第18話 急襲


「KYUOOOOOOONNNNN」


 窓からダイナミック侵入を果たし、膝をついて着地したソイツは立ち上がると耳障りな甲高い声で咆哮した。

 左腕には丸盾を括り付け、右手には片刃で肉厚の曲剣。体には粗末な鎧をまとっている。その体は頭の先から床の上をなめている太い尻尾までを青白い鱗に覆われていた。

 竜人だ。シュウは素直にそう思った。

体毛のない顔に付いたギョロつく黄色い目がすぐ近くにいたことで真っ先に向いたのだろう。ピエールの眼と正面からぶつかった。


「へぇっ!?」


 ピエールが情けない叫びかあるいは呼気を漏らした時には、竜人はピエールとの距離を詰めていた。手に持った曲剣が振りかぶられ、一直線に首元に吸い込まれていく。


「シイイイイイヤアアアアアアアアア!」


 奇妙な叫びを上げながら、その間に割り入ったのが顔に傷のある男だった。

 手に持った剣で竜人の曲剣を受け止めようとする。

 しかし人外の力の成せる業か、単に男の持つ剣が鈍らだったのか。曲剣はいともたやすく受け止めようとした剣をへし折った。そのまま竜人の剣は傷の男の首元から体の半ばまでを一気に侵入した。

 血しぶきが噴き上がる。


「ごぼっ、や、ヤレェッ!」


 口からも血をこぼしながら傷の男が懸命に叫ぶ。

 あの巨体でいつ近寄ったのか、竜人の隣には剣を振り上げた状態の覆面男がいた。

 一瞬、竜人の目がその姿を捉え。

 覆面男が振り下ろした剣はしかし竜人に届くことはなく、床材を割り砕いていた。振り下ろされた瞬間、竜人の尻尾がものすごいスピードで横にそらしたのだ。


「KYUAOOOOOOONNNN」


 再び耳障りな叫びをあげる。

 同時に、体の真ん中で止めていた曲剣を体重をかけながら斬り下ろした。

 傷の男が左右に切り裂かれ、重い音を響かせながら床に倒れる。目はカッと見開かれたまま、信じられないという表情で固まっていた。


「む、ごぉ」


 覆面の男が筋肉を膨れ上がらせながら床に刺さった剣を引き抜こうとする。しかし竜人はその隙を見逃すはずもなく、


「KYUOOOOOOONNNNN」


 両手に握りなおした曲剣を今度は斬りあげる。うなりを上げて迫る曲剣を前にして、覆面男が慌てた様子で引き抜こうとしていた剣から手を放す。覆面男が体をそらす鼻先三寸を曲剣が駆け抜けていく。

 そのまま後ろに下がっていくかと思った覆面男だったが、拳をきつく握りしめると竜人へと飛び掛かっていった。巨体から繰り出される体重の載った拳だったが、竜人の左腕に括り付けられた丸盾に防がれてしまう。


「ぐがぁ」


 声にならない呻きとともに、覆面の下半分が真っ赤に染まり血が滴り始める。その胸には正面から竜人の剣が突き立てられている。切っ先は覆面の男の背中まで突き出ていた。

 呻きながら最後の抵抗のつもりか、覆面の男が胸に突き立てられた曲剣を強く握る。指が切れ血が流れるのも気にせず、反対の手は拳を作って振りかぶられた。


「KYUON」


 しかし無情にも曲剣は力任せに引き抜かれる。胸に空いた穴から滝のような血があふれ出る。覆面男はわずかな呻きを残して床にその巨体を倒した。

 竜人の黄色い瞳は次にすぐそばの床に座り込んでいた人物へと向いた。


「ひぃっ」


 腰を抜かしたピエールが無様な悲鳴を上げるのと、竜人がゆったりとした動作で曲剣を振り上げたのは同時だった。そこには獲物を見下す上位者の余裕しかない。逃げられることなどかけらほども考えていないのだろう。

 だから通すことができた。


「む、かってぇな」


 キン、と甲高い音を立てて突き立てた刀の切先が弾かれた。

 手の中にあるのは無明。小太刀の魔剣だ。

 シュウは部屋の中に竜人が転がり込んできて、部屋の中の三人がそちらに視線をそらした瞬間にこの魔剣の能力で不可視化していた。ちなみにリットはその時にソファの陰に押し込んである。竜人に見られればどんなことになるかわからなかったからだ。


「KYUUNN?」


 竜人が不快げに首をきょろきょろと動かす。

 その姿からもダメージを受けた様子はない。

 それも仕方のないことだ。無明は魔力を流している間は姿やにおい、気配すらも完全に隠してくれはするが、武器としての力はごく普通の刀程度の切れ味しかない。


「こいつじゃだめだな」


 ぼそりとつぶやくと、シュウは竜人の視線が別の方を向いた瞬間に無明を消し、セイジョへと持ち替えた。

 すると間髪入れず、竜人が蜥蜴じみた首をぐりんとシュウの方へと向けた。突然気配が現れたことに驚いたようで、黄色い眼が大きく開かれている。


「ふっ」


 短い呼気とともに純白の刀身が踊る。

 慌てた様子で左腕の盾を構えるが、シュウはかまわず斬りかかった。


「おおおおおぉぉ!」


 力任せな斬撃は、構えた盾を無理矢理にひきおろしその向こうの竜人の体へと届いた。

 切先が肩口へと入り込んで鮮血を溢れ出させる。そのことに動じながらも、右手の曲剣が大きく振るわれる。力のみで振るわれたそれを軽くバックステップでよけた。


「KULULULULULU……」


 怯えたようにこちらを警戒するような竜人だったが、その左腕はだらりと垂れ下がっている。鉄製のように見える盾もひしゃげてもうほとんど使い物にならないだろう。

 それでもなお右手の剣はこちらへ向けられ、足はじりじりと間合いを詰めていた。

 逃げる、という選択肢がこいつらにはないのかもしれない。


「KYUOOOOOOOONNNNNNN!」

「はぁっ!」


 お互いに一足の間合いへと一気に飛び込む。

 竜人は右手の曲剣を大きく振りかぶって渾身の一撃の様子。

 対してシュウは両手で握ったセイジョをすくい上げるように下段から斬りあげた。

 曲剣が、シュウの頭を正面から捉えようとするその直前。下から伸びあがってきたセイジョが曲剣の根元を横から痛撃する。衝撃は一瞬で伝わり、二人の人間を斬殺した剣は根元からぽきりと折れてしまった。刀身はそのまま勢いよく上に飛んでいく。

 その様を見開いた黄色い眼が一瞬追いかける。


「じゃあな」


 白い刀身が二度、三度と振るわれ竜人の硬い鱗ごと切り裂いた。竜人の視線が戻されることはなく、そのままどうと大きな音を立てて体は床に倒れる。先ほど斃れた覆面の男よりも大きな音だった。

 体に空いた傷口から血液があふれ出て血だまりを作っていくのをしばらく眺め、ようやく死んだことに確信を得てようやくシュウはリットを呼んだ。


「もういいぞ、リット」

「終わりましたか?」


 その言葉に恐る恐るといった体で出てくる。

 這い出してきたリットは床に倒れ伏した男二人と竜人一体に目を丸くし、すぐに倒れている男二人に駆け寄っていった。


「な、な、なんでこんな街中にど、ドラゴンレイスが……」


 カタカタと歯の根の合わない口で言ったのはピエールだ。目を向けると、未だ真っ青な顔で床に座り込んでいる。シュウはピエールに近づくと、


「こいつはドラゴンレイスっていうのか?」

「そ、そうだ……幼竜級の魔物だ。魔物の中じゃ一番ポピュラーだと言われている」

「スライム相当ってことか? 確かに大した強さじゃなかったが」


 視線を床の上で物言わぬ屍となっている男たちに向ける。

 そこではリットがもう助けられないかどうかを確かめ、落胆していた。


「あ、あいつらの真価は個別の強さじゃない! 基本5体で1編成の小隊を組んで戦うのだよ」

「……なんだって?」


 それが本当なら―――とある予想にシュウが嫌な予感を募らせながら聞く。


「おい、地竜を調査した時、近くにほかの魔物はないか調査はしたんだろうな!?」

「い、いや。地竜を持って帰ることに集中して捜索は、していない……」


 シュウの剣幕にびくり、と肩を震わせながらピエールが答える。

 まさにその時だった。

 遠くから地面を揺るがすような爆音が聞こえてくる。

 一瞬よろけたシュウは、急いで窓辺へ駆け寄った。ドラゴンレイスの突入で破れた窓から外を覗くと、青い空に大きな黒煙が噴き上がっているのが見える。方角は、南西の方だろうか。


「くそっ」


 ピエール達はろくな調査はせず、他の魔物を見つけてくることはできなかったが、敵はそうは考えなかったのだ。地竜の存在から自分たちが近くまで迫っていることに感づかれた、そう思ったに違いない。

 だからこその急襲。


「だとすればすぐに……」


 シュウの言葉はまたも響いた爆音によって留められることになった。しかも今度はもっと近い、いや下の階だ。


「リット」


 部屋の中を振り返ると、リットが覆面の男のそばに膝をついている。両手を組み、目を閉じて一心に祈っている。

 声を掛けられたリットは静かに目を開け、シュウの方を振り向く。その目尻にはわずかに涙が浮かんでいた。


「行こう。下で何かあったみたいだ」


 その言葉に頷くリットと共に、ドアへと向かう。


「ま、待て! 何をするつもりだ!?」


 ピエールが焦ったような声で尋ねてくる。足を止めて、シュウが振り返る。


「もちろん、戦うんだよ」

「馬鹿な……さっきはたまたま勝てただけだ! タダの人間じゃ太刀打ちなんかできないぞ!」


 その目に絶望したような雰囲気を漂わせ、悲鳴のような声を上げた。


「確かにそうかもしれない。だけど、このまま黙って見てることなんてできないだろ」


 そう言って、リットの方を見る。

 今ここで戦うことをやめ、逃げることなど目の前の少女は考えてもいない。その目には戦う意思が赤々と燃えており、自分を狙って魔物が集中してしまう事実がなければ自分から最前線で戦うつもりなのが丸わかりだ。


「もし、あんたが本当にギルドの名誉を回復させたいと思っているんなら、今がその時なんじゃないのか?」

「な、にを」

「街には住民を脅かす魔物が溢れている。それを倒して人を守るのが以前のギルドの仕事だったんだろ。ならまさしく今が、その時なんじゃないのかよ」

「そ、それは……」


 床に膝を突き、うなだれるピエールの両手は小刻みに震えている。先ほど襲われた時の光景がフラッシュバックしているのかもしれない。

 その体を縛っているのは紛れもない、恐怖だ。

 シュウはそこまでを察して、ふっと視線を緩めた。

 女神の加護や、刀剣召喚のギフトがなければシュウも同じようにただ震えることしかできなかっただろう。


「……どう動くかはあんた次第だけど、俺たちはもう行くよ」


 背中を向けて歩き出す。

 慌てたように、速足のリットも続き部屋を出る。

 下の階からは相変わらず大きな物音がしていた。ものが叩き壊されるような音、ガラスが割れる音。そして悲鳴と怒号と、魔物の叫び。

 階段へと向かう前、部屋の中へと一瞬視線を走らせたシュウは、ピエールがいまだうつむいたまま動けずにいるのを見た。


「……」


 シュウは何も言わず、階段を降り始めた。

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