第33話 留守番と探検と不穏な影3

「で、お前ら一体何をやっていたんだ?」


戻ってきたアスタは呆れたように言った。目の前には妙に興奮状態の雛鳥たちがぽすんぽすんと跳ねている。そのトランポリンになっているのが怪しい人間だ。その視線は正しい。

ただ、言わせていただきたい。


私も止めたのだ。しかし、雛鳥たちは好奇心旺盛だった。気絶した男を嘴でツンツンし始めたと思ったら、突如現れた遊び道具の上で容赦なく跳ね回ってくださった。飛び跳ねる部分で高さが違うと気づいてからは、無法地帯だ。

私に止められるはずもない。

そして、ケ?

お前は来ないのか、と呼ばれれば行かざるをえない。手近な棒を拾い、一メートルほど離れたところから、男の覆面をめくった。安全確認のためだ。好奇心ではない。決して。


「それ、悪いひと。アスタ、来る」

「悪い人?」

アスタはいぶかし気にワラビを見た。

「私をあなたと思って襲ってきたのです。随分な手練れのようでしたよ」


アスタはそれを聞くと、男の上で雑に足を振り、雛鳥たちを雑に追い払った。雛鳥たちは、ケケケーと鳴きながらも反撃する様子はない。

すごい。私がやったら確実に一斉攻撃されるやつである。やはり世の中、力なのか。


世の中の現実に黄昏ている間に、アスタは男の懐やポケットを探った。男の剣や、靴の裏まで見て立ち上がった。動きに無駄がなさすぎて怖い。ワラビといいアスタといい、泥棒とかしていたのではないか。確認したいが、そうだと言われても対処に困る。うん、見なかったことにしよう。大事なことだ。

小市民は流されるべきだ。


「けがは……なさそうだな。それにしても相当な訓練を積んだ人間のはずなのだが」

アスタは厳しい顔のままワラビを見た。

「私はサイタリ族です。伴侶を探す旅の途中には物騒なこともありますから」


ワラビは微笑んだ。二人の間の空気がなんか怖い。二人とも私には優しいが相性が悪いのだろうか。朝とは逆に、アスタのワラビに対する警戒心がすごい。

アスタは深くため息をつくと、こっちを見た。今までみたことのない真剣な顔だった。よっぽど変な顔をしていたのかもしれない。アスタは私の、斜め掛けの鞄に手を入れるとリドゥナを取りだした。


「ハル、約束のリドゥナだ」

「ありがとござ!」

すごい、五枚もある。

ワラビも驚いた顔だ。

「どうやって取ったのですか」

「別に、何枚もとってそのあとで他の奴と交換しただけだ」

これで、このセドは勝ったも同然だ。

「すごい、さいこ、よ、たいしょー」

覚えているだけの賛辞の言葉を並べてみた。陳腐過ぎて伝わらない。

「だいすき!」

「ハル!」


ワラビが叫んだ。今度はワラビがぐるぐる唸っている。

うん?なんだこの修羅場感は。何か間違えたのだろうか。

アスタは面倒くさそうにワラビに向かって手を振った。


「なんだ、それは。まあ、これで自分の荷物を取り戻せるといいな」

深く頷いた。ちょっと泣きそうだ。ぽんと軽く乗せられた手に涙をこらえる。

「ありがとござ!いつか、アスタため動く」


深く、深く頭を下げた。ようやく、第一歩。自分の物は自分で取り戻す。一人じゃ何もできないけれど、絶対、帰るのだ。


「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます。いずれ、なにかお礼を」

「そうか、それならもうここには二度と来るな」

「それは」

うん?どうした。急に緊張した二人の空気に今アスタが何を言ったのか咄嗟に整理できなかった。

「なに?」

「ハル、ここに、来るな」


今度は分かった。それはこれまでにも何度も言われてきた。だけど、これまではもっと軽い感じで、こんな怖い顔ではなかった。来たらだめだぞ、と悪戯をしかる近所の兄さんのような感じだった。だめだといいつつ受け入れてくれていた。頭の上のあたたかな優しい手と、その言葉の意味が繋がらない。


「なに、だめ。わたし、悪い、だめ?セド、お願い、いやなる?」


何か悪いことをしたというのだろうか。リドゥナを取ってもらったお願いが本当は嫌で手切れ金のつもりなのか。だとしたら謝りたい。初めてこの国で私を私として認識してくれた大事な人だ。名前を呼ばれるということの喜びを初めて教えてくれた人だ。

アスタは私を見ていなかった。ワラビに向かって言った。


「こいつが俺を狙ったというのなら、ここに来るのは危険だ。それにもともと王家の森だ。一般人が立ち入って何かあったとしても落ち度は全て侵入者にある。分かるな」


何を言っているのか分からない。アスタもワラビも私を見ようとはしない。

無視しないで。必死に首を振った。ワラビは分かりましたとうなずいた。


「私、分かるない!私分かる、説明する! アスタ!」

私は今までにないくらい大きな声で叫んだ。わけも分からず来るななんて納得できなかった。


次の瞬間、

「いたぞ、声がした!アスタだ」

聞いたことのない金属音がした。

舌打ち一つ、アスタは剣を抜いた。

「行け!」

「ご無事で」


ワラビはすぐさま私の手を掴み、走り出す。


「ナニ、ワラビ、ダメ、もどる。話、アスタ」

「ハル、話はあとですべて聞きます。だから今は私に従ってください」


振り返った。

何が起こったのか。起こっているのか。理解できなかった。

剣を抜いたアスタの向こうに何人もの甲冑をつけた男たちがいた。この森で見たことのない男たち、ぎらつく死の匂い。私は暴れた。


「ワラビ、戻る、アスタ一緒かえる!」

「ごめんなさい」


泣きそうな声でワラビが笑った。次の瞬間私の意識は落ちていた。

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