第32話 留守番と探検と不穏な影2

森の番とはいっても特にすることはないので、雛鳥たちと、寝そべったトマトが気だるそうに上下に尻尾を動かす周りを駆け回る。不規則に動くとまとの尻尾に押しつぶされないように走り抜けるという遊びだ。


地面にひきずりそうなぽてぽてのお腹に短い足をしているくせに、走るのが速い雛鳥たちは余裕でとまとの尻尾をくぐったり、飛び越えていく。だが私にとっては一大事だ。なにせ、尻尾といっても一メートル近くある。極太の不規則に動く大縄跳びだ。できればお子様たちはお子様たちだけで自由にお遊びいただきたいのだが、彼らは私の参加を絶対条件にしてくださっている。仲間と思っているのか知らないが、ありがた迷惑である。以前断ろうとしたら、親鳥に睨まれた。しがない子守要員に拒否権はない。走る。


ばたん、ケケッケ。尻尾の下敷きになった私の周りに雛鳥たちが集まってきた。まるでどうして通り抜けられないのだ、跳ぶわけでもないのに、と言わんばかりに互いに首を傾げあっている。人間は重力に愛されて生活しているのだ。重力に嫌われて羽を与えられた生物と一緒にするな。

しかも言い訳をさせてもらうなら、尻尾が私のときだけ、ふぁさっと動くのだ。雛鳥たちのときは単調な上下運動のくせに、まるで抱き着いてもいいよ、と誘惑してくるのだ。そして、一瞬目を奪われた瞬間にものすごい勢いで体を巻き取られて、引き倒されるのだ。そして覗き込んでくる深紅の瞳が、愉快そうに細められる。


決して私が運動音痴なせいだけではない、と主張させていただきたい。こんな時こそワラビの出番だと思うがやってくる気配はない。

最初こそおろおろしていたワラビは、少し離れたところで親鳥と並んでこっちを見ていた。縁側のおじいちゃんみたいだ。何やら話しかけている。お肉様の隣でのんびりできるワラビの方が信じられない。


親鳥の冠羽が警戒に逆立った。

キキケケ。

聞いたことのない鳴き声に、ワラビは素早く立ち上がった。

なんだ?地面に寝っ転がったまま状況が読めずにいると、とまとに尻尾で器用に起こされた。腰縄付けられたの罪人のようだ。

というか、この男いつ現れた?私から五メートルほどの位置に見知らぬ男が立っていた。アスタとは違う。森の番人という感じでもない。お肉様もワラビも警戒心向きだしだ。雛鳥たちが一気に私の周りならぬ、私の後ろに集まってきた。正確には私ととまとの間だ。

おい、お前ら。盾にするにしても露骨すぎだ。

一人最前線に追いやられ、立ち上がる。


「こんにちは、私はハルです。お名前なんですか」


とりあえず、挨拶をしてみた。この森の管理人だったら、怪しいのは私のほうだ。それにもしかしたら、ものすごくシャイなだけかもしれない。たとえ覆面をしている知らない男で、目が血走っていたとしても。見た目で人を判断してはいけないのだ。

覆面男はすらりと剣を抜いた。


「恨みはないが死んでもらおう。恨みはお前の主に言え!死ね、アスタ・ロドリゲス」


前言撤回。直感は大事だ。

男がワラビに切りかかった。


「ワラビ!」

ワラビは冷静だった。フードをはねあげ、男の目を見た。

「ちがう?」


男が驚くのと、振り下ろされる剣の下にワラビが突っ込むのは同時だった。ワラビは男の剣をつかむ両手を握った。その後はあっという間で、何をどうやったのかは見えなかった。とにかく次の瞬間には男が地面に伏せ、ワラビが剣を男の鼻筋につきつけていた。


「ハル、大丈夫ですか? とても怖かったです」


ワラビはおしとやかに小首を傾げた。

嘘だ。絶対なれている。こいつ、売られていたからめちゃくちゃ弱くて、私と同類だと思っていたけど、違うじゃないか。

美人さんで強くて、最強じゃないか。そういえば、混乱のどさくさで記憶がおぼろげだが、トマトの口の中から助けてくれたのもワラビだった。というかなんでこんな強い人間がセドにかけられていたのだ?いや、やむにやまれぬ家の事情とか言われても面倒だからそこは聞かないでおこう、うん。

今大事なのは――。


「せっかくハルとのデートだからお洒落をしたのに台無しです。万死に値しますよね」


ワラビは乱れた髪を整えると、剣を振り上げた。

「ちょちょちょ」

おい、ワラビお前今何しようとした。


「どうして止めるのです?」


どうして。心底不思議そうなワラビに絶句するしかない。そりゃ人を害そうとする相手だ。ろくなものではないだろうが、止めなかったら顔面炸裂、スプラッタだ。

ノースプラッタ、ノーホラーが合言葉で生きてきたのだ。そんな光景は御免こうむりたい。


「ワラビ、アスタ違う」

「ああ、そうですね。この方にアスタを殺してもらうのですね。私もアスタはハルに近すぎると思うのです。そういうことなら」

「ちがう」


よくわからないが、こうやってワラビが滔々と話していて私のためになったことはほぼない。次の言葉を探して頭の中を探索していると、いきなり右足を引っ張られた。ぐるりと世界が反転した。引き倒されていた男がその両足を使って私を転ばせたのだと気づいたときには、


「ハル!」


ワラビが問答無用で男をしめ落としていた。

大丈夫でしたか、と言いながら男のベルトを抜くとあっという間に後ろ手に縛り上げてしまう手際の良さに、私は戦々恐々としながらとまとの尻尾を握り締めた。

いつの間にか男を気絶させているワラビの過去がものすごく気になる。だが、きいてはいけない職業だったりしたらどうしたらよいのか。新しい家を探したほうがいいかもしれない。トマトの尻尾に癒されながら、この大樹のうろに住めないだろうかと真剣に考えた。

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