【完結】質問:異世界で人が大量に死ぬみたいなのですが、どうしたらいいでしょうか?
ねすと
第一話
1.
花絵が無表情で左を向いてから、そろそろ2分が立つ。
失敗したな、とアイスコーヒーを飲みながら思った。花絵の癖は理解していたはずなのに。せめて僕と位置を逆にしていればよかった。そうすれば、左側は景色のはずだった。それが、視線の先にトイレがあるという理由で逆にしたものだから、花絵はずっとレンガ調の壁を見続けている。
いくらおしゃれなカフェといえども、そこまでずっと眺められるような壁ではない。壁の凹凸を数えているのなら凝視していても問題ないが、そんな女性を彼女と思われるのは嫌である。
それに、そろそろ時間だ。「ちょっとだけ」と言っていた10分はとうに過ぎている。このままだと映画に間に合わなくなるかもしれない。
怒られるのを覚悟で無理やり顔を向かせようとしたとき、花絵は「案外さ」と口を開いた。
「魔法って、案外便利じゃないのかもね」
それが、花絵の出した結論だった。たっぷり時間をかけた割にはつまらない答えだった。「どうしてさ」僕は聞き返す。
「今、魔法が使えたらっていろいろ考えてみたの」
「うん」
「でもさ、結局、魔法じゃなきゃできないことって、案外なかったんだよね」
空を飛ぶにしても火を起こすにしても、と、花絵はコーヒーをかき混ぜる。「逆に、魔法じゃないとできないことって、なんなんだろう」
「そうだね……例えば」
僕は言いつつ、伝票を手に取った。それを見た花絵がようやく腕時計に目をやる。
「え、もうこんな時間」
「ちょっと考え過ぎたんだよ。いい加減やめたら、その癖」
「考え込むのは癖じゃないし、やめようと思ってもやめられません」
「じゃなくて、考えるとき左を向く癖。思い切り変な人だよ」
そっちか、と花絵は言いつつ、伝票を盗み見たのか端数を先にレジに置いた。
「無意識に左に行くのは人間の性だもん。仕方ないよ」
「……それをどのくらいの人が理解しているか、だけどね」
人は左を向いている人を見て「ああ。あの人今無意識なんだ」って思うわけがない。しかもその目は焦点が合ってないのだ。正直、怖い。
会計を済ませ、外に出ると質量を持った熱が体を包み込んだ。せっかく乾いた汗がまた吹き出そうだ。早く映画館に行かないと、背中に汗ジミができるかもしれない。
今日は気合を入れてきたので、頑張ってオシャレしてきたのだが、運の悪いことに、汗が目立つ色なのだ。
「間に合うかな、映画」
「大丈夫でしょ。ここからそんなに離れてないし、逃したら次があるし」
「走る?」
「……この気温を?」
驚いた。そこまであの映画が見たかったとは。
しかし、汗ジミができるからちょっと、なんて理由で断ったら、女子か、と花絵に絶対突っ込まれる。
「ヒールでしょ? 大丈夫なの?」
「無理だったら走ろうかなんて提案しない」
ごもっとも。
「大丈夫だって、間に合うから」
「そうかなあ」
「それに今、飲んだばっかでしょ。走ったらお腹痛くなるよ」
言ってから、オカンか、と自分で思った。花絵も「あんたは私のお母さんか」と言っている。しかし、それがよかったのか、走るのは諦めてくれたようだ。
花絵は「で?」と僕を見上げる。
「……『で』、って?」
「さっきの続き『例えば』のあと」
喫茶店の続きであると見当が付いた。魔法じゃないとできないこと。それを言いかけて、止まったのだった。
「例えば……」
「例えば?」
「解約した携帯に電話をかけるとか」
花絵の顔がわかりやすく歪む。「なにそれ」
「魔法じゃないとできないだろ?」
「解約したら使えないじゃん」
「だから魔法なんだろ。かかってくるはずのない電話。なのにいきなりベルがなる」
「魔法っていうより、ホラーみたい」
「あー、ホラー映画もいいな」
「今やってないよ。二人で散々選んだ時みたでしょ? 恋愛ものしかなかった。あとはアニメ」
「コメディものはなかったの?」
「わたし、ああいうの家で見たいんだよね。映画館だと誰かといっしょに笑うでしょ。なんか笑いどころを強制されてるみたいで嫌なの」
さらりと交わされる。僕は恋愛ものが苦手です、とは言えない雰囲気だった。
「魔法か」
「なに、花絵、まだ興味があるの?」
「そりゃあね。わたし、自分で言うのもなんだけど、結構長く中二病にかかってたからさ。魔法がつかえたらなってそりゃあずっと思ってたわけよ」
花絵の顔が左に向きはじめる。
「それがさ、今考えると、火とか電気を起こしたら光熱費浮かないか、とかさ。空を飛んだら遅刻しないんだろうな、とか、そんな生活臭がするものしか出てこなかったわけ」
「いいじゃん、別に」
危ないよ、と声をかける。花絵の目が現実を向いた。
「わたしも大人になっちゃったのかな、って、ちょっとショックだった」
「花絵は子どもでいたかったの?」
返答まで、少し間があった。
「どうなんだろ。でも、無邪気な気持ちは残しておきたいなって気持ちはある。ガチガチの堅物になるんじゃなくて、柔軟な、子どもみたいな生き方も完全に捨てちゃあいけないんだろうなって」
「なんだか大人だね」
「そりゃあ、もう21ですから」
「あ、そういえば僕もだ。21歳になったんだった」
「言ったと思うけど、おめでとう」
「言ったと思うけど、ありがとう」
「お互い、大人ですな」
「なりたいねー、立派な大人に」
そのとき、携帯がブルっと震えた。一瞬体がこわばってしまったが、幸いに花絵は気がつかなかったようだ。マナーモードにしておいて本当によかった。じゃないと、また花絵に詰問されてしまう。
「……そういえばさ」
「なに?」携帯のバイブ音がもれないよう、しっかりと握りながら聞く。
「どうして魔法なんて話になったんだっけ?」
「……さあ」
出れないことがわかったのか、振動が止まる。
「どうでもいいじゃん、そんなこと」
そんなことより、とわざとらしく話題を変え、ポケットからスマホを出す。「今日見る映画って」
歩きスマホはいけないというが、今は勘弁して欲しい。事前に下調べしておいた画面を見せつつ、反対の手でこっそりとさっきまで鳴っていた携帯の電源を落とす。
解約した携帯。本来なら鳴らないはずの携帯。なのに、さっき電話がかかってきた携帯。
さすがに電源を落とせばなることはないと思うが、はっきりそう言い切れないところがやらしい。なにせ、相手は魔法使いだ。
魔法で、電話をかけてくるのだ。常識が通用しなくて当たり前である。
さっきは喫茶店で電源を落とそうとして「なんで古い携帯持ってるの?」と花絵に訊かれてしまったが、うまく忘れてくれたようだ。にしてもその質問に対して「花絵って魔法ってどう思う?」とは、ちぐはぐにも程がある。そのまま熟考タイムに入ってくれて助かった。
「あ、あった」
「なにが? 好きな俳優の名前」
「違う。魔法でしたいこと」
その話題か、と背中に汗をかく。だが、そう言われて訊かないのは彼氏じゃない。
「どんな魔法?」
「恋の魔法」
「ほう」
「敏樹がわたしを好きになってくれますようにって」
「……真顔で言わないの、そういうのは」
好きですよ、十分に。
いや、十二分に。
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