Amnesia 〜私の大切な想い〜

鬼宮鬼羅丸

anamnesis 〜想起。

 私が、彼の下を離れてからもう何年経っただろう。

 私がケジメとして彼の下を離れたあの日がとても懐かしく感じる。


 私の無茶に彼を巻き込み、彼にさんざん迷惑をかけた挙げ句に私と彼は離れ離れになってしまった。

 彼と離れてから毎日が辛い。彼と離れてから毎日どれだけ彼という存在に助けられていたかを、私は今ようやく理解出来た。

 彼という存在が私の心の大半を占拠していた。

 彼と一緒に居るだけで私は支えていもらっていた。



 彼が居ないだけで景色から色が抜け落ちた気がする。目に写るもの全てが色褪せ、灰色に見える。

 何も楽しくないし、何かしようとも思えなかった。


 毎日毎日彼のことを思う。夜空を見上げると、彼もこの夜空を見上げてるのかなと、そう考えてしまう。

 自分の名前が呼ばれ度に彼が呼んだのかと、勝手に期待し胸を躍らせ、彼じゃないと知ると勝手に落胆する。

 けど私は悪いと思わない。

 だって、恋する乙女はみんな絶対私みたいになるんだから。



 居酒屋で、祝いとして酒を浴びるように飲み漁り、べろんべろんに酔っている私に、彼は話し掛けてきた。

 酔っていたのもあり思い出すのも憚られる痴態を晒したが彼は眉1つ曲げることなく私に接してくれた。

 酔った勢いで喧嘩仕掛けるとか、何処の蛮族だよと自分でも思う。

 



 だけど、結果的に私たちは仲良くなって、




 そして一緒に旅に出た。




 それから毎日が鮮やかに色付き、今まで経験したことがないくらい日々を楽しく過ごした。

 何をしても楽しかった。ただ二人で空を見上げるだけでもとても楽しくて幸せ。

 二人でお酒を飲むだけでも、二人で旅に出るだけでも、すっごく楽しい。


 何をしても私は楽しくて幸せに感じた。私がちょろいだけなのかな?ちょろいだけだとしても私は、構わない。だってあんなにも私は満たされていたんだから。





 だから私は彼に、君に逢いに行く。色鮮やかなあの日を取り戻す為に。

 君とまた一緒に過ごしたいから。


 君と一緒に居れないと、毎日がつまらなくなるから。



 呆れられてるだろうか?

 怒っているだろうか?

 否、怒られていても嫌われていても構わない。

 

 君に逢えるならそれだけで、私は――。




――だから、例え君が私のことを、

覚えていなかったとしても構わない。

 それだけが私の、ただ一つの願いだから。



 



 ケジメとして離れるように言い渡されたが、今日でちょうど期日だ。

 だから今、私は彼のもとに向かっている。



 彼が今どこに居るのか大体見当はついている。すこし心臓がどきどきしてる。

 心臓が早鐘みたいに強く早く脈動する。胸がすごく苦しい。

 すこしだけ怖い。緊張する。頭がくらくらする。辛い。


 ―だけど早く会いたい。苦しいけど、今逢えたら多分、楽になれる、そんな気がするから。ぎんぎらと照り付ける太陽が少し憎たらしいけど、それがいい。


 勢いよく当たる潮風が火照った顔を冷やしてくれる。


 波が、水飛沫が、飛び散り服に掛かる。それが煩わしい。


 今はただ早く彼に逢いたい。それだけなのに気が散る。散ってしまう。


 一分一秒がもどかしく感じる。彼に近付くにつれ彼の匂いが漂ってくる気がする。そんなにも私は彼に逢いたいのだろうかと私は自分があさましく思う。こんなんじゃ再会した時に忘れられてしまうかも知れない。だけど私はこの想いを隠す気はない。



 トクン―。心臓が高鳴る。

 彼だ。――彼が、砂浜に立っていた。


 束ねるくらいに長かった銀髪は短く切られていたけど、寝癖をそのままに常にアホ毛がある彼の髪にそっくりだ。

 憂いの宿る目の奥で輝く、青い瞳も彼のものだ。

 立っている雰囲気も何もかも離れ離れになる前と変わっていない。


 ほんとは飛びつきたかったが、ここは我慢しなくちゃ。


 私は彼の前に立つと、両手を広げて、内心を誤魔化すようにこう言った。

「お久しぶり、少年君。元気にしてたかい?」



――だけど、やっぱり彼は、君は私のことを覚えてなんていなかった。

 私と過ごした大切な日々を、綺麗さっぱり君は忘れちゃったんだ。知っていたけども辛い。

 涙が出てきそうだ。眦が熱くなる。

 とても悲しい。泣きたい。


 だけど私は涙を拭う。

 君と約束したから。

 ケジメをつけ離れ離れになる前にはっきりと、私は君と約束を交わした。


『ケジメがついたらさ。俺を冒険に誘ってくれよ。今度はお前からさ』


 だからは私は涙を堪えて、君を冒険に誘うよ。君がかつて私にしてくれたように。

 私なりに精一杯のとびっきりの笑顔で私は手を差し伸べた。―例え君が記憶を失ったとしても必ず手を取ってくれると信じて。

 ほらね。やっぱり君は手を取ってくれた。

 ―やっぱり君は君なんだ。だから、悲しくなんて、悲しくなんて、、、すごく辛い。やっぱり無理だ。涙が次から次へと溢れてしまう。涙で目の前がぐしゃぐしゃになる。目を擦っても擦っても直ぐに溢れてきちゃう。

 私と君と二人で過ごした思い出を、私の大切な想い出が、君にとっては無かったことになってしまったんだね。せっかく君に逢えたのにこんなんじゃ辛すぎるよ。君と再会したら笑顔って決めてたのに。

 君に話したいこと、君に伝えたいことが、たくさんあるのに。




 そんな風に思ってたら、

「ふぇえ?」


 誰かに頭を撫でられた。


 優しく髪を傷つけないように注意を払いつつ、流れるように何度も何度も。何処か懐かしくもある撫で方で、心の奥が揺さぶられるり


 最初は、誰か分からなかった。だけど私の近くには君しかいない訳で。だから君なのだろうけど、君が頭を撫でてくれる訳なくて。


 じゃあ、誰が?と、訳も分からず動揺しまくる私。


 混乱してて禄に声が聞けていない私に、私の頭を撫でながらしゃがみ視線を合わせてくれる。

 誰が私の頭を撫でてくれたのだろう?

 そう思い目を合わせると、――

「ど、…して?ひぐ」

 君だった。記憶がないのに。私の事など何一つ覚えていない筈なのに。

 どうして君はあの頃と同じ手付きで私の頭を撫でてくれるの?


「あ〜、うんとね。分かんないけど、何かこうした方がいいんじゃないかなって思ってさ。慰めなきゃと思ってたら自然と撫でちゃった。―ごめんね。けど、やっぱり冒険仲間には笑顔で居てほしいじゃん」


 眩い笑顔と、優しげな口調。

 それを聞いて、見て、私の涙は零れ落ちるのが止まった。私が泣く度に慰めてくれたあの頃の君と、何も変わらないから。


『おい泣き止めよ。ほら、頭撫でてやるからよ。俺とお前は冒険仲間だからよ。―冒険ってのは笑顔でするもんだぜ。未知に心躍らせんだよ』

 そう優しげに、でも何処か不器用な君は私の頭を優しく撫でてくれたよね。


「僕はね。冒険は笑顔でするもんだと思ってるんだ。この広い大海原に出てさ。見たことない海や大陸を見つけるの。想像するだけで胸が踊るよ。どんな世界が僕を待ってるんだろう、どんな未知が待ってるんだろう。考えるだけでワクワクしてこない?―だからさ。笑って?せっかくの冒険なんだから笑わないと」


 君は私のことを全然覚えてないのだろう。何一つも全然全く。

 だけど君はこんなにも私をどきどきさせる。私をこんなにも振り回す。

 そしてこんなにも私を気に掛ける。


 確かに君は私との想い出を忘れてしまったのだろう。だけど君の心は、魂は私のことを覚えてるかもしれない。


 心の奥に私と過ごした残滓が微かにこびり付いているのだろう。

 だから君はあの頃と変わってないのかな?



 私の都合の良い妄想だってことはよくわかってる。

 だけどそう想えば私は、これからも笑っていられる気がする。だって、微かにでも覚えていれば、いずれは思い出す事もあるってことなんだから。

 恥ずかしいけど私と君の愛の証ってことになるじゃん?

 だって君はこんなにも私の心を温めて震わせてくれるんだから。君はあの頃と何一つ変わってないんだから。変わってしまっても君は君なんだから。




 









 君と私の冒険はまだまだ始まったばかり。

 君は私のことを何一つ憶えてない。


 だけど私は大丈夫。

 だって―。


 ―だって君は。私の大切な『彼』なんだから。


 ほらね?また君は昔と同じことをする。

  



       〜Fin〜


 

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