日ハイジュウから元の姿に戻った、あの耳長ネズミの名前らしい。因みに本場の発音は「グラ↑ウミュース」が正しいのだとか。
そうそう。今はと言うと、この家の二階に新聞紙を敷いた大きめの段ボールの中に収められている。内心可愛そうだと思っているのだが、うちは日本家屋だから、床が畳なので滑ってしまっては危ないし、ペットを飼えるような家ではないため、そのような処置をしている。
「あ……ああ、まあ……」
私は右上に目線を泳がせ、脳裏に映る過去を覗いた。
緑色に光る六角形の宝石。
掌に感じた生暖かさ。
オレンジ色の文字。
聴いたことのない言語。
魔方陣。
どれも、通常では信じがたい話だ。
「アルカが使った魔法、『インパロールミシィ』……『衝動』って意味なんだけどね、そんな呪文は僕は聞いた事がないんだ。僕の仲間も知らないって言ってた。アルカがその未知の魔法を使うことができた事は、きっと既に“敵(彼ら)”にも気付かれた筈だ。」
彼はさらに続ける。
「だから、彼らと関係無い存在じゃなくなったアルカが、彼らの標的に入る日が来るかもしれない」
「それは……私が襲われるということ?」
「そういうこと」
彼は頷いた。私は、分かったようで分かっていない頭の表面を左手で掻いた。
「その……そこでなんだけどさ」
彼は急に謙虚そうに話し出した。
「うん?」
「アルカさえ良ければなんだけど——」
彼は何か一瞬躊躇い、一呼吸付いてからまた開口した。
「その、数日、僕を泊めてもらう事って、できないかな……?」
エルは、ちらりちらりとその空色の瞳を私へ向けた。
一瞬、私の視野内の時間が止まった。
気がついた時には、彼は頭上で両手を合わせて、頭を下げていた。
「極力アルカの負担にはならないようにするし、むしろ雨風避けだけ必要なだけだから押入れの中とかでもいいし、お願いできないかな……?」
彼もアホ毛がへなりと落ちた。
そして、ちらっと片目を開いてこちらの顔を伺う。このあざとい男め。
「え、えーとまあ……お父さんもしばらく帰って来ないだろうから、秘密を守るにはちょうどいいけれど」
私はそんな彼のアホ毛を眺め、腕を組みうーんと唸った。
「私が赤ちゃんの頃にお母さんが死んじゃってさ、うちは金欠なの。頑張って切り盛りしてても結構限界で……」
すると、エルが顔を上げた。
彼は申し訳なさそうな顔をしていた。
「そ、そうだったんだ……ごめん、変なこと言っちゃって」
「いやいや! 待ってよ、早まらないで!」
私は、やおら立ち上がろうとしたエルに掌を突き出した。
「ちゃんと考えるから待って!」
「え、でも……」
「要するに、一人分の食費を二人分にすればいいだけの話でしょ? 任せて! お金は慣れてるから!」
私は、左手を右の肘に置いて、ガッツポーズした。
「でもアルカ。僕なんかにお金を使わなくていいんだよ? きっと仲間とはすぐ会えると思うし」
「ううん、いいの」
私は、エルが全く手をつけていなかったスプーンの柄を、彼の前に運んだ。彼は戸惑いながらもそれを持った。
「久々に食卓に人がいてくれて、すごく嬉しいんだ!」
「…………!」
私がその一言を放った途端、彼の顔がみるみるうちに、ぱぁっと明るくなった。
「そっか……! ありがとう! アルカ!」
彼は目をキラキラさせて笑った。
そして、チャーハンをものすごい勢いで搔き込み始めた。
「……え……」
私は急な彼の変わりように驚いてしまった。さっきまで少食だったのに……と思いつつ、今までの彼の言動をよく思い出してみよう。
——そうか、彼はさっきの話をしなければいけないという事に少しストレスを感じていたのかもしれない。だから食事が喉を通らなかったのだろう。
性格がいいというのも一苦労なんだなぁ。
「……エル、おいしい?」
「うん、すごくおいしいよ! アルカはとっても料理が上手だね!」
彼は満面の笑みを浮かべた。私もつられて笑ってしまった。
「ご馳走さま! ちょっと筋トレしてくる!」
「はいはいど……え⁉︎ なんつった⁉︎」
「筋トレしてくる!」
「今から⁉︎ そして一体どこへ行くの⁉︎ ちょ、ちょっと! エルさーーーーーーーーーーーーーーん⁉︎」
——これが、私とエルの共同生活の始まりであった。
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