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まずはこれを、と弟子が指さしたのは、かごいっぱいの卵の山だった。
「割れるようになるのが目標です」
「目標が低すぎると思うんだが」
口ではそう言ったものの、三回連続で黄身を潰した今となっては、先ほどの強がりもむなしい限りだった。
「なんででしょうね」
鉢の中の潰れた卵から殻をすくいとりながら、わたしの弟子――この日ばかりはわたしの師匠――は首をかしげた。
「先生、手先は器用なのに」
「器用さにも方向性というものがあるんだよ、たぶん」
ルカ君がどこかから引っぱりだしてきたエプロンで指をぬぐいながら、わたしは説得力のない言い訳を口にした。
「あとは、もしかしたら無意識に怖がっているのかもしれないな」
「怖いって」
四個目の卵に伸ばしかけた少年の手がとまる。
「卵がですか?」
「そう。昔ね、グレンシャムで卵を……ちょっと待ってくれ。これを聞いたら、きみも怖くて卵が割れなくなるんじゃないかな」
「ここまで聞いちゃったらもう遅いですよ」
口をとがらせたルカ君に「悪いね」と断って、わたしは話の先をつづけた。
「子どもの頃の話なんだが、グレンシャムの屋敷の厨房にもぐりこんで――」
屋敷の料理人の真似をして、フライパンに卵を割り入れてみたら――
「雛が出てきた。孵化する前の」
どろりと零れ落ちた生命のかたまりに、思わず声をあげてしまったことを覚えている。熱いフライパンにじゅうと肉が焦げ、幼かったわたしは自身の罪深い行為に震えたものだったが、
「ああ、そういうことってありますよね」
ごくあっさりと、養い子の少年はわたしの罪悪感を蹴飛ばしてみせた。
「あのへんの鶏、放し飼いですもんね。だからかなあ。あそこの卵、すっごく美味しいですよね」
「……ルカ君、きみ平気なのかい」
「何がです? だって、そんなのよくあることでしょう。卵なんですから」
はい先生、と無邪気な笑顔で少年は新たな卵を手渡してくる。
「次いきましょう。大丈夫。だんだん上手くなってますよ」
「……どうもありがとう」
優しくも容赦のない師匠の手ほどきにより、七個目にしてようやく無傷の黄身が鉢の中にとぷんと落ちた。
「やりましたね、先生」
我が事のように手をたたく少年の姿は微笑ましかったが、喜んでばかりもいられなかった。
「ところでルカ君、これはどうしたらいいだろう」
鉢の中の、半壊状態の卵たちは。
「焼きますか」
「ちょっと多くないかい」
「たしかに……」
小さな師匠は腕を組んで考えこみ、ほどなく「そうだ」と顔をあげた。
「いいこと思いつきました」
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